口撃のヤマト~異能を狩る天才~

最十 レイ

序章 暴露

プロローグ 異能を狩る男

 夕暮れに染まるビル街が、一人の女子生徒を見下ろしている。

 雑踏を掻き分け、息を荒げながら何棟にも連なるコンクリートの隙間に逃げ込む彼女を。


(どうして……どうしてバレたの⁉)


 彼女の名は山崎纏やまざきまとい。派手でもなく地味でもない、至って普通の女子生徒。


 頭の中で自問を繰り返しながら、闇に乗じるように裏路地を直走る。

 文化部にすら所属していない所為か身体は重く、情けなくも走り出して早々に息を切らしていた。


(ミスなんかしてないはずなのに……! どうして……!)


 山崎は分かれ道に差し掛かると、焦燥感の滲み出る顔を交互に振り、追跡者の足音とは逆の方向へと走り出す。


(とにかく逃げなきゃ……! もし捕まったりなんかしたら……終わるッ――)


「おーっと! そこまでですよ、山崎先輩!」


 突如、曲がり角から出てきたのは、先程から山崎を追いかけてくる元凶の女。

 黒髪の団子ヘアを揺らし、小脇にはノートPCを抱え、黒縁の眼鏡を嫌味ったらしく上げている。


「くっ……!」


 山崎は直ぐさまUターンしようとするが――


「はぁはぁ……ナイスです! 叶和かなちゃん!」


 後ろから声を掛ける別の女によって、敢え無く挟み撃ちにされてしまう。


「お疲れ様です、牧瀬先輩! 成功しましたね~、『犯人追い詰め大作戦』!」


 叶和と呼ばれた女子生徒は、黒髪ボブの牧瀬という女子生徒に向かってサムズアップを送っている。


「うん……! 叶和ちゃんもお疲れ様……って、あれ……? 大和くんは……?」


 見るからに嫋やかといった印象の牧瀬は、らしくもなく肩を揺らし、膝に手をつきながら何やら別の人物を探している様子。


「大和先輩は……あ! 来ました!」


 叶和は辺りを見回すと、ビルの非常階段に一人の男を見い出す。


「あぁ……体調悪ィ……」


 気だるげに階段を下りてくるこの男、名を大和慧やまとけい

 アッシュグレーの七三で分けられたテクノカットと、万全でさえあれば端整であろうことが窺える顔立ちの男子生徒。見た通り体調が芳しくなく、小型ケースから出した錠剤を粗雑に嚙み砕いていた。


「なんなのよ、アンタ……?」


 山崎は壁に背を預け、そう大和に問いかける。


「あぁ、オレはこう見えて病弱でね……。お薬がないと生きていけないのさ」

「そんなこと聞いてないわよッ‼」

「知ってる。ちょっと、からかっただけださ。オレは異能探求部の部員その一。最近、巷で話題になってる『万引き事件』を調査してる」


 『万引き事件』……そのワードに、山崎の顔が分かり易く強張る。


「……それが私に何の関係があるのよ?」

「惚けなくていい。アンタだろ……その万引き犯ってのはさ?」


 突如、跳ね上がる鼓動に、山崎は声を荒げる。


「なっ⁉ なんの証拠があって――」

「現場は八店舗のコンビニ。そのどれにもヘアピンが残されていた」


 大和はポケットから証拠品を見せびらかしつつ、さらに続ける。


「女子なら誰でも持ってそうな、至ってシンプルなヘアピンだ。だが、『媒体』は何でもよかったんだろう。例えば……そこら辺に落ちてる石とかでもな?」

「――ッ⁉」


 先程まで威勢の良かった山崎は、何かを察したように押し黙る。


「アンタ今日、一万円札拾ったろ? 石とすり替えて」

「――ッ⁉ アレはアンタが……!」


 と、山崎は大和を睨みつける。


「ああ。でも、花壇の奥の方にあって取りづらかったよな? 踏み荒らすとバレる恐れがあると思ったアンタは、目一杯手を伸ばしながら握り締めた小石と一万円札を入れ替えた」

「………………」

「この時点でアンタの『能力』と『条件』が割れた。アンタは一定の距離以上の物を、すり替えることができない。射程はおよそ二メートル。『媒体』を握り締めていることが『条件』だ。そしてその指定も緩めだと確定した」


 山崎は暫し沈黙すると、開き直ったかのような笑みを浮かべる。


「ええ! 確かに拾ったわよ? でも、それが何? そんなんで私が万引き犯だなんて――」

「ま、実はそんなことどうだっていいんだ。オレは探偵ごっこをしに来たんじゃなくて――


 その台詞に山崎は「力っ……⁉」と顔を引き攣らせる。


「大和くん! それは――」


 牧瀬はやり過ぎだと止めに入るが、大和はすぐにそれを右手で制す。


「この世界じゃ能力者の犯罪は準極刑。行く末は無期懲か実験体送りだ。少年法も通用しない。アンタだってそれは嫌だろう?」


 大和の見下すような視線に、山崎は堪らず視線を逸らす。

 沈黙を肯定とみなし、大和は『異能を狩る』為の場を整え始める。


「さて、残るは力を使った『代償』だ。アンタが一万円を掏ったのは三限後の休憩時間。四限目は体調が悪いと保健室で休んでたよな?」

「わかった……もういいから……」

「ぐっすり寝てたよ。お陰でブラックライトペンでの仕込みも滞りなく済んだ。見えるか?」


 大和がブラックライトでヘアピンを照らすと、ほんのり×印が浮かび上がる。

 山崎はそれを見て呆然自失。壁に預けていた身体は、力が抜けたようにずり落ちていく。


「つまり、アンタの『代償』は『睡魔に襲われる』だ。これで『条件』、『媒体』、『代償』の三つが揃った。あとは能力を名指しすれば――アンタの力は消える」


 ダメ押しとばかりに己が推理をぶつける大和。

 牧瀬はこれ以上看過できず、声を荒げながらもう一度止めに入る。


「やめてください、大和くん! 能力者同士での『暴露』は御法度だと、あれほど言ったじゃないですか⁉ 学園に居づらくなっちゃいますよ? それに被害者側と示談が成立すれば準極刑は免れます。まず私たちが成すことは、彼女に更生の機会を――」



「アンタの力は【座標変換】……だろ?」



 だが、大和は寸分の慈悲もなく山崎を『口撃』。直後――


「嫌っ……嫌ぁッ……! 私のっ……! 私の……力が……」


 山崎の身体からは否応なく力の粒子が溢れ、それが空気と混ざるように消えていくと……暴かれた『異能』はあっさりと術者との決別を迎えた。


「恨まないでくれよ? オレはアンタをだけなんだからな」


 大和は崩れ落ちた山崎にそう吐き捨てると即座に撤収。

 牧瀬と叶和は山崎を気にかけながらも、仕方なしにと大和の後を追う。


「ちょっと大和く――」


 そう牧瀬が咎めようとした瞬間、携帯の着信音が鳴る。


「もう、なんなのこんな時に……はい、牧瀬です。はい……はい……え……?」


 電話を取った牧瀬は、徐々にその携帯を耳から離す。


「大和くん……」

「なんだよ。お説教なら聞かないぞ。こっちは朝から頭痛いんだ……」


 牧瀬に呼び止められた大和は頭を押さえ、辟易しながら振り返る。


 牧瀬が口煩いのはいつものこと。異能探求部の部長以前に、彼女はドがつくほど正義感に溢れているからだ。


 しかし、今の彼女はそんな顔をしていなかった。どこか物悲し気で……罪悪感に苛まれた顔。


 そう。牧瀬の口から出たのは、お説教などではなく……


「六車くんが今……校舎から飛び降りたって……」

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