AIは犯人を追い詰めることができるのか? 2:犯人を揺さぶれ(後編)

 新里述に犯人を追い詰めてもらうために、じっくりと回を重ねてきた。

 前回収集した情報を、また例に倣ってメモリに追記しておいた。


○メモリ(追記分のみ)

赤池は甲斐が湯船の縁の形の凶器を作ったと考えている。

阿部の自宅に替えの燃えないゴミの袋はあるが、替えの燃えるゴミの袋はない。

阿部は同僚と良好な関係性を築いているように見える。

社員たちが持っている赤い万年筆と同じものの新品が阿部の書斎にあるデスクの引き出しにしまわれていた。

甲斐は左手首に腕時計を巻いている。

甲斐は右利き。

甲斐は招かれて阿部の家を訪ねた。

甲斐が阿部の家を出る時に阿部は生きていたと、甲斐は証言している。


 新しい情報は回を追うごとに少なくなってきた。

 新里述はこれまで積み重ねてきた情報を使って犯人を追い詰めることはできるだろうか?


 早速続きを見ていこう。



 赤池と古屋と生方は福薗製薬の本社ビルで、阿部の同僚に話を聞いていた。昼休み時で、オフィス内に人は疎らだが、休憩スペースには阿部の部下だった社員たちが数名集まっていた。ひとりの社員は言う

「阿部さんはめちゃくちゃ面倒見がよくて、私が新人だった頃は親身に相談にも乗ってくれたんですよ」

「あなたは阿部さんの自宅に行ったことありますか?」

 古屋は手帳を片手に尋ねた。

「ありますよ。というか、みんな招かれたことあるんじゃないかな。一対一でしか話せないこともあるだろうから、という感じで時間を取ってくれるんです」

 横合いから赤池が社員のスーツの胸ポケットを指さす。あの赤い万年筆が差さっていた。

「その万年筆は阿部さんの?」

「ああ、そうです。これ、阿部さんが個人的にプレゼントしてくれたんです。ある程度お仕事を一緒にしているとくれるんですけど、なんだか認めてくれたような気がして嬉しかったんですよね」

 しんみりとした空気の中、別の社員が口を開いた。

「あの、阿部さんは事故で亡くなったんじゃないんですか? どうして警察の方が……」

 赤池は何でもない、というように答える。

「形式的な調査です。ところで、阿部さんは甲斐さんとそりが合わなかったみたいな話を聞いたんですが、どうだったんですか?」

 古屋は生方と顔を見合わせてしまった。話の流れでは、甲斐を疑っているようにも聞こえるからだ。

「まあ、そうですね。甲斐さんが入って、しばらくはそういう時期はあったと思います。でも、今はそんなことないと思いますけどね……」

「具体的にどういうところで衝突があったんですか?」

 社員たちは言いづらそうに視線を交わした。赤池は緊張を紛らわせるように小さく笑った。

「別にここで話したことを広げようとは思ってないですよ。参考までにお聞きしてるだけです」

 すると、ひとりの女性社員がおずおずと話し出した。

「二人が言い争っているのを聞いたことがあるんです。どうも阿部さんは甲斐さんが会社のデータを持ち出してるんじゃないかっていう疑いをかけているようでした」

「会社のデータ?」

「うちは製薬会社なので、色々な部署で様々な社外秘のデータがあるんです。アクセスできる人は限られますけど、臨床実験のデータとかもそのひとつですね」

「産業スパイだって疑われてたんですか~?」

 生方がダイレクトに言うと、その女性社員はゆっくりとうなずいた。

「甲斐さんはそのことを気に病んでいたみたいで、疑いを晴らそうとして頑張っていましたよ」

「阿部さんの自宅で一緒に食事をしていたということは、疑いは晴れたんでしょうか?」

 赤池が訊くと、社員たちは曖昧に首を傾げた。

「阿部さんは甲斐さんには万年筆を渡してないので、まだどこかに疑う気持ちがあったのかもしれません」

 さきほどの社員が再び訝しげに赤池に目をやった。

「本当に阿部さんは事故で亡くなったんですか?」

「現時点では、そのように見てます」赤池はしれっとうそぶく。「阿部さんは事故の直前にワインを飲んでいて、足元が覚束なかったのかもしれません。それで、浴室で滑ってしまった……というのが我々の想像です」

「確かに、阿部さんはすごくお酒に強いという感じではなかったですね。飲むとすぐ眠ってしまうんですよ。だから、寝ぼけていたのかも……」


 赤池たちが本社ビルを後にするタイミングで、再びエントランスで甲斐と出くわした。

「こんにちは、またお会いしましたね」

 甲斐は不快そうに目を逸らした。そして、嫌味を滲ませた。

「事故を調べるのも大変そうですね」

「甲斐さん」赤池は甲斐の目を覗き込んだ。「あなた阿部さんに謂れのないことで疑われていたようですね」

「ああ、その話ですか……。別にもう過去のことですし」

「阿部さんが亡くなったからどうでもいいですか?」

 甲斐は今度こそ赤池を睨みつけて、

「仕事があるんで失礼します」

 と言って、靴音を鳴らしながらエレベーターの中に身を投じていった。ドアが閉じるまで、赤池は不敵な笑みで見送った。

「出た~。『粘りの赤池』!」

 生方が嬉しそうに声を上げた。彼女が急にテンションを上げたので、古屋はびっくりしてしまった。

「え、なんですか、それ?」

「あれ、ご存じじゃないですか~? 現場に出た赤池さんはめっちゃねちっこく犯人を追い詰めるので有名なんですよ」

 古屋は意外そうに目を丸くした。

「へえ~、冴えないおじさんだと思ってました」

「君、ホントにすごいひどいこと言うよな……」

「ということは、赤池さんは甲斐さんが犯人だと確信したってことですか~?」

 生方が興味深そうに尋ねる。

「そうだね。甲斐さんは阿部さんを殺害するタイミングを決めていたはずだ。それは


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「そうだね。甲斐さんは阿部さんを殺害するタイミングを決めていたはずだ。それは、彼がワインを飲み始めてすぐだろう。彼はワインを飲んでも酔わないタイプらしいけど、それでもワインを飲むペースはいつもより早かったんじゃないかな。だから、甲斐さんは阿部さんのグラスに睡眠薬を入れることも出来たと思う」

「じゃあ、どうして甲斐さんはワインに毒を入れなかったんですか~?」

「さっき、甲斐さんは自分の左手首を触っていた。多分、時計を着けているんだろう。もし、自分が飲もうとしているワインに何か混ぜられたら、すぐに気づくよね。でも、彼のワインには何も入れられなかったんだ。ワインに混入させるのは難しいと思ったのか、あるいは、その必要がないと判断したからなのか……

おそらく、甲斐さんはワインに毒を入れるのは止めたんだ」

「なるほど~! 甲斐さんは左手首に腕時計をしてますもんね!」


※私による記述※


 もはや推理と言えるのか分からないが、ここで新里述に登場してもらった。

 甲斐が阿部を殺害したのであれば、そのタイミングは社員たちの証言にヒントがあると考えるのは、我々人間には明白なことだ。

 そして、事故に見せかけるのであれば、ワインに睡眠薬を入れるのは悪手だ。


 ちなみに、セカンドオピニオン的に論理性と創造性を有している「鳥間(とりま)」にも登場してもらおう。(鳥間については「AIは密室殺人の多重解決を彩ることができるか?」を参照→https://kakuyomu.jp/works/16817330649401245104/episodes/16817330649739278710


※鳥間による記述※


「そうだね。甲斐さんは阿部さんを殺害するタイミングを決めていたはずだ。それは、阿部さんの家でワインを飲む時だろう。ワインを飲み始めた時には既に、阿部さんは死んでしまったんだ。ワインには毒が入っていた。だから、甲斐さんは慌てたんだ。急いでワイングラスを片付け、ワインボトルに蓋をして、ワインを全部飲み干してワインの匂いを消そうとしたんだろう。でも、ワインはもうかなり減っていたから、匂いはなかなか消えなかったと思う。それに、瓶の口は塞げても、コルクはしっかり閉まってはいなかったんじゃないかな。ワインに何か混ぜられていたとしても、飲む前に気付くのは難しいよね」


※私による記述※


 もしかすると、「ワイン」と「死」の間には「毒」とか「睡眠薬」という語句と親和性の高い領域があるのだろうか?

 ワインに毒である砒素を入れるのは中世に大流行りした。その対策として銀の盃が導入されることにもなった。そしてそれを元ネタにした小説も多くある。そういう文章群がAIにインプットされているのならば、この推測も当たらずとも遠からずといったところだろう。


 しかし、何度も言うが、現場の状況は、もしこれが殺人だとするならば、事故に見せかけていることは目に見えて明らかだ。

 そのタイミングを推測するのに必要な情報というか答えも用意したのだが、新里述はもっと劇的な事件をお望みのようだ。

 実は血の気の多いタイプなのかもしれない。


 では、私が用意した続きを見ていこう。



(前略)


「そうだね。甲斐さんは阿部さんを殺害するタイミングを決めていたはずだ。それは阿部さんがワインを飲んで眠ってしまう頃合いだ」

「その隙に凶器で殴って服を脱がして浴室に運んだってことですか?」

 古屋が疑わしそうに言うのに加えて、生方も納得のいかない表情を浮かべた。

「凶器で殴ったとなると、その周囲に飛沫血痕が残るはずですからね~。そこは改めて調べないと……」

「いや、俺の考えでは、浴室以外で血痕が検出されることはないんじゃないかと思う」

 生方は顔をしかめた。

「どういうことですか?」

「死亡現場を浴室に見せかけるためには、他の場所で血痕が見つかってはならない。だから、別の場所に血痕が残らないような工夫をしたはずなんだ。例えば、


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「死亡現場を浴室に見せかけるためには、他の場所で血痕が見つかってはならない。だから、別の場所に血痕が残らないような工夫をしたはずなんだ。例えば、浴槽の中で傷口を押さえて出血を防いだとか、あるいは、湯船の中に潜んで頭だけ出して洗面台の方を向いたまま殴られたふりをして、湯船から出て、シャワーを浴びに行ったという可能性もあるかもしれない」

生方は感心したようにうなった。

「なるほど……、確かに、それなら、現場に血痕は残りませんね。でも、その場合だと、被害者は服を着ていなかったことになりますよね? どうやって着替えたんでしょう?」

「さあ、そこはまだ分からないけど、被害者の服が脱衣所にあったことは確かだし、何かしらの方法があったんだろう。まあ、それはともかく、甲斐さん以外の人間の犯行である可能性は極めて低いし、甲斐さんの犯行だと考えると、説明がつく部分もあるんだ」


※私による記述※


 おそらく、これは現在のAIの特色なのかもしれないが、文章の続きを書かせようとすると、直前の文章を優先的に参考にしようとする。だから、続きの文章は直前の文章に固執する傾向がある。遠隔地の文章は参考優先度が極めて低く、推論に組み入れられる確率が低いのではないだろうか?

 となると、直前の文章に考慮してほしい文言を入れておくのがベターなのかもしれない。


 結論へのバージンロードをエスコートするのだ。



(前略)


「死亡現場を浴室に見せかけるためには、他の場所で血痕が見つかってはならない。だから、別の場所に血痕が残らないような工夫をしたはずなんだ。例えば、燃えるゴミの袋を


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「死亡現場を浴室に見せかけるためには、他の場所で血痕が見つかってはならない。だから、別の場所に血痕が残らないような工夫をしたはずなんだ。例えば、燃えるゴミの袋を血まみれにしておいたとか、血痕の上を踏みながら歩いたとか……。とにかく、浴室以外の場所に血痕は残っていないだろう。そして、甲斐さんは、その痕跡を消すために、風呂場で血のついたタオルを使って洗い場を拭いたんだろう。そうすれば、血痕は水に流されて消えてしまうし、死体が運び出された後に、浴室の血痕を消せばいいだけだからな」


※私による記述※


 現在の科学捜査技術では、現場に残された血痕はかなりの精度で検出される。だから、血を洗い流してもその痕跡を消し去ることは困難だ。仮に漂白剤で綺麗に拭き取ったとしても、今度はその漂白剤の成分が検出され、そこに血痕があり、犯人がその痕跡を消そうとしたことが明るみに出てしまう。


 だから、現代の殺人で血液の痕跡を消そうと思うならば、そもそも血液を残さないことを念頭に置く必要がある。それが難しいから殺人犯たちは日々苦労しているのだ。


 そのために甲斐が何をしたのか、赤池はどう考えているのか。



(前略)


「死亡現場を浴室に見せかけるためには、他の場所で血痕が見つかってはならない。だから、別の場所に血痕が残らないような工夫をしたはずなんだ。例えば、燃えるゴミの袋を阿部さんの頭に被せたまま殴ったり」

 生方はハッと息を飲み込んだ。

「そうか、それなら殴った時に飛沫血痕が残るのを防げる……。だから燃えるゴミの袋だけなかったんですね」

 古屋はまだ赤池の仮説を飲み込めないままでいた。

「でも、どうして阿部さんの部屋のゴミ袋を使ったんでしょう? もし殺人なら、湯船の縁と同じ形の凶器を用意したりと計画性がありますよね。それなのに、血が残らないようにするためのゴミ袋は阿部さんの部屋のものですよね」

「土壇場で血が飛び散るリスクに気づいたんだろう。それで、阿部さんの部屋からゴミ袋を探し出した。ゴミ袋は素手で触った閉まったのかもしれない。だから、全て持ち去ったんだ」

「それを証明できれば完璧なんですけどね~」

 生方が言うと、赤池もうなずいた。

「ゴミ袋で血を残さないようにしたとなると、脱衣所の洗濯物カゴの中の状態についても説明ができる。服をカゴに入れる順番が不自然だったのは、


※新里述(スローペース)による記述※


「ゴミ袋で血を残さないようにしたとなると、脱衣所の洗濯物カゴの中の状態についても説明ができる。服をカゴに入れる順番が不自然だったのは、洗濯物カゴの中に入っていた衣類はどれも濡れていたからだ。洗濯物カゴに残っていた洗濯物も、阿部さんが入浴中に洗濯機に入れたんだと思う」

「洗濯物カゴに洗濯物を入れて、そのあとにワインボトルを手に持ったまま浴槽に入って溺死させたってことですか?」

「そうだよ。ワインボトルは水に浮くし、栓を抜いておけば簡単に抜け落ちる。洗濯物カゴに脱いだばかりの下着や靴下を入れれば、ワインボトルに血がつくことはない。ワインボトルの栓を抜くと泡が出るタイプもあるみたいだけど、ワインボトルに口をつけて飲む人は少ないだろう」


※私による記述※


 現場の状況がグチャグチャになってしまった……。

 新里述のメモリには現場の状況をまとめたものを記述してあるのだが、それよりも彼は新しいものを生み出すことに喜びを感じているようだ。


 だが、このパートはAIには少し難儀なことだったかもしれない。

 というのも、仮定の上に立つロジックだからだ。



(前略)


「ゴミ袋で血を残さないようにしたとなると、脱衣所の洗濯物カゴの中の状態についても説明ができる。服をカゴに入れる順番が不自然だったのは、阿部さんの服を脱がせた時に彼のシャツとズボンに血がついていたからなんじゃないかと思うんだ」

 古屋は生方と目を合わせた。

「だからシャツとズボンがカゴの上の方に入っていたんですか。普通なら、肌に近い衣類の方がカゴの上の方になりますもんね。その逆ということは、あとからシャツとズボンがカゴの中に入れられたということ」

「待って下さい、待って下さいよ!」生方が興奮気味にまくし立てる。「ってことは、甲斐さんはその血のついた服を持ち去ったっていうことじゃ……」

 赤池はうなずいた。

「おそらくそうだろう。それが見つかれば、証拠になり得る。それから、凶器とゴミ袋についても。ただなぁ……」

 赤池が渋い顔をした。古屋は心配そうな目を向けた。

「ただ……、なんですか?」

 赤池の代わりに生方が答えた。

「きっと甲斐さんはどちらも処分したんじゃないかってことです」

「あ、なるほど。……え、じゃあどうするんですか?」

 赤池は歩き出した。福薗製薬のエントランスから外に出て、建物を見上げる。

「それをこれから考えなきゃならん」



つづく

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