第7話 ハイビスカス=ヒビスクス・インスラリス

 赤いきれいな五つの花弁を持つ花、ハイビスカスは学名をラテン語でhibiscus、ローマ字読みでヒビスクスという。沖縄では赤花、ブッソウゲ、仏桑華と呼ぶこともある。ハワイではアロアロと呼び、この赤い色を主に、ピンクやオレンジなどの種類がある。そして、そんなハイビスカスの原種にヒビスクス・インスラリスという花がある。オーストラリア原産の種類で、白い花弁に中心が赤紫色なのが特徴。長い間家畜やうさぎの餌となっていた為に、今では絶滅寸前の希少な種類なんだとか。



 そんな希少な一輪を、というか一株を私は子供の頃から育てている。なんでも二十年は育てないと花が咲かないと言うらしいから、この私の花は二十年以上は人の手によって育てられてきたのだと思われる。すでにきれいな花を三輪も咲かせている。私のお気に入りだ。



 そして、そんな私はほぼ毎日、植木鉢の土が乾かない程度に、少しだけ水をやるのだが、その日土を見てみるとすでに水やりを終えているかのように湿っているのが確認できた。はて、今日は水やりをすでにやったんだっけか。いや、やっていないはずだ。今日はまだ起きてからそんなに時間が立っていないんだもの。では、どうして土がすでに湿っているのだ。誰か別の人物が水やりをしたのか? そんなはずはない。我が家には父と母がいるが、二人が私の部屋に入ろうなどということは決してない。半引きこもりの無職の息子の部屋には観葉植物のヒビスクスインスラリスの植木鉢とパソコンとモニターのセット、ゲーム機と漫画ぐらいしかないのだから入る必要がないのだ。昼食と夕食ーー朝食は朝早く起きないから食べない生活リズムをしているーーは居間で食べるし、会話だってきちんとするから何も問題はない。そうなると、すると、ますますわけがわからない。私の記憶がおかしいのか? 思い違いをしているというのか? 今日はすでに水やりをし終えていたというのか?



 まあ、それが一番無難で、難無く、平凡で、合点がいく理由なんだろけれども。けれども、だけれども。この違和感は…………なんだ?






 ※ ※ ※




 


 人を集め、ヤクザに追いかけられてから時間旅行を少しだけして、帰宅したあと私は少し仮眠を取って、昼過ぎくらいに起きた。こうして家に一人いるとこれまでのことは嘘のように、何もなかったかのように思える。ベッドから天井を見て、静寂を耳にして、瞬きをする。片手を天井に伸ばして、下ろす。



 よし、やろう。



 どれだけ寝ていてもやっぱり事態は変わらないし何も変化しない。自分が疑われていることは変わらなくて、責任者にされているという状況も変わらない。すべてをクリアにするには、疑われない疑いのない疑いがなかった時に戻るためには事件が解決する事、真犯人が見つかり捕まることが必要だ。そしてなんの因果かタイムマシンのような機能を持った空想空気力学装置が目の前に現れた。これはきっとこれを使って解決しろとの未来からの、それこそ文字通り未来からのメッセージに違いないと、そう思えた。私がやるしかない。私がやるしかないのだと、そう思った。無気力になりそうな、滅気てしまいそうな心を、なぜ私が、どうして私がという心と想いを押し殺して踏ん張って思い留まって思った。



 パソコンのモニターの前に座り、キーボードを手繰り寄せた。無名無職の掲示板を開く。スレッド〉〉柳小町イチゴについて誰かなにか知ってる人求む を開く。フォトスタを見つけた、という投稿は以前に見た。ここから文章投稿エスエヌエスであるツブヤキッター、短い動画投稿サイト・アプリ、チックトックのアカウントを見つけ出した。そしてチックトックの最新の動画投稿から、あの私が割り込もうとしている時間移動して現場まで見た動画を見つけ出したのだ。もう一度見てみよう。あの動画が五日前に投稿されたもので最新となっている。……なにかおかしくないか。なんだ、何だ、一体何だ、この違和感は。この動画は何かおかしい、そんな気がする。なんだ、なんだ? なんだろう。あ、ああっ、あっ、そ、そうか。そうだ。そうだよ、そうだ。



 これ、いつ投稿したんだ。



 動画は手を振る自己紹介から始まり、そしてすぐに私がなにか叫びながら割り込んでくる。イチゴ氏は抵抗するかのようにカメラを下に向けて、それから少し言い合いに近いやり取りが記録されて、それで動画は終了している。私のタイムリープして見たその後の彼女は、動画に割り込もうとしていた私に呆れてその場を去り、そして曲がり角で誘拐された。そうだ、あのあとすぐに誘拐されたのだ。それならば動画を編集し、投稿する時間はなかったということになる。すると、あれは動画投稿ではなく、動画配信、いや、生配信だった、ということになるのか。そうか、生配信か。それならば編集も、改めて動画を動画として投稿する必要はないな。生配信後もアーカイブとして閲覧可能にしておけばこのように何度でも見ることができる。過去の動画も見てみよう。……ああ、やっぱりだ。過去にも生配信を行い、それを直接投稿して生配信後に後から閲覧することができるようにアーカイブを残している動画がある。今回も過去に倣ってその様にしたに違いない。だから投稿したのではなく、配信されていた動画だったというわけか、なるほどな。そういう機能があるということを学んだ私は、チックトックの他の動画から、何か彼女の特徴であるところはないかと探した。動画の見た目からわかる事は、十代であること、三日に一回は生配信を行っているということ、このアカウントを他のアカウントが登録しているアカウントの数であるフォロワーが一万人を超えており、人気のある動画投稿者、配信者であったことがわかる。登録開始、動画投稿開始の年数から見るに少なくとも五年は行っていることがわかり、チックトック登録の最年少制限が十二歳であることから、本人は十六歳以上であると考えられる。そこでツブヤキッターを見てみる。ツブヤキッターは一言から百四十文字までの文字制限の中で文章だけで自分自身を発信するエスエヌエスだ。数枚の画像や動画の短い動画程度なら添える程度につけることができるが、基本的には文章が主となる。そしてこのツブヤキッターも最年少制限が十二歳である。投稿開始はほぼ同じ五年前。おっと、ビンゴ。アカウント内で自分の誕生日を祝っているじゃないか。投稿開始から四年目ぐらいに十五歳を祝している。ツブヤキッターのお祝い機能や、家族から祝ってもらったケーキの写真などが投稿されている。流石に自分自身の撮影はないけど、これを元にすると誘拐されたあのときは十六歳ということになる。更にツブヤキッターで自分自身が写っている写真や画像を中心に検索していくと……ビンゴ。近くの中学のテニス部の写真が出てきた。これで出身はわかったな。制服の写真も出てきた。この制服で画像切り取って、検索していくと…………なるほど、あそこの高校か。私立だな。十六歳の高校一年生か二年生か。いや、二年生か。高校の制服で写っている画像が一年以上、桜の季節が二回出てきている。つまり彼女は二年生だ。早生まれではないから、四月以降が誕生日であることがわかる。まあ、誕生月ならさっきの誕生日の写真の日付から十月が誕生日だって一発でわかってるんだけどな。



 ……ふぅ。彼女の、イチゴ氏のプロフィールを探り、推測していくにつれて段々と彼女のことがわかってきた。しかし、エスエヌエスは恐ろしいな。自分の個人情報は大切に慎重に扱わないといけないことがよくわかるよ。さて、もう少し。次はご友人のツブヤキッターから。

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