エピローグ

エピローグ1.

 みーちゃんの失踪事件は無事解決した。

 俺達は義母さんの車で家に帰り、全員で近所のファミリーレストランへ行った。


 行列ができていたので受付の紙に名前を書いて暫く待つ。


 俺達の前にまだ二組の客が居るから、直ぐには呼ばれないだろう。


 みーちゃんは入り口付近に置いてある玩具コーナーに興味津々だ。さっき大人びた素振りを見せたけど、やはりまだまだ子供だ。


 ついさっき、かつて美空の生家があった駐車場で、みーちゃんは光に包まれた。てっきり、俺の頬にキスをしたから、元の時代に帰るのかと思ったが、そんなことはない。

 単に、俺達を迎えに来た義母さんの車が太陽光を反射していただけだった。


 謎のアプリを見ると、みーちゃんの名前の横にある唇アイコンは薄いピンク色になっている。

 何回かキスをすると、綺麗なピンク色になるのだろうか。

 それとも、好感度をもっと上げるのか、唇同士のキスをするのか、俺からのキスが必要なのか、他の条件があるのか……。

 いずれにせよ、小さいとはいえ一歩前進したようだ。


 店内の入り口付近は混雑しているので、俺は他のみんなに気付かれないように愛沢さんの肩を叩き、店外に出る。


 俺が店外に出ると、少し時間を置いて愛沢さんも出てきた。


「ん。何か用?」


「えっと、ですね……」


 俺は自分のこめかみを指さし、愛沢さんがかけているスマートグラスについての話があると、婉曲的に示唆する。

 別に責めるつもりはないんだけど、みーちゃん失踪事件の遠因をハッキリさせておきたかった。


「遠くからのビデオレターみたいな名目でもいいので、また、みーちゃんを家族と会わせてあげてください」


「バレたか」


 殆ど当てずっぽうだったけど、俺の推測は当たった。


 そう。今回のみーちゃん脱走劇の原因となったのは、タイムスリップ直後の愛沢さんの行動だ。


 タイムスリップした日、みーちゃんは母親に会ったと言っていた。タイムスリップしてきた人間を目の前にして言うことじゃないけど、どう考えても有り得ない。


 じゃあ、みーちゃんが見たという母親はなんだったのかというと、おそらく写真を動かすアプリか何かで愛沢さんが見せたものだ。

 母親の声は愛沢さんの演技か、声を変えるアプリがあるのかもしれない。


「あの子だけは、まだ中橋家で暮らしていなかったからね。

 誘拐されたと勘違いして騒がれても困るから、私がフォローしておいたの」


「みーちゃんは両親のことを薄々と勘づいているかもしれないけど、半々です。

 今は事情があって会えないだけで、いい子にしていたら迎えに来てくれるって信じてるかもしれません。

 それに……。みーちゃんが元々居た時間では、まだ両親は健在のはずだし、いつか会えるっていう希望を持たせることは悪くないと思うから」


「ん。分かってるよ。

 たまに目を背けたくなるけど、みんな私自身だしね。

 ちゃんと面倒は見るよ」


「みーちゃんが家に帰ろうとしたのって愛沢さんの責任もあるんじゃないんですか?

 みーちゃんが興味本位でその眼鏡を触って、母親の映像を見せるアプリの正体に気付いたんじゃないんですか?」


「ギクッ!」


「以前見たのが映像だと知って、本当の両親はどうなったんだろうと不安になって、家に帰ろうとしたんじゃないんですか?」


「ぐぬぬ……」


 明らかに茶化そうとしている。大学生の美空さんが「ぐぬぬ……」といって誤魔化そうとするのに、よく似ている。


「愛沢さんの小細工が裏目に出たんじゃないですか?」


「ひー君。二人きりの時は、美空って呼ぶ約束だよ」


「愛沢さん大人なのに、話を逸らすの下手くそですね。

 美空って呼ぶ件は、直ぐ近くにみんなが居るから適用外です」


「えー。なにそれ」


 頬を膨らませた愛沢さんの表情が子供っぽかったので、俺はつい笑ってしまった。


 つられて愛沢さんも微笑む。


 詰問するみたいになってしまっていたし、空気を変えるために、話題をチェンジしよう。


「そういえば美空が、両親が亡くなったことを誤魔化すために、俺達が夫婦だってみーちゃんに嘘を吐いたんですよ。少しの間でいいから話を合わせてください」


「何それ」


「中橋家で暮らしている理由が養子縁組みだと、美空の両親について説明できなくなるから」


「それで、私達が結婚したから家族だって言っちゃったの?」


「はい」


「ふーん……。でもさ――」


 愛沢さんが上唇に舌を這わせ、瞳を怪しげに光らせて顔を近づけてくる。


 ちょっと待って。俺はこんな表情の美空を知らない。


「私達が夫婦だって、嘘じゃないかもしれないよ」


 愛沢さんは朱色の口紅が塗られた大人の唇を、俺の唇にゆっくりと近づけ……。


 カランカラン……。


 お店のドアが開き、ベルが鳴った。


「ひー君、順番が来たよ。十三番テーブル」


 美空か美空さんの声だ。ちょうど死角になるから、どちらの声かは分からない。


 俺は慌てて仰け反り、愛沢さんから距離を取る。


「い、今行く」


 十三番テーブルって言われてもそれが何処か分からないから、声をかけてくれた美空についていくのが得策だ。しかし美空は俺達を待つことなく店の奥へ戻ってしまった。


「ざーんねん。

 ひー君の若くてぎこちない頃のキス……久しぶりに味わってみたかったのに」


「そ、そうやって未来を仄めかしてからかうの、駄目ですよ」


 まるで俺がこれからの近い未来でも遠い未来でも美空とキスをしているかのような言い方だ。


 この人、絶対、俺が美空のこと好きなの知った上でからかってきている。質が悪いぞ……。


 あっ。しまった。今、つい仰け反っちゃったけど、キスしていたら愛沢さんが元の時代に戻るかどうか分かったのでは?

 いや、というか、キスってハードル高くない?!

 俺、美空のこと好きなのに愛沢さんの唇から逃げちゃったよ?!

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