エピローグ
3---年□月○日
胃を埋め続ける、餓死なんかしないのに
満たされていない気分に
嫌気が差す
一刻も脱したくてたまらない
飢えたくないとばかり思っている
腐臭の鹿を目にして
飢えているとノドを鳴らす
渇いている
いつだって喉が渇いている
薬を手にする手段を失った後でも
脳裏に焼き付けていった記憶によって
時どき残滓が蘇る
全部戻ってこればいいのに
はは
素敵な思い出として覚えておけたらいいのに……
自分の行動の所在が曖昧で
制御のできない衝動が私を本能的に支配する時間
なにも持っていないのに
指先に真っ赤な手袋を嵌めている
舌で嬲るたびに味がする
溢れる唾液の甘さに
迸る快楽が背筋に立ちあがって
ぞくぞくして堪らなかった。
ああ─
はは
喉が渇くなあ…
ゆっくり目を開いて
どこかの部位が抜けていたんだと分かる
再接合の痛みが
目覚める際の合図と高く鳴りあがる
一日の時間、一週の時間、一月の時間
同じ大きさにされて、私の前に順に並ばれた
私はそれを静かに見つめて
懸命にソレを食べていた
人に腕を掴まれる際の嫌に鋭い感覚
私を目にしないで─
この間じゅう忘れていさせて
「#◼蜷帙?縺ゥ縺薙°繧画擂縺&▪️溘s縺?縺´??∽ク。
隕ェ縺ッ%?滓_掠縺上♀縺?■縺ォ蟶ー繧峨↑_縺??縺九>」
みんながもう知らない言葉を喋っている
逃避行の予定はない
同じ濃淡の色の服を着て、白色の生地を顔に塗った人たちの
奇妙な糸の垂下を見かける
喉が渇いている
気まぐれのようにとある日がやって来る
握られた手が強い力で引くと
追い立てられるように私はこの場から立ち去ってしまう
他人の恣意下にいるようで
その実欲が手をこまねいているだけなんだ
先の景色が黒ずんで見えない
私は結局変わっていなかったのだろうか
………
嫌だ、正気でいるのは耐えられない
ずっと渇いているんだ
渇いているから
ダメなんだ
体を引きずってでも
私は生きなければいけないんだ
肆阡肆佰肆拾肆ネン壱拾壱ガツ壱拾壱ニチ
貪食になったとよく思う
骨が積み上がって影を落とす
私はどこにもいない場所にいて
切って折って外していって
体を少しずつ、骨の持主と取り換える。
部品を削るたびに
通じ合った感覚が消えていっていく
意識さえ残るならテセウスの船にもなりはしない
統べるこの身に血を敷いて私の身体を急速にまわしていく
傷つくことにすっかり慣れたからだ
眠るか旅に出るかを考えて
断面の粘膜が心臓の鼓動に合わせて震える
腿の先に、黄斑の皮膚をした或る男の脚が接している
個々に転がる32人の身体がゆっくりと繋がり
一体の人間の形を形成する
もう霞んだ記憶でも、だいぶ顔が幼くなってしまったのがわかる
最後の工程
私の意識を切り取ってしまえば完成
誰かに私の傀儡をあげたいな
夢が途切れないでいる言葉だったならいいのにな
必ず現実が後に顔を出して
ホンモノはこちらだと 抑えつける圧が常にすべて
私の操縦者さん
早く私を動かしてよ
───
これじゃあ
ロボットのほうがまだ幸せだったのに…
ノドが渇いている。
私を飢えさせて、張り付いて
そこだけぽっかり空洞になっていて
風がよく通る。喉は私に話しかけている
「満たされたい」と
生きていてずっとずっと言い聞かされてきた
ひたむきに正直に言い続けていた。
私はそれを、聞かないふりをしていたけれども。
喉が渇く、痛いくらい渇いている。
咽頭の穴は
なんにもないから、澄みきって清々しいぐらいに
風がよく通るんだ
「喉が腫れたとき
ぐっとを押してやると
勘違いの圧迫でね
少しだけ─気持ちいいんだ。
時どきこうして最低の悦楽に浸るの、私」
「ごめんね
引かないで」
うん、そうだよ
じゃあね
これからよろしく
………
しゃべる声が違う
きっとだれかの声なんだろうな
あー
わたしのせいべつはなんだったっけ
ねんれいはいくつだったっけ
うまれたのはどこだったっけ
いきていてよかったことがひとつもあったっけ…
おわってしまえばいいのに
きっとうまくはいかないな。
つぎにおきたときは
まったくちがうせかいであればいい
ガア、ガア─
鴉の声がきこえた
それまでは、長いあいだ
─ほんとうにながい間
静かであったかのような気がする
体が半ぶん土にかぶさっている
濡れた黒い瞳が目の前にあって
私をじっと見つめている
…まるで私の奥をみているように
目が覚めた。
正気に戻ったのだと気づいて、私は泣いた。
鴉が啼いている
────年11月11日
「人の行く末は動物の道」
何度も何度もこの身は歳を重ねていく
思考と欲望は続かずにいつしか消えていった
大いなるものに身を預けていく中で、必要な物だけを得て生きるだけ
私を本当に生かしてくれる欲求
その他すべてが不要だと知った
目を閉じれば数瞬
悠久の年を数多飛んで目を開ける
「やあ。
久しぶり、元人間さん」
風が髪になびいて揺れる
彼が、そこに立っていた。
ああ─ほんとうに久しぶりだ
顔みるまで忘れていたよ
思い出せなかったらどうするつもりだったの
「そっか、会えなくてごめんね。
苦しそうだったから
助けたくって準備を整えたんだ」
彼がそう言って指を横に向ける
顔を向けた先には淡い瑠璃色の海が広がっていて
鴉の羽と同じだけの湿っぽさがする
潮の匂いがやけにひどく落ち着く
「俺たちはもともと人魚だから
だから住処へと、古巣へ帰ろっか
おいで─
きっと君も気にいるはずだよ」
波が行ったり来たりしている
まるで手招きするように
………
生きているなかで私をまともに見てくれた人はいなかった
これ以上は仕方ない
何もかも儚いものばっかりで
嫌になってしまう
夢は結局夢だったし
はやく明確な終わりが来ればいいのに
海に向かって一歩ずつ足を沈めていく
服が水に濡れて染みわたる重しのウエイト
この沈んでいく質素な感想は
この頃風呂に入ることもなくなった以来の感覚だ。
久しかった体いっぱいの水を浴びて
喉が鳴る、こんなに嬉しいことがあったなんて
自分を見失って 早くに世を旅立ってしまいたい
そんな願いは届かない世界だったから─
眼が浸かり、涙が持ち去られていく
傷の浅い喉が滲みて痛みがするが
やがて水面の裏側を覗きはじめると
ふわふわ漂うような心地で
急速な眠気がしてきていた
「帰るまでおやすみ」
水中の彼がずっと手を引いてくれている
どうか、次に目を覚ます時は
地獄に近い場所で
まったく違う景色にいれたならいい
「はやく俺たちのもとにおいで
そうして本能のままに暮らしていけばいい。
生まれた日のお祝いだよ」
時刻は0時0分11月11日
そうだった
今日は
私の、誕生日だったなぁ………
自失早世 豆炭 @yurikamomem
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます