第59話


 豪はボールを床に突きながら、莉愛に視線を向ける。すると一瞬だけその瞳と視線が交わるも、すぐに逸らされてしまう。それを寂しく感じながらも、口角を上げた。


 今、目を逸らされても、俺がサーブを打つ瞬間だけは俺を見てくれるだろう。


 ボールを高く放るために右手を前に出すと、こちらを睨みつけるように見つめる莉愛の姿が見える。


 くくくッ……いいね~。


 その強気な瞳。


 俄然やる気が出る。


 いくぞ、狼栄……大崎大地。


 勝負だ!


 *


 ジャンプサーブの体勢に入った豪が、手にしていたボールを天井に向かって高く上げた。大きく上がったボールがまるでスローモーションのようにゆっくりと落ちてくる。それを豪が追うように飛びつき、全身を使ってサーブを打ち込んできた。大きな体躯を活かした豪快なサーブは、驚異と言うより凶器。豪の「バシンッ」と手のひらに当たるインパクト音と共に飛んでくるボール。


 お願い上げて!


 莉愛は手を組み祈るようにボールを見つめた。


 ボールの落ちる場所と軌道を読み熊川が動く。


 そしてそれは熊川の元に……。


 「ズバンッ」


 肌に当たったとは思えない音と共にボールが上がった。


「上げたぞ!」


 熊川の声が聞こえてくる。その声に頷いて赤尾が応え、トスを上げる。それに合わせたのは尾形だ。


 この試合が終われば、赤尾さん、大地さん、熊川さんは三年で卒業だ。次にこのチームを引っ張って行くのは俺なんだ。俺は大地さんの後を継がなければならない。あの大きな背中に追いつかなければならないんだ。そのためにもここで決めたい。大地さんの……狼栄の次のスパーエースの名に恥じぬように。


 尾形はグッと力を入れスパイクの体勢に入る。


 それを見ていた莉愛がハッとしながら尾形を凝視する。


 いけない。


 力みすぎ、それにタイミングが……。


 尾形の手から離れたボールは鳳凰のブロックに阻まれ、ネット前に落ちてくる。


 

 ドクンッ。


 ドクンッ。


 心臓の音がうるさい。


 回りの音が聞こえない。


 ダメ!


 落ちる……。


 そう思った時、それを驚異の反射神経で熊川が拾い上げた。


「おおーー!」


「すげーー!」


 観客席から驚嘆の声が漏れ聞こえてくるが、まだ試合は終わっていない。熊川の上げたボールは赤尾の手の中へとすっぽりと収まり、大地へと渡る。


 大地お願い決めて!


 大地がスパイクの体勢に入るとそれに合わせて、鳳凰の選手がブロックのため飛び上がる。


 あっ……。


 ボールはまたも鳳凰のブロックに阻まれ、ネット際に落ちていく。


 今度こそダメか……。


 こんな時は何故だろう。


 本当にスローモーションのようにボールがゆっくりと落ちていくのが見える。皆の焦る顔がはっきりと見えたその瞬間、またも熊川が床を滑るようにしてボールに飛びついて上に上げた。そして時間が元に戻ったように動き出す。


 ボールは赤尾からもう一度大地へ。


 お願い。


 今度こそ決めて!


 大地がスパイクの体勢に入る。


 すると鳳凰のミドルブロッカー達は、もう一度大地にボールが渡ると読んでいたのだろう。大地のスパイクを打つタイミングに合わせてジャンプした。また大地のスパイクがブロックに阻まれる。そう誰もが思ったが、ミドルブロッカー達の手にボールは触れること無く床に着地してしまう。


 ボールはまだ体育館の空間に浮かんでいるというのに……。


 そしてそこに浮かんでいるのはボールだけでは無かった。大地もまたボールに合わせるように浮かんでいた。それは莉愛が得意とする、滞空時間を活かしたスパイクだった。



「ズドンッ」




「…………」





 東京体育館に一瞬の静寂が訪れる。



 そして……。



「ピピーー!!試合終了。勝者狼栄大学高等学校!」



 勝った……。



「「「「「「シャーー!!」」」」」」



 みんなが叫ぶ声が聞こえてきたが、その様子を莉愛はボーッと眺めていた。ずっと緊張状態でいたせいだろうか、脳が上手く機能してくれない。大地達からフと視線を逸らすと、鳳凰のコートでは悔しそうに涙を流す選手達が崩れる様に膝を付いていた。自分も悔しいだろうに涙を耐え、目元を赤くしながら選手達の肩を叩く豪の姿が……。


 勝者と敗者がネットを挟んではっきりと隔たる。


 そして狼栄コートではボールを拾い続けた熊川と、最後の得点を決めた大地の元に選手達が集まる。青春の1ページを象ったようなその光景は、そこだけが時間が止まってしまったように見える。そんな皆の姿を莉愛は目を細めて眺めていた。


 そんな莉愛の元に、汗だくの大地がやって来た。頬から顎へと流れる汗がキラキラと輝いている。それを無造作に拭った大地が両手を伸ばしてきた。


「莉愛おいで!!」


 自分の名を呼ばれても莉愛は動けずにいた。いまだに脳が上手く機能してくれない。どうしたら良いのか分からない。そんな莉愛の背中を金井コーチがそっと押した。


「行ってきなさい」


 足が一歩出たことで莉愛の脳が動き出し、時間も動き出す。莉愛は一歩一歩踏みしめるるように歩き、手を広げて待つ大地に飛びついた。そんな莉愛を受け止めた大地が莉愛を包み込む様に抱きしめた。


「莉愛、勝ったぞ」


「うん。大地……約束守ってくれてありがとう」


「ああ……莉愛、お前が守れて良かった」


 そう言った大地の方へと顔を上げると、そこには零れるような笑みを浮かべた大地がいた。


 そんな笑顔反則だ。


 心臓が痛いほど締め付けられるのを感じながら莉愛は、大地の背中に回していた腕に力を入れた。それに気づいた大地が莉愛が抱き上げると、狼栄のみんなの前に立った。


「女王を守りに抜いたぞーー!!俺達の勝利だ!!」



 *


 実況席では河野が興奮と感動で涙を流していた。


「決まったーーーー!!大崎のスパイクが綺麗に決まりました。狼栄優勝!ファイナルセット、長い戦いを制し勝利を手にしたのは狼栄大学高等学校ーー!見事に女王を守り抜きました。素晴らしい試合でした。春高の決勝戦にふさわしい最高の試合を見せてくれた両校の選手達に拍手を送りましょう」


 河野は涙を流したまま実況を続け、最後に翔と共に立ち上がり、両校の選手達に拍手を送った。そして観客席にいた人々も立ち上がり、拍手を送ったのだった。















































































 






























  













































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