第4話 掲示板『無名無職』

「これは……私か?」



 覚えがない。見覚えのない。身に覚えのない。見たことも見た覚えもない姿だが、しかし、紛れもなくそれは私だった。チックトックの動画に映るその人物は私であり、そしてこちらを見ている。間違いない。動画の投稿者であるイチゴの知り合いか? と思えるほどにこちらを見ている。動画は全部で三十秒ほどの長さで、流れている音楽に合わせてリズムよく、テンポよく振り付けを変えるように踊っている。そして動画の最後の方。動画では奥の方に見える私が血相を変えてカメラに向かって何かを叫んだ。動画投稿者のイチゴはこれに「なんですか」「何するんですか」「誰ですかやめてください」と言ってカメラの画角も明後日の方向へとブレブレになってしまっていた。動画はそこで終了。コメントは心配する声が多く、私は不審者として祭り上げられていた。それもそうだ。普段の私ならば、それこそこんな動画を見たならばその男のことを不審者としてみなしていただろうし、動画の女の子を擁護しただろう。



 もう一度同じスレを見てみる。他にはなにか投稿がないかコメントを見直すのだ。



〉〉柳小町イチゴについて誰かなにか知ってる人求む


〉柳小町イチゴって誘拐されたとかいう?

〉↑まじ? それ

〉だれそれ

〉知ってる。犯人は、無名無職の誰かだって

〉↪犯人誰だよ!

〉っていうかここの掲示板グループ化してたんだ(笑)



 それは私も同感である。いつの間にこの掲示板がチーム化し、カラーギャング紛いの行動を取るようになったのか。この掲示板自体そこまでできてから日がながくないはずなのだが……。言われてみればおかしな点がある。私が掲示板を立てたことがいつの間にか知られていること。いや、これは掲示板の代表を名乗っている以上は、無名無職のリーダーとされてもおかしくはないか。となるともう一つ。この間ファミレスに来た星屑とかいうやつは私のハンドルネームのノブという名前と顔が一致していたこと。リアルで会ったことなどなかったはずなのに、彼は会う前から私のことを知っていたかのようだった。一体なぜ。うーむ。



〉そういえば、ワイ。この間黒いスーツ着たおっかないおっさんに声かけられた。『無名無職って若者のグループ知らないか?』って。適当言って誤魔化して逃げたけど、あれは完全にの世界の人たちだった。誘拐事件っての、あながち嘘じゃないのかも。

〉まじ?

〉まじか。場所は

〉狸二丁目。

〉こっわ。安心して街歩けないな。まあ、ここの住人を辞めるつもりもないけど

〉〉確かに。辞めるつもりはないね。

〉〉賛同。

〉〉同じく。ノブさんを裏切ることはない




 ……ふぅ。ああ、これもおかしな点だ。インターネット上に立てて日が浅い掲示板無名無職だが、なぜか、なぜだか熱狂的な信者のようなメンバーがいる。私がなにか特別なことをした記憶がない以上、ここまでノブ万歳とされると怖いまである。グループ化しているのも、この人気というか信者の支持が膨らんだ影響だと考えると自然に思えるが、自然でないのはこの人気と支持が異常に高いこと。いったい、私が何をしたと言うのだ。



〉〉明日、明朝四時。駅前広場南口に集まれる人だけで構わないから集まって欲しい ノブ

〉ノブさんからの招集(゚∀゚)キタコレ!!

〉行きます!

〉朝四時w早すぎwいくけど

〉〉大勢で集まるのに迷惑かけたくない。ひっそり集まって、すぐに解散するつもり  ノブ

〉了解

〉リョ

〉∠( ゚д゚)/



 ま、こんなところかな……。



 明日の朝、午前四時。南口にある駅前の広場。ここを指定したのはわかりやすく、人が集まりやすく、すぐに人が散りやすそうに思えたから。



 人を集めた理由化は一つ。誘拐犯がいるのか。いないのか。まあ、だけど実際問題、私がみんなを集めて犯人はいますか、と聞いて『はい、私です』と答える人も、まずいないだろう。いないだろうけれども、しかし、集めて聞くというのが大切なのだ。集める、集まるという行為は自分がグループに属しているという帰属意識を新たにさせることであろうし、私をリーダーとしていることが空想でないことを確かめることができる。空想空気力学のように確かめることができる。実際明日の朝行って、誰も集まらずに一人きりという可能性もある。朝四時に自分一人きりだという可能性は大いにある。それはそれで無名無職は架空の集団で、ノブというリーダーは独りでに祭り上げられたのだというのがわかるだけだ。それならそれでいい。何事もなかったかのように家に帰って眠りにつくだけ。問題なのはグループが存在すること、誘拐犯扱いされていること、自分がここのリーダーであり、その両の責任を追わなければいけないこと。それが問題だ。



 ラ・エルソウ・ディスティアーナ



 パソコンのモニター目の前にし、コーヒーを片手にひとり呟く。元ネタはネットの投稿サイト掲示板の『ああっとチャンネル』のとある投稿だ。それの改変版。詳しく知りたいやつはコピー・アンド・ペーストして検索とかで調べてくれ。私はコーヒーのおかわりを台所から手に入れてくる。



 そうして私は翌日を迎えるための前日を終えたのだった。



 また、このときの私はぜんぜん気がついていなかったが、あの動画内の私はこのように叫んでいた。



 探せ。空想空気力学を探せ。



 そう叫んでいたらしい。

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