第2話 サンニントヒトリ

 月曜日のとある夜。



「やあ、有人飛行」


「やあ、ノブ。元気していたかい」


「ああ、もちろんさ。近況を話したいことはたくさんある。まあ、おいおい話すよ。元赤坂も元気だったか」


「ええ、元気よ。仕事も順調だし。あんたも相変わらずの厨ニね」


「ああ、変わらないさ。……ええと、何か注文した?」



 二人は頷く。



「そうか……どうするかな。すみません」



 海老のサラダとたらこパスタ、ミニフォッカチャを注文。ドリンクバーも忘れずに。



「さてと……ドリンクバーを取りに行きたいが、その前に」


「どうした? ノブ」


「いや、こいつだよこいつ。だれだ、こいつは」



 二人の友人以外に一人座っている。私は、有人飛行と元赤坂以外には誰も呼んでいないのだが。



「誰って、あたしは知らないよ」



 元赤坂の知り合いではないのか。



「有人飛行の知り合いか?」


「いや? ノブの知り合いだろ」


「はい」


「えっ? 私の知り合いとな? え、いや、え、ええ?」



 十代後半。高校生を卒業したかしてないかくらいの若い青年。髪をまつ毛まで伸ばしているが表情はハッキリと見える。ニコニコと好印象で、笑うというよりかは笑みに近い自然な雰囲気。謙虚さがにじみ出る動作とその所作に不満や苛立ちを覚える人間はまずいないだろう。いい若い青年。そんな印象だった。



「ノブさんですよね」


「……!! な、なぜ知っている。自己紹介したっけ?」


「いや、今日がお会いするのは初めてです」


「じゃあ、自己紹介しとけよ」


「ミー?」


「他にいない」


「じゃ、じゃあ……慟哭の泡沫 幻影の暁月 アノニマス・ゼーレ・ノブレス。以後お見知りおきを」


「もう一回」


「えっ?」


「もう一回」


「慟哭の泡沫 幻影の暁月」


「そこはいい」


「アノニマス・ゼーレ・ノブレス」


「一番最後」


「ノブレス」


「略して?」


「ノブさんですね!! お会いできて光栄です」


「あ、ああ、そうか。それはどうもこちらこそありがとう……」


 

 有人飛行。



「なんだ? 田中翔太くん」


「やめろ。日本一多い苗字と1996年最多氏名の複合体で呼ぶのはやめろ。はずかしい」



 違う。そんなことではなくて、有人飛行。



「なんだ」


「そうなると、この子が掲示板の賛同者か?」


「おそらく」


 おそらく?


「ええと、お尋ねするけど、君はこの掲示板のこのスレッドのここにコメントを投稿した一人かね? 支持しますとかリーダーがなんとかとか」


「はい、そうです」


「今日はどうしてここに?」    


「ノブさんがここにいらっしゃると噂で聞いたので来ました。そしたらお二人はノブさんのご友人だとかで」


「そうだ」


「そうでーす」


 噂? どんな噂だ。


「カラーギャング『無名無職』のですよ。メンバーと話しているときに聞いたんです。それとなく」


「『カラーギャング 無名無職』?」


「はい。ノブさんの掲示板から生まれたチームになります。もちろんリーダーはノブさんです。にかけていろはありません。無色、ノーカラーです」



 まじか。それは、そのまじなのか。



「ええ。大真面目です」



 ふらついた、めまいがしそうだった。



 まさか、そうか。そんなことになるとは。そんなことになっていたとは。一体どうして、何がどうしてそんなことになったというのか。私がなにかしたのか。なにか、吹聴するような、仰ぎ立てるようなことをしただろうか。いや、それはない。社会不適合者の該当リストをコンプリートしている私に、そんな清く正しく美しくなことなんてできやしない。できるはずがないんだ。では何だ。自然的に発生したとでも言うのか。そうなのか? そうなのか……。



「ドリンクバー行ってくる」



 カラーギャング団、無名無職。その名の通り無色で色はない。特別活動目的も方針もないし、どこかに集会と称して集まることもなければ、悪いことをするでも、良いことをするでもない。そもそも集団化している事実すら先程知ったのだ。これから、何を、どうすればと。



 私はコーラを目一杯注いで、こぼさないように気をつけながら、そっと自分の席に戻った。




 ※ ※ ※




「それで、君はどうして私に会いに来たんだい?」


「はい、ノブさん。実はこの人を探していまして」


「……? だれ?」


「柳小町イチゴさんと、名前を言うそうです。柳町通組の一人娘さんです」


「な、なんて?」


「柳町通組です。ヤクザですよ、ヤクザ」



 彼は頬に傷の入ったハンドサインを示した。



「なぜ、なぜそんな子が、わ、私に?」


「実は無名無職のメンバーの誰かが犯人じゃないかと目星をつけられているんだそうですよ、誘拐の」


「ゆ、誘拐!?」


「ええ。無名無職が犯人だと、向こう側は躍起になって探しています。なにせかわいいかわいい、一人娘さんですから」


「ま、まってくれ。つまり私の知らないところで立ち上がって私がリーダーとなったカラーギャング無名無職というのが、そのまま私の知らないところで犯罪者グループと化し、しかもその相手が裏世界の住人様という、つまりそういうことか」


「はい。一人娘さんの誘拐容疑です。メンバーの誰なのかは未だに不明ですが」


「な、なんて」



 なんてことだ。全くいきなりすぎる。私は髪の毛をわしゃっと掴んで、頭を抱えた。滅茶苦茶だ。無理難題だ。理非曲直だ。なんだ、それは。なんだ、何なんだ、それは一体なんなんだ。どうした。どういうことだ。私が悪いのか。私が責任者なのか。私がなんとかしないといけないのか。そ、そうだ、それを。



「わ、私がなんとかせねばならないのか?」


「まあ、普通は責任者とか、リーダー出せってなるんじゃないっすかね」



 くそう。そんな、そんなことがあるのか。いつの間にか責任者にされ、そしてすぐさま問題が起きて責任を問いただされるなど、そんなことが。いや、なんとかしなければ行けないのだろう。なんとかさねばなのだろう。一番はイチゴお嬢様を無事に救出し、親分様へ送り届けることだ。そうだ、それがいい。それが一番いい。そうすると必要なことは……。


「君。そういえば君は名前をなんと言ったかな」


「はい。星屑、スターダストといいます。もちろん本名じゃありません。ノブさんと同じ二つ名です」


「じゃあ、星屑。私が号令したら、無名無職のメンバーは集まるのか」


「ええ。可能な限り。ノブさんのご命令てあれば、すぐにでも」


「いや、今はいい。それが分かればそれでいい」


「ちょ、ちょっと。あたしは関わらないわよ。仕事あるし」



 元赤坂が吠える。そうだな、それも、そうだな。



「二人には迷惑をかけないさ。大切な友人だ、失いたくもないし、困らせたくもない。これは私がなんとかしなければいけないことだ」



 ラ・エルソウ・ディスティアーナ。



 世界の仕組みが、陰謀が、策略がそうであるというのなら。そうするのであるというのならば、そうであるのだと言い張るのならば仕方ない。受けて立とう。この慟哭の泡沫、幻影の暁月にして、アノニマス・ゼーレ・ノブレスが受けてやる。



「まずは準備がいる。今日は食事して、一旦解散だな」



 コーラをぐいっと飲み干す。



「おまたせしましたー」

 


 そこへ店員によって料理が運ばれてきた。ものすごく長い時間が立っているような気がしていたが、実はそこまで時間は立っていなかった。ものの十分くらいだ。


「すみません、ドリンクバーに」



 私はおかわりを注ぎに、席をいそいそと立ち上がったのだった。

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