こちら転生管理局転生課です

沙崎あやし

こちら転生管理局転生課です

「番号札七百七十七番でお待ちのお客さまぁー」


転生管理局転生課で待っていたオレの受付番号がようやく呼ばれた。オレは椅子から重くなった腰を上げ、カウンターへと向かう。そこには受付嬢が待っている。


「お待たせいたしましたー」

「随分と混んでるね。前はこんなに待たなかったと思うんだけど」


「すみませんー。最近転生者の方がすごく増えたんですよー。それでも転生課の人員は増えないので、てんてこ舞いですよー」


にこにこと受付嬢が答える。確かに周りを見回すと、転生希望者でごった返している。昔はそんなに居なかったと思うんだけどなー。


「それでお客様、次はどうされますか?」

「それなんだが、オレ、前回の転生の記憶がないんだけど、どうしてなんだろ?」

「お客様、前回は蟻に転生されたんですよー」

「蟻」

「はいー。転生特典として炎を吐くファイヤアントとして転生されました。現地ではクロアントと天敵サムライアントが相争う正に大海賊時代。お客様はクロアントの救世主として、無事サムライアントを焼き尽くされてます。その飛び火で人間の街々も燃え上がり、現地の歴史では『火ノ七日間』として記録されてます。すごいですねー」


すごい、すごいのか。いや確かに凄いが、結構碌でもないことしてる様な気がするんだが。


「まあ救世主なんてそんなものですよ。敵対勢力を絶滅させること結構多いですし、その場合生命体総数の計算であれば全人口の半分を死に至らしめてますからねー」


碌でもない。


「しかし、人間以外にも転生できるのか。意外だな」

「そうですね。基本、魂レベルでは大抵の生命体は同じですし」

「そうなのか」

「はいー。肉体に性能が左右されるだけで、蟻も人間も魂は互換性がありますねー」

「互換性」


なんか微妙な話を聞いてしまった。明日から蟻を踏まないようにしよう……。


「大抵ってことは、全部が一緒ってことではないんだな」

「実はその辺りは、我々転生管理局でもまだはっきり把握していない未解決問題でして。どの程度まで構造が簡単な生命体と魂に互換性があるかは、今ホットな研究分野です。転生者でもその辺り探求されてる方いらっしゃいますよー」

「まあ、オレも実際蟻に転生しているらしいし?」

「最近だとミドリムシまでは転生成功してますねー。まあ何も憶えてなかったそうですけど。転生管理局に戻られたので、転生自体は成功したと判断してます」


その言い方だと、戻ってこれないケースがあるってことだよな……。それってどうなるんかな。ちょっと怖い。いやかなり怖い。


「なるほど。だから前世の記憶が無いのか」

「正確には記憶自体は残ってます。ただ思考形態があんまりに違うので、蟻の記憶を人間の思考体系で再生できないってだけです」

「なるほど……」


良く分からん。まあ蟻の記憶を思い出す必要も無いし、思い出してもあんまり良い気分にはなりそうにないな。食事の記憶とか。蟻って何食べてたんだ?


「お客様は前世で転生特典ポイントを結構溜められましたんで、いろんな選択肢がありますよー」

「転生特典ポイント」

「はいー。端的に言いますと、前世で善行を積むと次の生で天国に行けるってヤツですねー」

「善行って、結構碌でもないことしてる様な気がするんだが」

「そんなことないですよ! 蟻で人間の街焼いたんですよ! それはもう喩えるなら人の分際で神様の横っ面を引っぱ叩いたぐらいの快挙ですよ!」

「そ、そうなのか」


人の分際って。このお姉さん何者なんだろう。やっぱり天使か、天使なのか。


「善行があるってことは、悪行の場合は転生にデメリットがあるってことか?」

「はい、勿論です。よくある例ですと、前世で女性を泣かせた男は蜂に転生します」

「蜂」

「お客様は蜂の生態をご存じですか?」

「いや…そんなに詳しくは」

「そうですか……まあでもお客様は前世でも前々世でもそういう悪行は積まれてないので、ご心配いりませんよ」


コニコニコニコニコニコ。

その笑顔が怖い。


「で、今度は何に転生されますか? さっきも申し上げましたが転生特典ポイントが溜まってますので、大抵のものは行けますよー。人間は勿論、猫とか犬とかでも大丈夫です!」

「その言い方だと、猫とか犬とかの方がポイント必要そうに聞こえるな」

「そうですねー。万物の霊長ですからねー」


は?


「え、ちょっと待って。万物の霊長って人間じゃないのか?」

「そのランキングはちょっと古いですねー。五十年前ぐらいに霊長ランキング一位は同率で犬と猫になってます」

「一体何が……」

「それまで一位だった人間を使役して衣食住を確保してる点がランキングに影響したみたいですね」

「そうなのか」


そう言われると、ウチのみゃーこ様もオレが衣食住確保してたもんな。猫に仕えていると言われても反論できん。みゃーこ様、ああみゃーこ様。


「でも今は犬や猫はオススメしません」

「え、なんで?」


オレも美人の飼い主のところに転生してごろにゃんしたい。


「今犬と猫は万物の霊長の座を巡って全面戦争中でして……先日それぞれの救世主が転生して、ますます抗争が激化しています」

「なんと」


なんということだ。あれだけ可愛らしくあっても戦争とは無関係でいられないのか……。人は……いや知類はどこまでも愚かなのだ。


そこでオレはふと思いついた。


「なあ、さっき魂は互換性あるっていったよな?」

「はい、大抵何でもいけますよー」

「じゃあさ、『上』も行けるのか?」

「上、と申しますと?」

「人間より上位の存在。なんつーの、人より賢くって頭が良くって……みたいな?」

「あー、例えば神様自体とか?」

「そうそうそう」

「なるほどー。そうですね、神様はちょっと無理ですね。規格が違うので。ただ人間より知能レベルが高位な存在、上位存在へは転生可能です」


まじか。


「お客様のご希望は。知能レベルの向上によって戦争を撲滅した存在ということてですよね……例えば、コレとかコレとかはそうですね」


何やらカタログみたいなものをぺらぺらと見せられる。おお、いいねえ。なんかエルフっぽい神々しいヤツあるじゃん! タコっぽい存在も見えたが無視する。


「これにするよ」

「えっ? でもそれはあまりオススメしませんよ?」

「え、なんで? いいじゃん上位存在。オレはねぇ、人の愚かさにもう辟易していた訳よ。この辺りで上位存在に解脱して、平和で暖かな世界でゆっくりしたいわけよ」

「はあ。そういうことでしたら……」


受付嬢は中空に指を滑らせ、何やら操作をする。するとすぐにオレの思考が薄まっていくのを感じた。


「それでは、良い転生ライフを——」


受付嬢の声が周囲を満たし、それがブツリと途切れた。

 


—— ※ —— ※ ——



「受付番号七百七十七番でお待ちのお客さまぁー」



「うぐ……ぐすっ、えぐっ」


オレは泣きながら転生管理局転生課へ戻ってきた。生まれてきてゴメンナサイ。生きていてゴメンナサイ。俺の心はすっかりブロークンハートだった。


「ああ、やっぱり。上位存在は知能レベルが違いますからね。そこへ人間の知能レベルで行ったら……」


受付嬢は苦笑していた。出来れば転生する前に教えて欲しかった。喧嘩は同じレベル同士でしか発生しないというが、優しさもそうなのだろうか。人にして人に非ず。そんな生活を千年務め上げてきたオレを誰か褒めて欲しい。


「今度は普通のニンゲンがいいです……」

「はいはい。普通の人間ですねー。特典はどうしますか? まだポイント結構残ってますよ」

「可愛い幼馴染みの女の子、ツンデレな同級生、厳しくも優しい女師匠、健康優良、お風呂がある世界、何でも美味しく調理できるスキル、未来予知、瞬間移動、聖剣一本つけて」

「はいはい、山盛りですねー」


受付嬢が手慣れた風に処理していく。それが終わるとオレの意識が薄れていく。また転生するのだ。


「それではいってらっしゃいませ、救世主」

「んじゃ、世界を救ってくるわ——」










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こちら転生管理局転生課です 沙崎あやし @s2kayasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ