第5話 空想空気力学装置

「待てぇ、こらぁ!! うおらぁ、またんかい!!」



 追いかけられる。私だけ。私一人だけ。追いかけられる。



「こおらぁ、待てぇ!!! リーダー様よぉ!! まてやぁあ!!!」



 相手は見たところ六人。目に傷のある者。頬に傷のある者。とてもガタイの良い者などなど。見るからに一般的大衆人ではなく、カタギではないつまりそういう人たちだ!



 息が切れる。あがる。苦しくなる。吐いて、はけなくなって、無理に吸って、また吐くように呼吸する。広場からバス通りを走り、路地を曲がって猫も通らなさそうな隙間に入る。息が整わない。はあっと吐いて、吐いて、止めて、吐いて。



 くそぅ。なんなんだよ、あいつらはよ。



 広場で人を集めた。午前四時。私を中心として円ができて、何人かと話をして、それからいきなり「つかまえろ」だ。罠にはまったかのようだった。いや、罠に掛かったのは向こうの方だろう、普通は。私が掲示板にて堂々と人集めを行っていたのだ。あれはインターネット上のやりとりで、誰でも見ることができるのだから、当然私を敵視している人たちも見ることができ、それを見て集まってきたというのは実に普通のことなのである。考えるだけ普通、思考するだけ平凡。極々当たり前のこと。追いかけられているのは当然の結果。つまりこれで誘拐事件、誘拐犯指名、カラーギャング設立、リーダー擁立、すべてが真実だということがわかった。すべてが事実。



 事実かぁ。



 一番の問題は誘拐犯とされていることだろう。誤解を解こうにも目が合えば追いかけてくるほどだ、たとえそのまま捕まって説明しようなんてできたものじゃないだろう。話なんて通らない相手だ。言葉でどうこうなる相手ではないのではないか。ではどうする。ならば警察か? 警察に相談すればよいのか。いや、警察にはなして何が話しになる。誘拐犯に疑われて追いかけられています助けてくださいなんて言ってみろ、無理だ、意味がわからん。疑われている? そもそも誘拐ってどういうことだね話を聞かせてもらおうで逆に取りしべられるのは明らかだ。それでは保護どころか逆に疑われる立場になってしまう。だめだ駄目だ。ではやはり一番なのは真誘拐犯を見つけ、いちごお嬢様を救い出し、身元を元の親元へ返して疑いを晴らすのが一番だ。そうだ、それしかない。だから今日事情を知るものはいないか自称『カラーギャング無名無職』のメンバーに集まってもらったのだ。人はかなりの人数が来た。ここは本当に北の大地の県庁所在地かと疑うレベルで集まった。東京ではないのだぞ? ここ緑の新幹線が発着する駅地だぞ、と自分の居場所を疑うレベルで集まった。本当に無名無職を知っているのかどうか、話もした。その全て人が無名無職を知っていたし、メンバーになりたいと進言してくれたし、ノブーー私のことであるーーさんを支持すると改めて言葉にしてくれた。それからおいかっけこが始まるまで名前を聞いて、一人ひとりとしっかり話した。まるで遊説演説をしている選挙の候補者のように。



「ええと、名前は……」



 記録した名前は、亜人、エモト、坂下、ロイヤルバースデー、絶景、桜木、星屑スターダスト、エレン、sai、木村、ノーマルタイヤ、レクサス、獅子王、せつな…………以上だ。どれも個性があるような、本名のような、ネットネームのような、そんな名前たちだ。男も女も両方いた。大体が若い年齢ばかりだったが、社会人のような年齢に見える者も中にはいたような気がする。この中に犯人がいるのだろうか。誘拐犯。柳小町イチゴを誘拐し、私が疑われてしまっている事態を引き起こしている張本人が。



 息は整って落ち着いてきたが、まだ怒号と私を探す声がする。まだこの場所を出るわけには行かなそうだ。



 私はゆっくりと動き、少し身体の余裕のできる場所へと移動する。通りが遠くに見える場所。いざとなったら隙間に逃げられる場所。そこを見つけて、あたりを確認して見つけた。私は、見つけた。見つけたのだ、それを。



 それは光るもので、空気中に浮かぶ形のあるもので、何かといえば何と言えるものではなく、この世のものではないものに近いようなもので、しかし確かにそこにはっきりと存在している現実のものであることは間違いがなくて、具体的には四角くて角があって、複雑な形をしているがよく見ると単純な構造体で、幾何学的模様のようでもあり複雑怪奇のようでもあり、かと言って特殊な形ではない。単純ではないことは見たとおりなのだが、複雑さがどの程度かと言われると口を閉ざしてうーむとうなりたくなる程度で、それはつまり簡単な作りではないかと言えそうなのではないかと思うが、残念ながら事はそんなに簡単ではなく、現実離れした存在なように一見思えてしまうことがなかなか厄介なのだから面倒この上ないものだった。それは一言で言うならば、そう、それが『空想空気力学装置』だった。



「な、なんでこんなところに……」



 それは私の考えたものであったが、私でさえ完成させたことが未だない代物であった。具体的にはこれから作ろうと思っていたものだった。だからこれがここに存在するはずはなく、あるとしたらそれはそれこそ未来から来たとしか…………未来? ……え、ええ!?



「いったいこれは……」



 私は恐る恐る触れてみることにした。まるで吸い込まれるように、光に吸い込まれるように、そうすることがさも自然であるかのように手を伸ばした。光の中に手が入り、そして装置に指が触れる。触る。触れた。あっ、と思った次にはすでに、もう、すぐに、光がわあーっと強くなり、視界を奪って、遮って、眩しさだけになり、比喩ではなくあたかも光に包まれるかのように強烈にそれは光り輝いて私を包み込んだ。



 光が止んで、空想空気力学装置が無くなったとき、眩しさは真上から来ていた。見渡すと、朝方ではなく辺りはもう昼過ぎだった。眩しさの正体は太陽で、見上げればそこには太陽が真上に来ていた。



 スマートフォンを取り出し、時間を見ると、正午を3分過ぎた時間だった。そして日付が三日前だった。



 …………え。



 み、五日前? あ、え、あ、え? あ、え、あ、ど、どういう、これは、これはこれは、これはいったいどういう、これは……。



 私は路地から通りに出てみた。通りはいつものにぎやかな通りて、車が多く走り去っていて、路上駐車していて、歩道を多くの人が、千差万別な人が、思い思いの思いでそれぞれに歩いていた。そして、そう、大きな四車線通りの向こう側。向こう側に見えるカフェにいるのは、あれは、あれは、自撮り棒で自分を撮影している彼女は、見たことのある容姿、ドレスのような私服、そうだ、間違いない、あれは、彼女は、あっ! うしろ! 後ろにいる、あの、あの男、あの、みすぼらしく、しがない、取り柄もなければ、一般人にさえなりきれていない、凡人以上に目立った凡人以下のあの人間は、そうだ、あれは、間違いない、




 わたしだ。

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