第1話 裏切りの転校生

 数日前――


 二度目のゴールデンウィークが開けた五月の朝。

 ざわつく教室の隅で私、牧瀬友愛まきせゆあは辟易していた。


 連休明けの学校が嫌だとか、初日から苦手な授業があるからだとか、そういった理由では決してない。この閉口する気持ちはそう……入学した当初から続いているものだった。


 異能力開発学園――


 全国から名立たる能力者が集う、都内でも有数の名門校。

 しかし、その実態は此の世の縮図を現したかのような、極めて残酷な現実が蔓延っていた。


「おい、橋本。お前、今日暇だろ? 放課後、付き合えよ」

「六車くん……私、部活が……」


 一つ挟んだ前の席にいる彼らが、まさにその最たる例。

 一人は伸びかけの坊主頭を金に染め、机に腰掛ける六車くん。もう一人は2つに束ねた黒髪を三つ編みにし、縮こまったように座る橋本さん。


 一見、関わりのなさそうな二人だが、彼らは元々、同じ部活に所属していた野球部のメンバー。六車くんは元野球部のピッチャーで、嘗てはあらゆる球種を扱うエースだったとか。しかし、今では怪我が原因で退部しており、その名残が右手の包帯に現れている。対して橋本さんは現役の野球部マネージャーだ。


「行ったっていいことねえだろ? 聞いてるぜ……最近、お前めがけて『硬球が飛んでくる』ってな」

「それは……」

「それにアイツらは俺を使い捨てるようなクズ共だ。まさか……お前もその同類とか言わねえよな?」


 そう。世間では能力者が非能力者である『凡人』を虐げているが、この学園でも能力者同士で、そういったことが日常的に行われている。恐らく今回の『硬球飛来事件』も彼が……


 私が言い寄られる橋本さんを見かねていると――


「はーい、みんなおはよーう! HR始めるから、席についてー!」


 ちょうど担任である滝先生が教室に入ってきた。

 黒髪をハーフアップにする、スタイル抜群の美人教師。上下黒のスーツでタイトなスカート姿が、男子生徒の評判を集めている。


 生徒はぞろぞろと席につき始め、六車くんも舌打ちをしながら席に座る。


「はい。じゃあ、朝のHRを始める前に、まずみんなに紹介したい子がいるの。入って?」


 滝先生が小窓越しに手招きすると、ゆっくり開かれた扉から、制鞄を持つ一人の男子生徒が入室してくる。


 紺を基調としたストライプの制服が良く似合う、長身瘦躯の美男子。だが、お世辞にも目つきがいいとは言えない。一言で言えばそう……冷淡。ネクタイだって緩めてるし、シャツの色なんてワインレッドだ。まあ、そこまで指定されてないから別にいいのだけど……第一印象は、あまり良くない。


「えー、本日付で転校してきた大和慧くんよ。じゃあ、大和くん? 自己紹介して」

「大和慧です。よろしく……」


 滝先生に促された大和と名乗る生徒は、挨拶をしつつ周りを見渡し……何故か私と目が合う。


「…………?」


 確実に目が合った。それも数秒。別に自惚れているわけではない。まるで何かを確認しているかのようだった。


「こんな時期に転校性?」

「なーんだ、男かよ……」

「え~? でも、ちょっとカッコ良くない?」

「うんうん! 磨けば光りそう!」


 男子と女子で各々リアクションを取る中、大和くんは滝先生に促され、私の前に二つ空いている席、その窓際へと腰かける。


 その後、暫し出席を取ると……


「じゃあ、これでHRは終わり。みんなゴールデンウィーク明けで気が抜けてると思うけど、今日からまた能力者としての自覚を持って、規律遵守を意識した行動を取るようにね。以上」


 滝先生は早々に教室から出て行き、みんなは気だるげに一限目の準備をし始める。


 しかし、六車くんだけは……


「橋本、お前ちゃんと来いよ? 来なかったらどうなるか分かってんだろうな?」

「………………」

「おい……」

「………………」

「おいッ‼」


 怯える橋本さんに六車くんは業を煮やし、怒声と共に彼女の机を蹴り飛ばす。

 教室内は一瞬にして静寂に包まれ、気まずい空気が立ち込めていく。


「やめて……六車くん……」


 堪らず泣きだす橋本さん。


 これが現実。上位の者が下位の者を虐げる……。何処の世界にもあるものだが、こと能力者に関しては特に質が悪い。何故なら能力者は表立って動かない人種だから。


 きっと六車くんも、それに倣って硬球で狙うような真似を……。自分は姿を現さず、遠くから他者を甚振り続ける。それじゃあ、まるで――『異能狩り』と同じじゃないかッ!


「やめてください、六車くん!」


 そう思った時にはもう、私は立ち上がっていた。抗う力なんて持ってないはずなのに……


「あ? お前には関係ないだろ、牧瀬?」


 こちらにガンを飛ばす六車くん。

 それでも私は恐怖を振り払うように言葉を続ける。


「関係なくなんかありません……。だって……クラスメイトだから」

「ハッ……お前、一年も何見てたんだよ? この学園で誰がそんなことしてた? 誰もしてねえだろ? 勝手に一人で盛り上がってんじゃねえよ、バカがッ!」


 六車くんは下唇を噛み、分厚い教科書を手に取っては私へと振りかぶる。


 虐げられない為には、それ以上の力で虐げるしかない……。それがこの一年間で、私が学んだこと。本当はそんな世界を変えたくて、この学園へ来たはずなのに……目の前の現実に心折られる日々が、私の中に宿っていた正義感を錆びつかせていた。


 でも、だからって見捨てるわけにはッ――


 カラカラカラカラカラカラカラカラ……!


 しかし、目を閉じた私の耳に、突として届く連続音。

 それはまるでケースの中で何かが転がり回るような音で、静寂に包まれた教室内の目を引くには充分なものだった。


 当の存在はそれに気付くと、漸く手を止める。


「ん? あぁ、悪い。……お薬の時間なんだ」


 そう。これが彼……大和慧との初めての出会いだった。

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