シルバー会員

 ━━3日後


 俺は痛みに苦しみながら上体を起こす。

 ベッドの脇のサイドテーブルにミネラルウォーターとロキソヌンが置いてる。迷わず手に取り、3錠口に放り込み、水で喉の奥へ流しこむ。

 しばらくぼーっとしていると段々と筋肉痛が和らいできた。

 毎日のように過酷なランニングをこなしているので、相変わらず体はボロボロだ。こうして鎮痛剤を服用しなければポイントミッションには勝てない。


「さて、今日も頑張るか……」


 自分に言い聞かせ、俺は洗面所でスキルツリーを生やした。

 ところで気のせいだろうか。ちょっとだけ大きくなっている気がするのだが。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【Status】

 赤谷誠

 レベル:0

 体力 100 / 100

 魔力 10 / 10

 防御 0

 筋力 10,000

 技量 0

 知力 0

 抵抗 0

 敏捷 0

 神秘 0

 精神 0


【Skill】

 『基礎体力』

 『発展筋力』


【Equipment】

 『スキルツリー』


━━━━━━『スキルツリー』━━━━━━━

【Skill Tree】

 ツリーレベル:0

 スキルポイント:0

 ポイントミッション:『外周』

【Skill Menu】

 『基礎体力』

  取得可能回数:4

 『基礎魔力』

  取得可能回数:5

 『基礎防御』

  取得可能回数:5

 『発展筋力』 NEW!

  取得可能回数:4

 『基礎技量』

  取得可能回数:5

 『基礎知力』

  取得可能回数:5

 『基礎抵抗』

  取得可能回数:5

 『基礎敏捷』

  取得可能回数:5

 『基礎神秘』

  取得可能回数:5

 『基礎精神』

  取得可能回数:5


【Completed Skill】

 『応用筋力』

  取得可能回数:0

 『基礎筋力』

  取得可能回数:0

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 『応用筋力』を4日間連続解放し続け、ついに筋力を極めたかと思ったが、まだ先があった。次は『発展筋力』である。基礎編、応用編、発展編というわけだ。

 ちなみに発展系パッシブスキルの効果は各ステータス+10,000とかだと思う。化け物である。俺の筋力は明確に強化されており、今ではドアノブを握りつぶすことも容易い。ほら、みてよ、俺の部屋の扉、全部すげえ変な形になってて、めっちゃ握りにくいから。

 

 ははは、力が溢れて止まらないよ。

 いや、本当に止まらないんだ。

 お箸持ったら折っちゃうし、フォーク握っても歪ませてしまうし。

 力の加減ができない。不器用だけど心の優しい森の怪物になった気分である。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『発展筋力』

パッシブスキル

ステータス筋力をとても大きく増加させる


これは応用の先の世界

パワーの導きが見えてきたはずだ

君は高みへたどり着きつつある

━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 高みに近づきつつあるせいで、自分で自分の筋力をコントロールできなくなってるんですが、これ説明書になかったですよね。


「力をコントロールできない……っ、これいつか人を傷つけちゃうな」


 ここ数日、俺は悩みながらも「漢なら筋力!」と自分に言い聞かせて『応用筋力』をとち続けたが、何か不味かったような気はする。理由を考えてみたところ、俺は仮説にたどり着いた。


 俺のステータスは歪の極みだ。

 普通こんな一点特化ではステータスは伸びない。

 レベルアップでステータスが上昇する場合は、あらゆるステータスが全体的に成長し、そのなかで伸びがいいもの、悪いものがあったりするのだ。

 決して筋力以外は全部ゼロとかにはならない。

 あらゆる物事は連動して成長していくのが普通である。そしてゆっくりと進化していくのが自然なのだ。

 スキルを取得した瞬間に筋力が増加するのは自然の摂理に反している。


「どうすりゃいいんだよ……みんなこんな事になってる感じはしないし、俺だけ探索者の力をコントロールできないないってのか……」


 今日は休日だ。まだ朝。自由に時間を使える。

 力の振り回されないためには何をしたらいいのか。

 俺なりに考えることにした。周囲の物をこれ以上壊さないようにしながら、しばし黙考し、独自の答えに辿り着いた。


 力のコントロールを成すためには慣れる他ない。

 ゆえに擬似ダンジョンでダンジョンポメラニアンを相手に調整しようと思う。


 訓練棟へ向かう。

 擬似ダンジョン、そこでなら俺は力を存分に発揮しても問題ない。

 俺はゲートに学生証を慎重にかざす。勢い余って拳が当たればきっとゲートを壊してしまうかもしれない。


 普段から使っている魔法剣━━ダンジョン財団が開発したダンジョンモンスターを倒すための武器━━を片手に、俺は擬似ダンジョンへやってきた。

 初日はフォーク片手に挑もうとしていた俺だが、今では立派なダンジョン装備を使う知恵をつけているのだ。


「ポメラニアンちゃん〜ん、さあ出ておいで〜」


 俺はジャーキーを左手に、魔法剣を右手に握って擬似ダンジョンを歩く。

 角からぴょこんっと可愛らしい白い毛玉が出てくる。誘われてきたな。

 

「ぽめえ〜!」

「うーん、かあいいねえ、よしよしよ〜し!」


 ぴょんぴょん跳ねるよう近づいてくるポメラニアン。

 十分、近づいてくると突然に牙を剥いて俺の頸動脈を噛みちぎろうとしてくる。


「うーん、かあいいねえ、うおおおおおおお、じゃあ死のうねえ〜ッ! 」


 俺は両目をつむり、腕力に物を言わせて魔法剣を叩きつけた。

 確かな手応えを感じた。一泊遅れて顔をあげれば、ポメラニアンは砕け散り、光の粒子となっていく瞬間が目に映った。


「やっ……た?」


 やったのか?

 俺はモンスターを倒したのか……?

 言葉にならない喜びがこみあげてくる。

 これまで1ヶ月以上、何回やっても、何回やっても、倒せなかった恐るべきポメポメを俺は倒したのだ。自分の力で。それも自分ひとりの力でだ。


「俺、ようやく、ようやく、ポメラニアンに勝ったんだ……! う、うぅ」


 目の奥から溢れだす熱い涙をぬぐいさる。

 ここはダンジョンの内側だ。油断していたらポメラニアンの餌になる。


 俺はすくっと立ち上がる。

 魔法剣を見やる。刃が潰れて、大きく欠損していた。

 まさか一撃で刃こぼれしてしまうなんて。

 俺の剣の使い方が下手すぎるせいか、はたまた力任せに振りすぎたせいか。

 あるいは両方か。たぶん両方だな。


「よく見たら柄も俺の手の形に変形してるし」


 魔法剣はダンジョンモンスターとの戦いのために丈夫に鍛えられている。

 それがこうも壊れるなんて。もっと相性の良い武器を探さないと。


 俺はポメラニアンが残した光の粒子へ手を伸ばす。

 光の粒子は経験値と呼ばれている。ダンジョン学では異常物質『ガス・クリストロエネルギー』として扱うことが主流だとかダンジョン学概論で習ったが、経験値の方が遥かに有名な呼称である。それにわかりやすいしね。


 光の粒子が体に浸透していく。

 素早くDNAに染み渡る。尊さと同じだ。


「モンスター経験値手に入れたのにレベルアップしない……やっぱり、俺はレベルアップはできない体質なのかな」


 ダンジョンモンスターを倒して得られる経験値は視認できる光だが、何もこれだけがこの世の経験値なわけではない。

 祝福者もとい探索者はあらゆる活動から経験値を得る能力を持っている。多くはないが、トレーニングなども確実に成長に繋がるのだ。


 この1ヶ月、俺は控えめに言ってかなりストイックだった。

 トレーニングが終わればトレーニングした。

 だけどレベルアップはしなかった。

 それが答えなのだろう。

 俺はレベルアップできない体質なのだ。


「ん?」


 腕が痒い。

 皮膚の下が痒いのだ。

 これが……スキルツリー……?

 どんどん痒みは増していき、我慢できなくなる。

 俺はたまらずスキルツリーを展開して、右腕から赤い血塗れの樹を生やした。

 

 スキルツリーはいつもと同じサイズにまでメキメキと広がる。

 驚くべきは、そこから枯れ枝がちょっとだけ伸びたことだ。

 間違いない、今この目で見たぞ。お前、成長しているな?


「なんだかちょっとデカくなってきたなとは思ってたんだよ……ん? 待てよ、今、経験値を獲得して、お前が成長したってことは……」


 あれ? これやられてません?

 スキルツリーくん? 君、俺の経験値どこやった?

 

「お、お前、俺の経験値を食べたな……。はっ! もしかして、この1ヶ月間ずっと俺がレベルアップしなかったのって……お前のせいなのか?」


 真実に辿り着いた確信があった。

 スキルツリーは俺の獲得した経験値ですくすく成長していたんだ。

 1ヶ月間、こっちが苦労しているのにぬくぬくと成長し、そして十分に大きくなったから、俺の腕を突き破って外へ出てきたんだ。


 なんと迷惑な居候なのだ!

 俺は怒りのあまり幹をへし折ってやろうかと思ったが、思いとどまった。


 スキルツリーくんだって悪気があったわけじゃないかもしれない。

 それにコイツは今では一番の友達だ。

 俺はこいつのおかげで絶望せず、明日に希望を抱いて高校生活を続けられている。今の俺の態度はあまりに身勝手だ。


「ごめんな、スキルツリー。カッとなっちゃたよ。お前は俺のことをこんなにも支えてくれているのにな」


 そもスキルツリーが経験値を横取りしているなんて俺の勝手な思い込みだ。

 俺はなんて浅ましい人間なのだ。

 自分の才能の無さを受け入れられず「まだ天才かもしれない。俺は選ばれし者かもしれない」とネチネチとした期待を抱き続け、挙句、こんな俺にも成長の余地を与えてくれているスキルツリーのことを責めるなんて。


 いけない。それはいけないぞ、赤谷誠。

 これ以上、みじめになるんじゃない。

 お前は天才じゃないのだ。幻想は捨てて、現実と向き合うんだ。


 俺は「ごめんな、ありがとう」とヤンデレみたなセリフを吐きながら、ねっとりとした手つきでスキルツリーを優しく撫でてあげた。

 枯れ枝がゆさゆさと穏やかに揺れた。なんとなく「いいぜ、相棒。これからもよろしくな」と言ってくれている気がした。


 擬似ダンジョンをあとにする。


 今日はまだポイントミッションがまだである。

 俺は迷いながらも今日の『外周』へ出かけることにした。

 休日なので体を労わりながら、ゆっくり走ろうと思う。


 夜、疲労困憊になりながらポイントミッションを達成した。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【本日のポイントミッション】

  毎日コツコツ頑張ろう!

    『外周』


英雄高校の敷地を外周する 10/10


【報酬】

 2スキルポイント獲得!


【継続日数】10日目

【コツコツランク】シルバー

【ポイント倍率】2.0倍

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 待って、何か起こったんだが!

 今日の報酬、スキルポイント2になってるじゃん!

 ずっと気になってはいたけど、このシステム、そう言うことか!

 継続日数を稼ぐと、コツコツランクが上昇し、ポイント倍率が上がる!

 完全に理解したぞ。なんて素晴らしいシステムなんだ。


 コツコツランク、シルバーになった。

 つまり、今日から俺はシルバー会員ってこと?

 これから毎日2ポイント? ポイ活の加速?

 赤谷誠、今ならいくらでも外周できます。

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