第6話 過去の現在進行形の未来から来た動画

 私が柳小町イチゴの自撮り動画に向かって叫んでいるのを見届け、私が厄介者扱いされ、邪魔だ、キモい、誰だお前、キモい、死ね、誰、だれ、だれ? だれ、だれ? だれ、誰、だれ、いやぁぁぁ!!! と厄介者になった一部始終を見届け、逃げ出すのを見て、何をしているのだ私はと私は私に言いながら逃げていくのを見送っていた。それからイチゴ氏が反対方向へあるき始めたので、私は気になったので後をつけたのだった。





 ※ ※ ※





「いやっ、たすけーー」



 彼女の声はそこで途切れた。塞がれたからだ。路地に入って十数秒、走ってきたハイエースが横に止まるとそこから降りてきた三人に口を塞がれ、担がれ、車に押し込まれ、落としたスマートフォンを拾われて、消えるように走り去っていった。



 私は何もできなかった。声も出なかった。



 車が右へ曲がって走り去って、それからようやく一言。




「お、おい…………」



 嘘だろ?



 柳小町イチゴ氏は目の前で拉致された。



 そしてポケットが光っているのに気が付き、取り出した次の刹那には元に戻っていた。



 この元に戻っていたのは五日前に時空間移動する前、つまり午前四時に集まりを集い、ヤクザに追いかけられて逃げ込んだ路地の隙間に戻ってきたということである。空を見上げても太陽はまだ上っていない。



 何だったんだ。あれは夢か。



 しかし、ポケットを探ればそこには空想空気力学装置がある。ふむ。これは、つまり、つまるところ、つまり、これは夢ではなかった、ということか。



 私は通りへ出てみたが、捜索中のヤクザがまだウロウロしていたので慌てて路地に逆戻りした。でもこれでわかった。今は元の時間に戻っている。ヤクザに追いかけられて逃げ込んだという元の状況に戻っている。



 少し整理しよう。私は午前四時に集まりを集い、そこへヤクザが現れ、逃げて、路地に逃げ込み、光を見つけ、触れて五日前に時空間移動(仮)し、動画撮影しているイチゴ氏となぜか割り込もうとしている私を道路の向こう側にて目撃。その後、イチゴ氏は一人になり、ハイエースに拉致された。そして再びポケットに入っていたこの空想空気力学装置が光り、元に戻ってきた、ということか。



 そもそも空想空気力学というのは空想に空気力学を空想的に作用させることで機能する空想的理論であり、実現は可能だが現実的ではない、理論的ではあるが所詮は空想にすぎないという未知に未知と未知を満ち合わせた理論学なのである。それがそうであるならば、時を超える、時間を超えるつまりエスエフ映画や小説で使われるタイムリープという現象を起こしても不思議ではないわけだが、しかしタイムリープという名前がつくような現象はどう考えても不可思議で現実的ではない現象であることには違いがないのだった。



 つまり。



「タイムマシンを作ったのか、私は」



 空想空気力学装置というのはあくまで空想空気力学装置であってタイムマシンではないのだが、その空想的作用を応用させることによりタイムマシンと呼べる機械と同等の現象を引き起こさせることでタイムマシンと呼べる代物になり得る、つまり空想空気力学装置はタイムマシンであるということが言えるのではないかということなのだ。これは、これは、すごい。普通の人が考えて見てもこれはすごいことだし、科学者からしてみてもきっとすごいことであろう。はしたの理論学者である私ですらこれはすごいのだと思うのだから、やはりこれはすごいことなのだ。うん。ああ、すごい、すごいぞ、これは。



「すごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいおおすごいおおすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいすごいおおすごいおおすごいすごいすごいこれはすごいことですごい!」



 狭い路地にて右往左往しながら、すごいすごい、と小声でひとしきり言った私は、ヤクザに追いかけられて逃げているのとは別の意味で息が上がっていた。興奮していた。これが無限に使えるのか回数が有限なのか、一体いつの過去からいつの未来までを行ったり来たりできるのか、いや、行くだけなのか、来るだけなのか、そうその全てが未知数で分からなくて、不明で不明瞭であるが、とにかく時間を移動できるというその行為と現象そのものがとにかくすごいと、私はそう思った。



 私は空想空気力学装置を改めて手に取ってみた。



 実に不可思議だ。



 それは光るもので、手のひらから離れ、空気中に浮かぶ形のあるもので、何かといえば何と言えるものではなく、この世のものではないものに近いようなもので、しかし確かにそこにはっきりと存在している現実のものであることは間違いがなくて、具体的には四角くて角があって、複雑な形をしているがよく見ると単純な構造体で、幾何学的模様のようでもあり複雑怪奇のようでもあり、かと言って特殊な形ではない。単純ではないことは見たとおりなのだが、複雑さがどの程度かと言われると口を閉ざしてうーむとうなりたくなる程度で、それはつまり簡単な作りではないかと言えそうなのではないかと思うが、残念ながら事はそんなに簡単ではなく、現実離れした存在なように一見思えてしまうことがなかなか厄介なのだから面倒この上ないものだった。それは一言で言うならば、そう、それが『空想空気力学装置』だった。そしてそれがタイムマシンとしての能力を秘めているかもしれないのだった。



 私は大切な宝物を隠すように、誰かに取られまいかと見つかりはしまいかと恐れるように、そっと、そーっとポケットに再び戻し入れた。代わりにとって見たスマートフォンの示した時刻は六時十五分手前。私はいつまでもこうしてはいられないと思い、車線が多い方向とは逆側へと出ることで、なんとか帰路を見出したのだった。

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