第2話 口撃開始

 大和くんはケースから錠剤を出し、口に運んでは噛み砕く。

 そんなマイペースな彼を前に出鼻を挫かれた六車くんは、舌打ちをしつつも止めていた手をもう一度振りかぶる。


 カラカラカラカラカラカラカラカラ……!


 ――が、またもや妨害され、六車くんの矛先は徐々に大和くんの方へ。


「おい……なんなんだよ、テメエ?」

「あれ……今、言ったよな? お薬の時間だって。聞こえなかった?」

「俺は邪魔すんなっつってんだよ? そんなのも分かんねえのか?」

「邪魔? 一人でくっちゃべってるのに邪魔も糞もないだろ。可笑しなことを言う……」


 まるで大和くんは機械の如く平坦に返すと、また錠剤を口に入れた。


「一人だぁ? テメエ、喧嘩売ってんのか?」

「別に……ただ、一人遊びしてるのが見るに堪えなくてな。悪かったよ――」


 その挑発的な台詞に六車くんは教科書捨て、大和くんの胸倉へと掴みかかる。


「六車くんっ‼」


 私は止めに入るも声を掛けることしかできず、六車くんの蛮行は更に続いてしまう。


「おい、転校生? あんま調子に乗んなよ? この学園じゃ、そういう奴から消えてくんだぜ?」

「ご忠告どうも。そんなことより、いいのか? 怪我してるんだろ?」


 しかし、大和くんは全く動じることなく、六車くんの腕を掴んでは軽く振り払ってみせる。


「テメエッ――」

「そういえばテレビで一時期、取り沙汰されてたっけ。稀代のエースが怪我して引退したって。あれってアンタだよな?」

「あ? それがどうした?」

「いや? その割には元気そうだなぁと思って。やっぱり、あの噂は本当だったのかな?」

「噂……?」

「ああ。引退したのは怪我が原因じゃなくて――『公式戦で能力を使ったから』ってヤツ」


 嘘か誠か……大和くんの放ったその真相に、教室内はざわつき始める。


「お前……なんでそれを……!」

「実は、この学園に知り合いが居てな。確か公式戦で能力を使っていいのは、十八歳以上のプロだけのはず。学生が使っていいのは指定された授業のみ。つまりアンタのお仲間は、それを隠蔽する為に『怪我で引退』なんてフェイクを流した。違うか?」


 傍から見ても分かる。六車くんの怒りが沸々と湧き上がっていくのが。


「ああ、そうだッ‼ だが、何が悪い⁉ 俺のお陰でアイツらは、あそこまで勝ち上がってこれたんだぞ⁉ それなのにバレた瞬間、俺を切り捨てて、大会まで辞退しやがったッ……! だから――」

「バカか? 能力使えば誰だって勝てる。お前のお陰じゃなくて『力』のお陰だ」


 六車くんは再び、「なんだとッ⁉」と大和くんへ掴みかかる。


「おいおい、やめろって。力……随分なくなってるんだろう?」

「何……?」

「さっきから右腕の力が異常に少ない。もしかしてアンタの『代償』は――『筋肉の縮小』なんじゃないか?」

「――ッ⁉ お前……!」


 この時、我々の心中から『安寧』という文字が消えた。

 だって大和くんがしているそれは、能力者同士で御法度の――『暴露』への道だから。


 能力者は『条件』、『媒体』、『代償』を暴かれたのち、能力名を名指しされると、その力を失う。これが、この世界での基本ルールだ。

 だが、もし一度でも『暴露』しようものなら、周りから裏切り者の烙印を押され、その世界で生きていくことはかなり難しくなる。


 だからこそ誰もやらない。みんな見て見ぬ振りをする。一人は嫌だから。それなのに彼は……


「さっき腕を掴んだ時わかった。必要以上に包帯を巻いているのは、細くなった腕を悟らせない為だろう? 『媒体』は硬球……と言いたいところだが、恐らく投げられるものならなんでもいい。力ってのは制限されるほど強力になるからな。アンタ程度じゃ、それはないだろう。『条件』は――」

「おい、テメエッ‼ それ以上言ったら、どうなるか分かってんのか……⁉ あぁッ⁉」

「ウソウソ。そこまでは知らないって……オレはな?」


 そう言いながら大和くんは、涙を拭う橋本さんへ視線を移す。


「なあ? アンタ、名前は?」

「え……? は、橋本ですけど……?」

「橋本さん。アンタなら知ってるんじゃないか? ……こいつの力の『条件』」


 橋本さんは一瞬目を見開くと、すぐに視線を逸らす。

 傍から見ても分かった。橋本さんが六車くんの能力、その『条件』を知っているだろうことが。


「なっ……⁉ テメエ、何を勝手なことをッ!」


 焦り出す六車くん。

 そんな彼を余所に、大和くんは更に橋本さんを焚き付ける。


「橋本さんも、やられっぱなしは嫌だろう? 心配しなくても名指しはオレがやってやるから安心しな」

「おい、橋本ッ! 絶対、言うんじゃねえぞ⁉ だからな、これはッ‼」


 『裏切り』……その一言が橋本さんの中にあった、最後の『良心』を打ち砕いた。


「裏切り……? 先に裏切ったのは……六車くんの方じゃない……」

「は……?」


 私は驚いた。あの誰にでも優しかった橋本さんが、拳を震わせながら怒りを露わにしていることを。


「みんな力を使わず、一生懸命練習してたんだよ? それなのに六車くんの所為でみんなは……!」

「橋本……お前……?」

「勝つのも大事だよ? でも、それ以上に大事なことがあると私は思うから……言わせないで……!」


 橋本さんの脅しとも取れる強き言葉に、六車くんは顔を悔し気に歪め、沈黙を余儀なくされる。

 そののち、彼はいたたまれぬ空気を前に教室から逃げ出し、『硬球飛来事件』はこれにて幕引きとなった。


 再び、しんと静まり返る教室。


 結局、私は何もできず、ただ見てるだけ。

 座りながらそんな自己嫌悪に陥っていると、大和くんの呟きが微かに届く。


「狩り損ねたか……」


 でも、何を言っているかは聞き取れなかった。

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