エピローグ2.

「んー」


 考えこんで無口になった俺を前にして愛沢さんは何を思うのか、人差し指を唇に当てて首を傾げている。


「じゃ、間接キス」


 人差し指で俺の唇をチョンとついた。


「えっ……!」


「幼い頃の私のために頑張ってくれたお礼」


「……」


「顔赤いぞ」


「いや、だって……」


「ふっふっふっ。

 私は、いつまで経っても告白してこないひー君の背中を押すために、未来からやってきた美空なのだぁ」


 明らかにふざけた口調で、愛沢さんが俺の背中を押す。


「私、絶対にオッケーするからさ。勇気を出して、ね、ひー君」


「え? 何か言いました?」


 愛沢さんが何かを言ったが、ドアベルが鳴る音のせいで、よく聞こえなかった。


「聞こえないフリをする鈍感主人公じゃ駄目だよ」


「なんです、それ?」


 俺はなすがまま、ファミレスの店内に入る。


 そして、入り口付近の玩具コーナーを抜けたところで、いきなり店内からパチパチと音が膨れあがった。


 レジ前で受付ボードをチェックしていた店員も作業を中断し、手を叩き始める。


「誰かの誕生日かな?」


 とりあえず、俺も一緒に拍手しておいた。


 店内の客や店員の視線を追いかけていくと、拍手を浴びているのは八人掛けのテーブル席。五人の女性が座っている。多分、というか間違いなく、十三番テーブル。俺達がこれから向かう先だ。


 美空が顔を真っ赤にして、周囲に小さく何度も頭を下げている。


 えっと……。美空の誕生日は十二月。今はまだ四月。


 だいたい、高校生ってファミレスで誕生日を祝ってもらえるか?

 それに、誕生日なら五人の美空は全員、同じはず。

 祝われるのはみーちゃんのはずだが、美空が照れている?


「んー」


 愛沢さんが背後から俺の肩に顎を乗せてくる。


「Hey Luli 今日って何日?」


 愛沢さんの顔が近いから、スマートグラスの音声が俺にも聞こえてくる。


『今日は四月十二日。日曜日です』


「あ。じゃあ、結果発表、今日なんだ。

 そうそう。連絡があったの日曜日だった。

 編集者っていつ休んでいるんだろうって不思議に思ったし」


「へんしゅうしゃってなんですか?

 何か知っているんですか?」


「ん。百万円ゲットのお知らせ。

 これで私達が四人増えた分の生活費の足しになるね」


「え? なんで美空が百万円?」


「ひ、み、つ。というか、鈍いぞひー君。美空はずっと伏線、張ってるでしょ」


「なんです、それ?」


 俺は愛沢さんに押されて十三番テーブルへと向かう。


 美空が俺に気付くと視線をあげ、赤くなったままの顔で「えへへ」と漏らした。


 向かって右側のベンチシートは、奥から順に美空さん、美空、美空ちゃん。


 左側は義母さん、みーちゃん。


 俺はみーちゃんの隣に座る。単純に人数が少ない方に腰掛けただけだ。けして、美空ちゃんの隣に座って嫌がられたら泣きたくなるから逃げたわけではない。


 愛沢さんは俺の隣に腰を下ろした。

 やや狭いから腰でグイグイと押してくる。


 さて、いったいなんの拍手だったのか、俺は会話に耳を傾ける。


「いや、まあ、私は知ってたよ。言えなくて、もどかしかった」


 美空さんは美空の肩に腕を回して密着。頬を擦り付けている。ほんと、そっくりすぎる。


 どうやら美空さんは愛沢さんと同じく百万円の件を知っていたようだ。


「……聞きたくなかった。自分の将来が誘導されそうで怖い……」


 美空ちゃんには全く予期せぬことだったようだ。何処か不満そうな顔をしている?


「えへへ」


 みーちゃんは何も分かってなさそう。周囲にあわせて笑っているだけのようだ。


「生活費は気にするな。そのお金は自分で使いなさい」


 義母さんにはあまり驚いた様子がない。まあ、普段から多少のことで騒ぐ人じゃない。義母さんが大声を出して騒ぐのは、地震の時だけだ。


「義母さん、いいのいいの。このお金は私達の生活費に使お。

 それに、半年後には印税も貰えるし」


 愛沢さんが気楽に笑って手首を縦に振る。すると義母さんは目つきを鋭くした。


「それを決めるのはお前ではない。美空。お前が決めろ」


「え、うん。やっぱり、私は私だし、みんなのために使うよ」


「そうか。ならいい」


 駄目だ。話についていけない。いんぜいが貰える?

 いんぜいってなんだ?


「えっと、美空。

 俺は途中からだからよく分からないんだけど、何があったの?」


「え? ……ひー君には内緒」


「何故っ……」


「……だって。まだまだ続けたいんだもん……」


 美空はスマホを取りだし、何かを操作し始めた。


 いったい何をしているんだ。続けたい?


 俺に知られたら、やめないといけないのか?


 見れば美空さんも同じようにスマホを弄っている。


 不思議に思っていると、愛沢さんが耳打ちしてくる。


「過去の私ってね、けっこう恥ずかしがりだから、建前がないとひー君にアプローチできないの。だからね。もう少し創作のために観察を続けさせて、鈍感主人公君」


「んん?」


 そうさく? 何かを探しているのか?

 それで、何かが見つかったから賞金の百万円を手に入れた?


 それに観察ってなんだ?

 美空と美空さんは俺の観察日記でもつけていたのか?

 でも、そんなことで百万円なんて貰えるはずがない。


「あー。お兄ちゃんが大人のわたしとキスしてる。

 夫婦でもこんなところでキスするのは良くないと思うの」


「してないよ?!」


「夫婦ってどういう――」


 美空さんが疑問を口にする前に美空が、口を塞ぐ。


「有り得ない……」


 美空ちゃんは絶対零度で睨んでくる。

 くそう、協力してみーちゃんを探したのに、初恋相手からの好感度は地の底のまま。


「大人なのに我慢出来なくなっちゃった。ごめんなさーい」


 と愛沢さんは疑惑を否定することなく、場を茶化した。


 何か釈然としないが、義母さんが注文用のタブレットを渡してきたので、受けとる。


 さて、何を頼もうかな。


 お昼には少し早いけど、みんなは何にしたんだろう。


 コーヒー、パフェ、ストロベリーケーキ、プリン、ポテト……。


 面白いことに、タブレットに表示された注文履歴は全て違う料理だった。

 シェアできるポテトを頼んだのは美空さんだろうな。

 コーヒーは母さん。

 パフェがみーちゃんで、ストロベリーケーキが美空ちゃんだ。

 消去法で美空がプリンか。


「ふふっ」


「え。ひー君、どうして急に笑うの」


「思い出し笑いってエッチなこと考えているらしいよ」


「……最低」


「お兄ちゃんやっぱりエッチなんだ……。わたしのお尻触ったし」


「私なんてこの前、おっと、これは秘密」


 俺はタブレットを見ていたけど、声だけで誰の発言か分かった。


 順に、美空、美空さん、美空ちゃん、みーちゃん、愛沢さんだろう。たった四日で分かるもんだな。


 みーちゃんのお尻を触ったことについて美空達が何か言っている。いや、おんぶした時の不可抗力だろ?


 五人の声が耳の中で溶け合って一つになり、気付けばそれがとても心地よい。


 果たして、この生活はいつまで続くのだろうか。


 彼女達を元に戻す条件がキス……。


 うん。凄く遠い未来の気がするな。


 特に年少の二人はどうするの?

 小学生とのキスは俺から誘ったら道徳的にアウトだし、中学生は俺を避けているし、永遠に元の時代に戻れないのでは?


 俺がこれからのことについて考えこんでいると――。


「怖い顔、やめて」


 五つの声が重なった。




◆ あとがき

本作、これにて完結です。

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五人の義妹(全員同一人物)との同居生活は賑やかすぎです うーぱー @SuperUper

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