AIは犯人を追い詰めることができるのか? 3:犯人を追い詰めろ(前編)

 さて、いよいよ犯人を追い詰めるためのフェーズにやって来た。

 例によって、前回明らかになった情報を新里述のメモリに記録しておこう。


○メモリ(追記分のみ)

阿部は仕事を共にした同僚に赤い万年筆をプレゼントしていた。

甲斐は阿部に産業スパイだと疑われていた。

阿部は甲斐には赤い万年筆をプレゼントしていない。

阿部は酒を飲むとすぐ寝てしまう。

赤池は甲斐が殺人の証拠を残していると考えている。


 前回までの「犯人を揺さぶれ」パートについて、私には反省すべきことがあった。

 新里述に犯人を揺さぶるセリフを考えてもらうべきだった。

 だから、今回からの「犯人を追い詰めろ」パートでは、犯人を追い詰めるために積極的に新里述に登場してもらおうと考えている。

 新里述を成長させるには、私自身も成長しなければならない……そのことを今回の実験では痛感させられている。


 では早速続きを見ていこう。



 翌日、警察署の会議室で赤池と古屋が膝を突き合わせていた。

「西山くん、明日まで休みなのか……」

 いつもキツく当たられるのを考慮してもその存在が恋しいらしい赤池が残念そうに漏らす。ぐでーっとする赤池に苦笑いを返しながら、古屋はタブレットに手を伸ばした。

「なんでも、お父さんの七回忌だったかで実家に帰るのに合わせて休暇申請してたみたいですよ」

「ああ、そうか。もうそんなになるのか」

「赤池さん、西山さんのお父さんのこと知ってるんですか?」

「まあ、ちょっとな」

 含みを持たせた赤池の返事が消え入らないうちに会議室のドアがノックされた。顔を出したのは生方だった。

「すいませ~ん、遅れました~!」

 彼女は小走りにやって来て、空いている椅子に腰を下ろした。

「わざわざこっちまで来なくてよかったんだがな」

「いや~、ずっと向こうにいると気が滅入る時もあるんで、気分転換ってことで……」そう言って本物の科捜研の女は笑った。「それで、早速なんですけど、阿部さんの自宅の再調査が行われたんで、その結果を共有しちゃいたいと思います~」

 眼鏡をクイッとやる生方に赤池は期待の眼差しを送った。

「阿部さんの自宅の全ての部屋で血液反応を調べたんだったな。それで、どうだった?」

「結論から言うと、赤池さんの言っていた通り、浴室以外では血液は検出されずでした~」

 赤池はガックリと肩を落とした。古屋も残念そうに言う。

「もし浴室以外に血液反応があれば、浴室以外で殺されたという証拠になったんですけどね……」

「現状じゃ、事故だってことに疑いがある状況証拠しかないからな……」

 予想していたとはいえ、その通りの結果になったことに赤池は凹んでいた。その様子を見て、生方は愉快そうに笑みを浮かべる。

「苦しくなってきましたね~赤池さん。でも、そちらでも何か調べてましたよね」

 古屋がうなずく。

「まず、甲斐さんのクレジットカードの利用履歴から、四か月ほど前に石膏とシリコンを購入しているのが分かりました。石膏像を作るのに必要な材料らしいです。シリコンで型を作って、その中に石膏を流しいれることで像を作るみたいですね」

「甲斐さんは阿部さんの自宅を訪れた時に、阿部さんが酒で眠った隙に湯船の縁の型を取ったんだろう」

 赤池の言葉に生方が素早く補足を入れる。

「本当に凶器を作ったなら、ですよね~?」

 赤池はニヤリとする。

「甲斐さんにはそういう機会があったってことだ」

「それから、阿部さんのクレジットカード履歴も参照しました。例の赤い万年筆は阿部さんが特注で作らせているものだったみたいですね。一週間前に十万弱の利用履歴がありましたよ」

「十万……」赤池は卒倒しそうだ。「我々庶民には真似できんな……」

「さすが世界的な大企業……」

 生方も力が抜けたようになってしまった。

「だが、甲斐さんを追い詰める材料は三つあるな」赤池は気を取り直して言った。「一つ目は


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「だが、甲斐さんを追い詰める材料は三つあるな」赤池は気を取り直して言った。「一つ目は甲斐さんが犯人である決定的な証拠がないということ。二つ目は、阿部さんを殺した動機があるかどうか。そして三つ目、阿部さんが殺されるような人間か、だ。この三つの内、二つは覆すことができるだろう。甲斐さんがやったことを証明するのは難しいが、甲斐さんが犯人ではないことを示すのは簡単だ。甲斐さんがやっていないことを証明すればいい。逆に言えば、甲斐さんがやったことを証明できれば、甲斐さんが犯人ということになるんだが……。甲斐さんがやったと示す根拠となるものはあるのか?」


※私による記述※


 すごく身も蓋もないようなことを言われたような気がする。

 ただ、この結果は少し予想できることではあった。文章の構成上、新しく新里述が生成する文章の近くに甲斐を追い詰めるための三つの要素について記述していないからだ。


 ちなみに、自由な発想と展開をもたらすクリエはどう見ているのだろうか?


※クリエによる記述※


「だが、甲斐さんを追い詰める材料は三つあるな」赤池は気を取り直して言った。「一つ目は赤い万年筆は犯人が自ら作ったものである可能性が高いこと。二つ目は、赤い万年筆には指紋が付着していたこと。三つ目、甲斐さんが阿部さん宅を再訪問したという可能性だ。甲斐さんが凶器を作ったことを証明できれば、赤い万年筆と阿部邸の指紋が一致したことの説明がつく。それに、もし犯行現場の浴室に凶器がなかったとすれば、犯人は犯行後に現場に凶器を持ち去ったか、あるいは捨てたということになる。凶器を捨てたという仮説は、鑑識の捜査で凶器は見つからなかったことからほぼあり得ないだろう。しかし、赤い万年筆は見つかっていない」


※私による記述※


 クリエが挙げた三つの要素は全て否定されている。

 やはり、ここはもう少しアシストをしてやる必要があるだろう。

 しかも、もはや推理ではなく、結論を補足させるようなことを試みてみよう。

 新里述は何を言えばいいのか戸惑ってしまうが、何事もトライだ。



「だが、甲斐さんを追い詰める材料は三つあるな」赤池は気を取り直して言った。「一つ目は凶器。凶器は処分されているかもしれないが、


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「だが、甲斐さんを追い詰める材料は三つあるな」赤池は気を取り直して言った。「一つ目は凶器。凶器は処分されているかもしれないが、甲斐さんは自分が作ったと言わないだろう。二つ目は動機。甲斐さんが阿部さんを殺す理由がない。三つ目は現場の状況。甲斐さんは犯行現場に自分の指紋を残しただろうし、湯船に血痕を残さなかったか、洗い場に髪の毛が落ちていなかったかなどの痕跡が残っているはずだ。それさえ見つかれば……」

「現場の状況を再現すればいいんですよね~。赤池さんはそのために甲斐さんの家に行くんでしょう? 甲斐さんの家に行けば、きっと見つかるはず!」

「ああ、必ず見つけ出してやる……! 絶対にだ!!」


※私による記述※


 またしても新里述が私が先に用意していた展開に先回りしようとする。

 なぜ推理はからっきしなのに先の展開の予測力だけは高いのだろうか。

 甲斐の家には後で行くから、ちょっと待ってほしい。一つ目を少し掘り下げたいのだ。

 そこで、新里述の出力結果を削り、加筆した。



(前略)


「だが、甲斐さんを追い詰める材料は三つあるな」赤池は気を取り直して言った。「一つ目は凶器。凶器は処分されているかもしれないが、甲斐さんは自分が作ったと言わないだろう。それでも、もし一部が見つかったりして、それが湯船の縁と


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「だが、甲斐さんを追い詰める材料は三つあるな」赤池は気を取り直して言った。「一つ目は凶器。凶器は処分されているかもしれないが、甲斐さんは自分が作ったと言わないだろう。それでも、もし一部が見つかったりして、それが湯船の縁と似ていれば、そこから甲斐さんが作ったものだと分かる。それに、あの特徴的な形は見間違えることはないだろう」


※私による記述※


 すごく惜しいところをかすめていくのが新里述だ。

 ここからはテンポよく、一つ目の続きから二つ目、三つ目へと、新里述の解釈を交えながら見ていこう。



(前略)


「だが、甲斐さんを追い詰める材料は三つあるな」赤池は気を取り直して言った。「一つ目は凶器。凶器は処分されているかもしれないが、甲斐さんは自分が作ったと言わないだろう。それでも、もし一部が見つかったりして、それが湯船の縁と一致するようなことがあれば甲斐さんを逮捕する証拠になるだろう。二つ目は、これも処分されてしまったかもしれないが、阿部さんのシャツとズボンだ。そのシャツとズボンには、


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「(中略)~。二つ目は、これも処分されてしまったかもしれないが、阿部さんのシャツとズボンだ。そのシャツとズボンには、被害者の血液が付着している可能性がある。そして、その血液が犯人のものであれば、被害者を殺害したのは甲斐さんということになる。これは重要な証拠だ。~(後略)」


※私による記述※


「被害者の血液が付着している」という点を採用。

「被害者」を「阿部さん」に修正。

 さらに加筆。



「(中略)~。二つ目は、これも処分されてしまったかもしれないが、阿部さんのシャツとズボンだ。そのシャツとズボンには、阿部さんの血液が付着している可能性がある。阿部さんは浴室で全裸で亡くなっていたのだから、


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「(中略)~。二つ目は、これも処分されてしまったかもしれないが、阿部さんのシャツとズボンだ。そのシャツとズボンには、阿部さんの血液が付着している可能性がある。阿部さんは浴室で全裸で亡くなっていたのだから、シャツとズボンは風呂場で脱いだと考えられる。甲斐さんはシャツとズボンを持って帰って洗濯しているはずだ。洗濯後に、甲斐さんはそのシャツとズボンを捨ててしまった可能性もあるし、捨てずにどこかに隠してしまった可能性まである。~(後略)」


※私による記述※


 阿部はもともと事故で死んだと見られていた。

 浴室内で全裸で死亡していたわけだから、事故で亡くなったのであれば、服に血は付着しないはずだ。

 逆説的に言えば、服に血がついているということは……。



「(中略)~。二つ目は、これも処分されてしまったかもしれないが、阿部さんのシャツとズボンだ。そのシャツとズボンには、阿部さんの血液が付着している可能性がある。阿部さんは浴室で全裸で亡くなっていたのだから、事故でない証拠となる。服を脱がせたりと工作をしているということから殺人の疑いを甲斐さんにかけることもできるだろう。甲斐さんは阿部さんの家を出る時には阿部さんが生きていると証言しているから、防犯カメラの映像からそれがウソだということになるからな。三つ目は希望的観測だが、甲斐さんが持っていたバッグだ。


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


「(中略)~。三つ目は希望的観測だが、甲斐さんが持っていたバッグだ。甲斐さんはそのバッグの中に、犯行後に回収したであろう自分の手袋やマスク、ゴーグルなどが入っているはずだ。それらの証拠を押さえれば甲斐さんは逮捕される」


※私による記述※


 これはかなりいい線を突いている。

 だが、赤池はもっと可能性の低い証拠に希望を見出そうとしていた。



「(中略)~。三つ目は希望的観測だが、甲斐さんが持っていたバッグだ。甲斐さんは血のついた阿部さんの服や凶器を燃えるゴミの袋に入れて持ち帰ったはず。それを入れた彼のバッグの中から阿部さんの血液が検出されれば、それこそ直接的な証拠になる」

「どれも見つからなそうなのがアレですね~」

 渋い顔をする赤池を見て、生方はおかしそうに笑っていた。人が苦しんでいるのを見るのが好きなのかもしれない。

「いや、そうなんだよな。だから、甲斐さんにアプローチをかけようと思うんだ」

「なんか赤池さんが言うと薄ら寒く感じますね」

 古屋が表情を強張らせる。

「人をストーカーみたいに言うなよ……」


 赤池たちは昨日に引き続き福薗製薬の本社ビルへ向かった。そして、ビルの入口が見える場所に陣取り、甲斐が姿を現すのを待ち構えた。待つ間、生方が思い出したように言った。

「石膏で凶器を作ったとして、その処分はめちゃ簡単みたいです。バラバラにして燃えるゴミに出してしまえるので。阿部さんの服も燃えるゴミの袋も全部まとめて捨ててしまえるんですよね」

「それがネックなんだよな。俺の期待してる証拠は全部隠滅されてる恐れがある。かといって、甲斐さんの自宅を調べる令状を取れるほどの状況証拠を手に入れられていない」

 古屋は水筒に入れて持って来たらしいホットティーをひとり優雅に啜っていた。

「でも、そこまで計画的なのに、現場の状況を見るとチグハグなところがあったりするのはなんでなんですかね?」

「そりゃあ、君、頭の中で考えているものを実行することの難しさだよ。現場に立って初めて気づくこともあるだろう」

「そんなもんですかねえ……。僕だったらもっとうまくやれますけどねえ」

「刑事のくせにそんなこと言うんじゃない」

「私も」意外にも生方も古屋に同調を示した。「どうやったらバレずにぶっ殺せるかな~って考えちゃうことありますよ」

 赤池は頭を抱えた。

「君ら危険分子を警察官にしておくのが恐ろしい」

「やだな~。たまにですよ!」

「たまにってどれくらいだ?」

「週三くらい」

「多すぎるだろ」

「あっ、甲斐さんが出てきました!」

 生方がビルの方を指さして、不毛な会話は終わりを告げた。

 赤池は甲斐の後を追いかけて、背後から声を掛けた。

「お出かけですか?」

 甲斐は驚いたように振り向いた。相手が赤池だと分かると、また歩き出した。

「いきなり声かけないで下さいよ……」

「いや~、偶然お見かけしたんで挨拶しておこうと思いまして」

「僕を待っていたように言えましたけど」

 甲斐の精神を揺さぶろうと、赤池は不敵な笑みを浮かべて言った。


※新里述による記述※

※「スローペース」ではなく、通常の新里述


 甲斐の精神を揺さぶろうと、赤池は不敵な笑みを浮かべて言った。

「待っていました。甲斐さん、何か隠していますよね?教えてくれませんか?」

「何も隠していません。失礼します」

 甲斐は早口で言うと、駅に向かって歩いて行った。

「あ、ちょっと、甲斐さん!?」


※私による記述※


 甲斐を揺さぶろうと書いたが、もっと頭を使った心理戦を持ちかけると思っていたが、中学生のようなジャブの放ち方は逆に微笑ましい。

 ここは真面目な新里述ではなく、自由な発想と展開を持つクリエに登場してもらおう。


※クリエによる記述※


 甲斐の精神を揺さぶろうと、赤池は不敵な笑みを浮かべて言った。

「実はそうなんですよ。甲斐さんの住所、聞き忘れていましたし、ここで会えてよかったです」

「何の用ですか? 僕は急いでるんですけど」

 甲斐の声が一段低くなった。

「いえね、あの事件のことでちょっと確認したいことがありまして」

 甲斐は足を止めた。「何でしょうか」

「先日の事件現場の写真が手に入りました。見てもらえますか?」

「いいですよ。僕の車の中で話します。それでいいですね」

 二人は駐車場まで歩いていった。

 車のドアを開けると、すぐに甲斐はシートベルトを着けた。助手席に乗り込んだ甲斐の顔からは既に険しさが取れている。赤池は運転席に乗り込み、自分の名刺を取り出して渡した。それからバッグの中からファイルを取り出す。ファイルの中には、甲斐の証言をもとに作成した阿部武弘の資料が入っている。甲斐はファイルを開いて目を通しはじめた。一分ほど資料を見たところで顔を上げた。

「これ、僕が殺した男のことですか?」

 赤池は自分の耳を疑った。この男は自分が人を殺したことを認めてしまったのだ。甲斐道隆の頭のネジは完全に外れているらしい。赤池は甲斐の思考回路を読み取れなくなった。


※私による記述※


 ああ……、甲斐がサイコパスになってしまった。

 それにしても、メモリに記録したものが反映されているのかずっと不安だったのだが、文章の中に阿部のフルネームが現れたのを見て留飲を下げることができた。


 その前のやり口などを見ると、クリエは甲斐を追い詰めるのに使えるかもしれない。

 これで心置きなく先を続けることができる。



(前略)


 甲斐の精神を揺さぶろうと、赤池は不敵な笑みを浮かべて言った。

「阿部さんが亡くなった夜、阿部さんの部屋にはあなた以外出入りしていなかったんですよ、甲斐さん。本当に阿部さんは事故で亡くなったんでしょうかね?」

「何が言いたいんですか?」

 甲斐は赤池と目も合わせずに歩き続ける。

「どうもおかしいんですよねえ」赤池はわざとらしく顔をしかめる。「阿部さんは浴室に入ってすぐに滑ったんじゃなく、湯船の蓋を取って壁に立てかけてドアの方を向いて滑って湯船の縁に頭をぶつけていたんですよ。その間ずっと洗剤を踏んでいるのはどうもおかしい」

「酔っていましたから、気づかなかったんじゃないですか」

「しかも、阿部さんは服を


※クリエによる記述※


「しかも、阿部さんは服をきちんと脱いでいない状態で浴室に入ろうとした。どうしてでしょうね? 普通なら服を着たまま入って浴槽の中で脱ぎませんか?」


※私による記述※


「普通なら服を着たまま入って浴槽の中で脱ぎませんか?」

 どこの世界の普通なんだ……?

 それとも、私は異常なのだろうか。


 もう少しヒントをつけ足してみよう。



(前略)


「しかも、阿部さんは服を異常な順番で洗濯物カゴに入れていました。


※クリエによる記述※


「しかも、阿部さんは服を異常な順番で洗濯物カゴに入れていました。まるで……何かを隠すためにそうしているかのようにね。そのせいもあって僕はあなたのアリバイが証明できないと判断せざるを得なかったわけですが」

「そんなことありませんよ。僕のアリバイは完璧です。それこそ、僕があの場にいたことを警察が調べ直しても何も出てきませんよ」


※私による記述※


 残念ながら、甲斐にはアリバイはない。



(前略)


「しかも、阿部さんは服を異常な順番で洗濯物カゴに入れていました。まるで別の誰かが阿部さんの服を脱がせてカゴに突っ込んだみたいでした」

「酔っ払っていたんだから、めちゃくちゃなことしたんじゃないですか?!」

 甲斐はついに声を荒らげて赤池の話を突っぱねた。赤池はにこやかな表情をひとつも変えずに言う。

「犯人は阿部さんの服に血がついているのに気づいて、阿部さんの別の服を探して来て洗濯物カゴに突っ込んだんですよ。なぜなら、阿部さんの服に血がついていたら、彼が浴室で死んだのではないことが分かってしまうからです」

 甲斐は吐き捨てるように鼻で笑った。

「犯人って……、阿部さんは事故で亡くなったんでしょ」

 赤池は手を緩めない。

「その血のついた服は阿部さんの部屋からは見つかっていないんですよ。つまり、犯人が持ち去ったということになります。その服を入れたバッグの中には、阿部さんの


※クリエによる記述※


「その血のついた服は阿部さんの部屋からは見つかっていないんですよ。つまり、犯人が持ち去ったということになります。その服を入れたバッグの中には、阿部さんの万年筆が入っていたそうですよ」

「万年筆なんかどうでもいいじゃないですか。それに犯人が血のついた服を持ち去るメリットは何なんですか?」

 甲斐は苛立った口調で反論する。赤池が黙ると、甲斐は再び口を開いた。

「だいたい証拠があるわけでもないのに決めつけるなんておかしいでしょう。僕はただの会社員ですよ。刑事みたいな真似しないでもらえませんか」


※私による記述※


 赤池、ついに刑事という唯一の売りを剥奪されてしまう。

 血のついた服を持ち去るメリットも直前に赤池が喋っていたのだが、この甲斐は全く話を聞いてくれていなかったようだ。



「その血のついた服は阿部さんの部屋からは見つかっていないんですよ。つまり、犯人が持ち去ったということになります。その服を入れたバッグの中には、阿部さんの血液が微かに付着している可能性があるんですよ」

 甲斐の表情が一瞬だけピクついたのを赤池は見逃さなかった。そして、追い討ちをかけた。

「甲斐さんのご自宅を調べさせてもらえませんか?」

 甲斐は立ち止まって、振り返った。

「じゃあ、うちを調べて下さいよ!」

 甲斐は鋭い視線を赤池にぶつけた。赤池はそれを真正面から受け止める。しばらく火花が散る時間が過ぎ、やがて赤池はフッと息を吐くように笑った。

「いや、やめておきましょう」

 甲斐は赤池を睨みつけて、さっさと行ってしまった。

「え、よかったんですか……?」

 ずっと成り行きを見ていた古屋が心配そうに口を開いた。生方もアワアワと狼狽えている。

「今、絶対行けましたよ~! もし証拠が残ってたらどうすんですか~!」

 その言葉に赤池はニヤリと笑った。


 夜、とあるマンションのゴミ置き場にゴミ袋を持った男が降りてきた。

「こんばんは、甲斐さん」

 ゴミ置き場の影から姿を現わしたのは赤池だ。後ろに鑑識の人間を引き連れている。甲斐はあまりの出来事に驚いて手にしていたゴミ袋を取り落としてしまった。

「な、なんなんだ、あんたら!」

 回収したごみ袋の中を覗き込んで鑑識が叫んだ。

「事件当夜、防犯カメラに映っていたのと同じバッグです!」



つづく

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