第5話 嫌われ者の二人

 登校したのち、私たち二年B組は一限目の異能演習と『偃武場えんぶじょう』へ赴いていた。

 皆、制服から白を基調とした専用スーツ『Turritopsisツリトプシス』へと着替え、表面に刻まれた赤いラインをなぞりながら整列していく。


 『Turritopsisツリトプシス』は物理攻撃に対し凄まじい耐性を持っており、これを着用していれば異能演習であれど怪我をすることはないとのこと。

 薄い装甲からも分かるように、このスーツは使用者の体に恐ろしくフィットしていて……正直、着ている感覚が全くなく、ちょっと恥ずかしい……


「あ~い、じゃあ授業始めるぞ~。整列~」


 演習の担当は去年の四月に赴任してきた佐藤先生。

 年齢は二十四歳。アップバングの茶髪と気だるげな態度、紫のよれよれジャージが特徴の、ちょっと……いや、大分適当な先生だ。


 すると女子生徒が「もう整列してまーす」と訂正する。


「あ、そう? じゃあ、アレだ……お前ら二人組になれよ。好きな奴とでいいから」


 先生にそう言われ、みんなは各々ペアを組み始める。


「橋本さん、組みませんか?」

「うん。いいよ」


 私は橋本さんと組んだ後、無意識に大和くんへと視線を移す。


「………………」


 彼は一人だった。


 それも仕方のないこと。昨日の一件で六車くんは、今日登校してきてない。それもあってか彼と組みたがる人は居なかった。


「お? なんだ転校生……一人か? なんだったら先生が組んでやろうかぁ?」


 佐藤先生はニヤつきながら、大和くんへと助け舟を出す。あの面倒臭がりな先生が珍しい……


「……いらねえよ」


 大和くんは舌打ち交じりにそう返すと、隣にいた一人の女子生徒へと声を掛ける。


「なあ、アンタ。一人だろ? 組まないか?」

「は? アンタ、誰?」


 腕を組み、尊大な態度を見せるのは藤宮さん。見た目通り勝気な性格らしい。


「昨日、転校してきた大和慧だ。そっちは藤宮だっけ?」

「なんで教えなきゃいけないわけ? 気安く話しかけないでくれる」


 藤宮さんはそっぽを向き、取り付く島もない様子。


「お前、昨日来てなかったよな? なのに何故、そこまで避ける? 噂でも聞いたか?」

「噂……?」

「オレが昨日、六車の力を『暴露』しかけたってやつ」

「は⁉ マジ⁉ 昨日来たばっかで、そんなことしたの⁉ 超ウケるんだけど!」


 しかし藤宮さんは一転、快活に笑ってみせる。


「少しは興味持ってくれた?」

「あ……べ、別に……! っていうか普通、『暴露』しかけた奴と組もうなんて思わないでしょ? バッカじゃない?」


 かと思ったら、また不愛想に。

 なんだか可愛らしい人に見えてくる。とても噂通りの人とは思えない。


「でも、一人なんだろ? 周りもやけに余所余所しいし」

「……うっさい」

「嫌われ者同士、ここは手を取り合おうぜ。悪い話じゃないだろ?」


 藤宮さんは暫し沈黙したのち、「……形だけよ」と不服そうに大和くんの提案を飲んだ。


「よ~し、組めたな。じゃあ、こっからは二対二の対戦形式だ。内容は何でもいいぞ~。あとは勝手にやれ」


 佐藤先生の適当な号令の下、みんなはダラダラと動き始める。

 私も今後の方針を決める為、橋本さんに意見を求めることにした。


「どうしましょうか、橋本さん?」

「私は誰とでもいいよ。牧瀬ちゃんの気になる人で」


 『気になる人』……どうやら橋本さんには全て、お見通しのようだ。


 私は橋本さんを連れて、その『気になる』彼の下へと足を運ぶ。


「大和くん、藤宮さん。私たちとお手合わせ願えませんか?」

「……牧瀬か。いいのか? オレたちが相手で」

「はい。対戦内容はどうしましょうか?」


 私は三人に対して視線を送る。


「う~ん……私は戦闘向きの能力じゃないから、あんまり激しいのはちょっと……」


 と、橋本さんが答える。


「へえ~……橋本さんって、どんな能力持ってるの?」


 大和くんはあまりにも自然に、そう尋ねる。


「私の能力は『動物と意思疎通ができる』っていう、ただそれだけだから……」

「ふーん、いい能力じゃん? 橋本さんらしいっていうかさ」

「えへへ、そうかな……」


 橋本さんは嬉しそうに笑みを零す。

 っていうか橋本さん、普通に喋っちゃうんだ……自分の能力。


「え……? 喋っちゃっていいの? こいつ昨日、『暴露』ったんでしょ?」


 あ、さすがに藤宮さんも、そこは気になったらしい。


「大和くんは私の為にやってくれただけだから……全然、平気」

「あぁ……そう……」


 橋本さんの言葉に納得いっていない様子の藤宮さん。

 そんな彼女に大和くんは、又も自然に語りかける。


「そういう藤宮は、どんな能力持ってんだ?」

「は? 言うわけないでしょ? あと気安く名前呼ばないで」


 が、当然あしらわれる。これが普通の反応だ。


「あっそ。で、どうすんだ? オレは転校してきたばっかだから、そっちに任せるが?」


 そう私に委ねる大和くん。


「え? えっと~、じゃあ……」


 あれ……私には聞かないんだ……

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