第9話 誘拐拉致監禁

 作戦はこうだ。まず、イチゴ氏誘拐後の監禁場所か遺棄する場所を特定しなければならない。恐らくだが殺すことはないーー無闇矢鱈に殺すとそれだけの処理の手間とリスクを背負うことになるので、いくら半グレ集団といえど、殺すことはない。それに殺害が目的ならその場で殺しているに違いがなく、ハイエースでわざわざ拉致誘拐する必要がない。よって彼らが殺害に至る動機はなく、わざわざ殺すことはないーーと思うので、安否については問題ないだろう。心配は心配だが、所詮他人は他人でもある。私に責任が覆いかぶさるようなことがなければ、そもそも他人の拉致誘拐事件になど興味もないし、関わり合いなど一切持ちたくない。私は私立探偵でもなければ警察官でもないのだ。本来であれば探す必要はないし、情報を得る必要もない。しかし今は、違う。そうせざるを得ない。よって、必要事項優先度的に言ってまずはイチゴ氏本人の身柄を確認しなければならないことが最優先事項に来るので、探そうというわけである。



 現に私は拉致誘拐現場を目撃している。日時も時刻も把握している。しかし証拠がない。だから警察に届けることは難しいだろうと思う。それに届けることができたとして、あなたはその誘拐された女の子とどのような関係ですかと聞かれても何も答えることができないだろう。なぜならなんの関係もないからだ。友人でも、知り合いでも、家族でも、身内でもない。さすればなぜ誘拐されたことを知っているのかと、今度は疑われる立場になってしまう。また疑われるのか。それは嫌だ、嫌だ。



 ではどうすれば良いのか。簡単である。拉致誘拐された場所が分かればいいのだ。そして相手は動く車。発車場所も特定してある。それならば、位置情報特定する装置、たとえばGPSを過去に戻って発車するその時間にハイエースに取り付けてしまえばよいのだ。過去に戻る? ああ、これこれ。私にはこれがある。空想空気力学装置。これは前回拉致誘拐するより前の時刻へとタイムリープすることができた装置だ。これを使えば時を戻しまた同じ時の同じ場所に行くことができるに違いない。そうすれば拉致誘拐現場にまた駆けつけることができ、拉致誘拐を未然に防ぐことはこの私一人では到底叶わないだろうけれども、行く先を見定めてどこにいるかさえ分かれば、隙を見て助けるか、相手にヤクザの一人娘であることを伝えることで、監禁を思い直してもらえるだらうというそういう手筈である。そこで私は商店街の少し外れたところにあるスマートフォン専用ショップに出向き、目的のGPS装置を購入。前回と同じように路地の隙間へと足を運び、同じ場所で空想空気力学装置を発動させた。空想空気力学装置は空想に空想空気力学を作動させることで作用する。前回タイムリープマシンとして作用したように、今回もきっと同じように作用すると信じて。私は光り輝く空想空気力学装置吸い込まれていった。







 ※ ※ ※





 



 光が収まり、目を開いて視界に慣れると、そこは見知らぬ場所だった。ダンボールやコンテナがたくさん高く背の高さよりも高く積み重なっており、見渡しても見渡しても、視界が遮られるような場所にいる。耳を澄ませると、声が聞こえた。誰か叫んでいる。聞いたことのある声だ。声のする方向を探し、慎重に、そっと進んでみる。あ、誰かいた。しゃがんで、そっとそっと、コンテナとコンテナの隙間から覗いてみる。椅子に誰か座っていて、いや、ロープでくくりつけられるようにして縛られているのか。その周囲に三人くらいだろうか、全身は見えないが足が見える。声がするのは椅子の向こう側か。誰だ、誰だろう。聞いたことのある、絶対に知っている声だ。



 ガタン。



 そこでなぜか大きな音が鳴ってしまい、自分自身それに非常に驚いてビクッとしてしまった。



「誰だ」



 銃声。



 やばい。見つかった。いや、自分自身隠れて身を潜めてひそひそ閉じるていたわけでは無いし、そうすべきかだったかどうかは瞬時の刹那で判断することはできていなかったが、それでも見つかるというのはやはり良くないというか、やばい、まずい、ということを直感的に感じざるを得なかった状況だった。なぜなら銃声である。銃声って、え、銃って、マジですか。これはつまり状況から考えるにして、監禁場所だ。椅子に座っているのは誘拐か拉致かされて監禁されている人質で、周りにいるのはその実行犯と考えられよう。そして銃声、つめり銃を撃ってきたのはこの実行犯たちに違いなかろう。そうだ、なるほどそうか。ならそうだとして、この状況は良くない。良くないところにタイムリープしてしまったと、ようやく、今更ながらにしてわかった。良くない良くない、まずいよまずい。どうするどうする。



「誰だ! おい、誰だそこ!」



 身を小さくする。動けない。動けない。隠れるしかない。近づいてくるのがわかる。どうする、どうする。



「おい、何してる。くそっ、逃がすな!」



 逃げる? 逃がす? 隙間から再び状況をそっと、しかし慌てて覗う。椅子にいた人質らしき人物がいない。周りにいた実行犯の人物たちも慌てるように行ったり来たりしている。靴の音が騒がしい。怒号が飛び交っている。……ああ、明らかに現場は混乱している。ならば私もこの場を離れよう。コンテナやらダンボールやら視界を遮るモノを利用して見つからないようにして私は出口を探した。扉を見つけて扉に触れないようにしてそっと出て、近くの非常階段を見つけて飛ぶように降り始めた。自分が今何階にいるかなんてわからない。とにかく必死になって逃げるように、降りていった。緊張でバクバクしていたのを今頃になってようやくわかり始めていた。緊張していたのか、そうか。



 階段を降り終えると、そこは知らない街だった。とにかく安心したかった。安心できる場所へ行きたかった。建物から離れて、でも離れすぎない場所で、少し見通しの通せる交差点を見つけて電信柱に手をやって、ハアハアと上がる息を抑えながら辺りを見渡す。どこだ、ここは。ポケットを探る。スマートフォンはある。位置情報をオンにして現在地を示す。東雁来……ヒガシ、カリキ? 雁来町って言うと東区か。そうか、ここは東区か。



 東区。そこはまだ市内だという安心感がそこにはあった。私はそれからどうしようかと思ったが、ひとまず自分の部屋を目指す。なぜかは分からないがそれが一番安心できるような気がした。

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