第4話 邀撃の魔女

 大和くんの転校から一日開けた明朝、私はベッドで目を覚ます。

 時刻は六時二十五分。六時半に鳴るはずの目覚ましを先に止め、いつもと同じように起床する。


 顔を洗い、歯磨きをし、身だしなみを整え、お弁当の用意をする。

 準備ができたら朝食をトーストとコーヒーで軽めに済ませ、また歯磨きをし、そのあとはゆっくりしながら、デジタルフォトフレームに映る父を見つめる。これがいつものルーティーンだ。


「もうお父さんが亡くなって一年以上経つんだね……」


 冷たいワンルームを見渡しながら、私は一人……そう呟く。


 私の父『牧瀬浩一』は一年前、『異能狩り』によって、その命を絶たれた。


 『異能狩り』とは能力者から差別されてきた非能力者に、後天的に力を分け与えることができる存在のこと。それら集団は『狩人蜂カリバチ』と総称され、各地で能力者を捕らえてはアジトに連れ帰り、集団で嬲り殺しにするような危険極まりない連中だ。その規模はかなりの物で、警察機関から特定異能指定暴力団に指定されていた。


 そんな組織に警察官だった父は潜入した。全ては『異能狩り』を捕まえる為に……。後から聞いた話だが、自分の能力を『暴露』し、非能力者にまでなる徹底ぶりだったそうだ。


 潜入してから数か月後、父の尽力もあってか、『狩人蜂カリバチ』は瓦解。

 戦力の大部分が削がれ、『異能狩り』の名も程なくして消えていった。


 そんな父を警察の人らは、『最後まで正義を貫いた人』だと言っていた。だから私も、そう思った。思うことにした。父は正義感溢れる自慢の人だったって。


 でも、本当は……生きていてほしかった。全てを投げうってでもそばにいてほしかった。そう思うのは当たり前のこと。だって……たった一人の家族なんだから。


 するとそこで、フォトフレームの電源が自動でオフになる。

 時刻は八時十五分。『いってきなさい』の合図だ。


「いってきます、お父さん」


 私は鞄を持ち、部屋の扉を開けた。



 学園の寮生活から一年。最初は不安だったけど、慣れてしまえば、これほど楽なものはない。通学は五分以内で済むし、この桜並木の道も今の時期なら、存分に咲き誇っている。悪くない時間だ。


「おっはよー」

「あぁ~、だる~い……」

「やっべ! 今日、小テストの日だっけ⁉」

「朝からフケっかなぁ~」


 どうやら他の生徒たちも登校してきたようだ。

 私のように寮に入る生徒も少なくないが、基本的には自宅から登校する人が多数であろう。学園に居ても無駄に制約が多くなるだけだし……


 そんなことを思いながら歩いていると、視線の先に大和くんの横切る姿が目に入る。


 私は自然と小走りに、彼の背を追いかけた。


「おはようございます、大和くん」

「……牧瀬か。おはよう。朝から好奇心旺盛だな」

「え? どういう意味です?」


 大和くんは真っ直ぐ前を見たまま、軽めの溜息を漏らす。


「『暴露』一歩手前のことをした奴と、そんな話したがるかねーって意味」

「あぁ……確かに『暴露』というやり方、私は反対です。ですが、橋本さんを助けたことに間違いはありません。避ける理由にはならないかと?」

「……あっそ」


 さらっと流す大和くんは、何故か若干不服そうであった。

 そんな彼と昇降口に向かっていると……


「おいおい……あれ、じゃね?」

「うお⁉ マジだ! なあなあ! 頼んだら俺もヤらせてくれっかな?」

「バーカ、ただのだろ? それに『邀撃ようげきの魔女』なんて言われてんだぜ? 返り討ちにされんのがオチさ」


 不愉快な噂話が耳に届く。


 彼らの視線の先に居るのは、制服を着崩した金髪のポニーテールが良く似合う、見た目だけで言えばギャル寄りの女子生徒、藤宮さん。


「うわぁ……尻軽藤宮じゃん。今日、来てんだ……」

「最悪ぅ……彼女持ちとでも平気でヤるんでしょ? マジキモ……」


 そんな彼女に他の女子生徒は、容赦なく批難を浴びせる。

 それは最早、陰口のレベルではない。あからさまに当人へと聞こえるように喋っており、俯く藤宮さんの周りをみんなが避けていた。


「あれは……?」


 大和くんがそう問うてくる。興味深そうに彼女を見つめながら。


「彼女は私たちと同じクラスの藤宮香音ふじみやかのんさん。大和くんの隣の席、空いてましたよね? あそこが彼女の席です」

「昨日はいなかったよな?」

「ええ……多分、妙な噂が飛び交ってて来づらいんだと思います。そんな人には見えないんですけどね……」

「ほう……」


 そう相槌を打つ彼の横顔は、とても印象的だった。

 整った顔立ちとは相反する、畏怖を感じさせるその眼差し。


 それはまるで獲物を見つけた――『狩人』のようであった。

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