第10話 タイムリープ

 タイムリープした場合、元々その場所にいた自分は一体どこにいるのだろうというのをまず一番に考えるのは何も不思議なことじゃない。というのも、私が拉致監禁実行犯たちの現場へとタイムリープしたあと、逃げ出るようにして街へ出てきたが、結局行く場所など宛もなく、公共交通機関を使って部屋のある中央区まで来、自分の部屋まで戻ることしかできなかった。しかし今はタイムリープする前から見たら、ここは三日後の未来だ。そこには三日後の自分がいるわけで、何がどうしてもどうやってもどう考えても三日後の自分と鉢合わせになる。そう、この世界には私が二人いるということになるのだ。何やら矛盾が生じはしないか。タイムパラドックスが起きるのではないか。そんなことを考えている時点で矛盾しているのかもしれないのではないか。私は考え始めては考え込んでしまうことになる。移動中は特にそんなことを考えていた。



 考えていたことといえば、イチゴ氏拉致誘拐監禁事件もだ。



 東雁来にあったダンボールやコンテナが積んである廃ビルでみた椅子に縛られていた人物。あれは恐らく人質に取られていたイチゴ氏であろう。私はその現場に居合わせてしまったのだ。そして、実行犯のおそらく半グレ集団のメンバーに対峙していた声の主。あれは誰だかわからない。聞いたことのある声だった気はするのだが、もしかしたら勘違いかもしれない。知り合いだとしたら誰かというのは、しかし、どうにもこうにもどう考えても思い浮かばない。誰だろう、あれは。



 そんなことを考えながら私は自分の家に帰ってきた。時刻は十五時三十分すぎ。タイムリープしていると時間のズレというか時差ボケというか、なんだか今がいつだかよくわからなくなってくる。



 時間のズレに困惑しながら部屋に入った私は、ますます困惑することになった。



「な、なんだこれは」



 部屋がめちゃめちゃである。強盗でも入ったのか、物取りと鉢合わせて喧嘩でも一発おこなったのか、なにか乱闘騒ぎでもあったのかと思えてしまうほどの散らかりようと、破損のしようとであった。私はすぐに一階の今にいた母親に誰か私の部屋に来たのかと問うた。母親は誰も来ていないといった。かくいう私自身もーーこのときの私というのは三日後の未来の時点での私ーー午前に出てから、今帰ってきたーー母親には同じ私であるから午前に出た私のように見えているが、もちろんこの私は過去からタイムリープしてきた私であるーーようであり、それまで誰か特別な出入りはなかった、他に特別大きな物音もした様子はなかったと、母親は証言した。私は自分の部屋に戻り、散らかった何かの破片や欠片などを拾い上げては集めるという片付けを少しした。幸いパソコンは電源を入れれば点くような状態であり、モニターにもヒビが入ったりしていなかったので使用するには問題がないように思えた。



 私はすぐに無名無職の掲示板を呼び出した。きっとそこにはこの三日で変わったところ、新たな書き込みや投稿がされているはずだと思ったからだ。



 新たなスレッドは一つ。



 〉〉空想空気力学について


 〉は?



 以上だった。そ、それより前は、何か、それより前の投稿は



〉〉この二つのアカウントの関連性を調べたい ノブ



見つかったのはこのスレッドのみ。見たことのある私の質問と押し問答がいくつか並んでいるだけ。イチゴ氏の友人のアカウントとバイク乗りの関係が、半グレ組織のメンバーとの繋がりをうかがわせたあのスレッドだけだった。



「空想空気力学について、って……」



 そんなことを書き込むのは私くらいなものだが、しかし、しかしだ……。それはネット上に、たとえ自分の立ち上げた掲示板だとしても晒すことのない考えだったのでは。しかも説明が何一つないし。タイトルだけで、他に何も記述がない。それは、『は?』と言われても仕方のないスレッドだろう。意味がわからないと、そう思われて仕方のないことだろう。私だってわからないもの。これだけでは何もわからないもの。少なくとも、空想空気力学について解説を誰か他人に、他の人の目に触れるところに晒すつもりは今も全くもってない。書くつもりも、話すつもりも、教えるつもりも、全然ない。私だけの理論だ。私だけの考えで、私だけの学問で、私だけに成立するのが空想空気力学なのだ。だから、そんな、こんなことはしてはいけない。



 私はスレッドを削除するボタンをクリックして、『本当に削除しますか』と表示されたバナーの問に『はい』をクリックして答えて『空想空気力学について』のスレッドを削除した。


 

 すると、画面が強く光った。



 まただ。



 またもや、私は光に視界を奪われ、包まれていった。








 ※ ※ ※








 光が収まり、目が冴え、辺りを見渡すと、そこはどうにも人気のない場所だった。辺りは高い窓のないビルに囲まれて薄暗かった。道幅はバスが一台やっと通れるかどうかという程度で、狭いけど車の通る道。そんな印象であった。そして見たことのある。そう思ったの束の間。悲鳴に近い叫び声が聞こえた。目をやると、そこには女の子がハイエースに無理やり乗せられているところであった。ハイエースは全員をすぐさま収容すると、ものすごい勢いで走り、この薄暗い路地を抜けて行った。私は追いかけた。すぐに大通りに出て、タクシーを捕まえることができた。前のハイエースに続いてください。私ができる最善のことだった。



 タクシーは目標を見失う事なく走った。その間、私は考えた。あれは間違いなくイチゴ氏で、誘拐拉致されるまさにその現場だとそう思った。きっとあそこには一度目のタイムリープをしたばかりの私も見ていたことであろう。この時空間移動も、タイムリープもタイムマシン、空想空気力学装置の仕業なのだろうか。目の前を光によって視界が奪われ、光によって包み込まれるようにしていった点は相似しており、時間と空間を移動している点も違いがない。そうだと言われればそうなのだろうと頷く他にない証拠が揃っている。今回はパソコンのモニターが光ったように思えたが、今ポケットにある空想空気力学装置をちらりと確認するに、少しまた光が強く放たれていたような、そんな雰囲気が残っていた。まだ光が残っている。全く光っていない頃に比べればそれは明らかで、それを認めると私は再び装置をポケットに戻した。



 タクシーはとある廃ビルの前で止まった。場所は東雁来。ハイエースもその廃ビルに入っていくのを見た。運転手さんに確認して、お礼を言い、スマートフォンの支払いサービスで支払いをした。急な状況だったので現金を持ち合わせていなかったのだ。逆に支払い方法がスマートフォンにあってよかったと胸をなでおろしていたところだった。



 私はタクシーを降りて、慎重に意を決して廃ビルのドアを押し開いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る