第58話


 そんな東京体育館のどよめきに、狼栄の選手達は気づかない。今は目の前にいる絶対的な存在に、全ての意識を持っていかれていたからだ。そんな莉愛を前に、狼栄の選手達も大地同様、自然と膝を付き頭を垂れていた。それを見た莉愛が、着ていたジャージをもう一度マントのように肩に掛け、妖艶に笑うと組んでいた右手を前に出した。


「さあ、行きなさい。最後の戦いに!そして私に勝利を捧げなさい!」


 疲れ果て、負けを覚悟していた狼栄のみんなの顔に生気が戻り、今コートに立つ皆は負けることなんて考えていない。


 勝利!


 その言葉だけを胸にそこに立っていた。


 大丈夫。


 勝負はここからだ。


 点を取られなければいい。


 14-12勝利まであと三点。


 鳳凰の野田がサーブのため高くボールを上げた。体が強ばっているのか、動きの硬い野田から放たれたボールは体育館の床に沈んだ。



 が……。



「ピッ」


 審判のホイッスル音。


「アウト」


 野田から放たれたホールはエンドラインを超えアウトとなった。


 野田は顔を蒼白にし、カタカタと体を震わせながら項垂れた。野田は鳳凰学園で唯一、一年でレギュラーを勝ち取った選手だと聞いている。初の春高の舞台でこの緊迫感だ。いつものプレイが出来なくなるのもうなずける。小刻みに震える体がここからでも確認できる。


 かわいそうにと思うが、今は……今だけは野田に感謝してしまう。


 そんな野田の肩を豪が、バシバシと叩いた。


「良くやったな。この緊張感の中、よく全力で打った。逆に腐抜けたサーブ打ち込んだら殴ってやろうかと思っていたぞ」


 そう言って豪がニッと笑うと、野田は目に溜めていた涙を手の甲でゴシゴシと拭き取った。


「竹田さん……」


「大丈夫だ。あと一点だ」


「うっす!」


 14-13。


 

 * 


 狼栄の安齋が床にボールを突いた。安齋は莉愛からサーブの強化を指示されていた。元々背が高く手足の長い俺はミドルブロッカーとしてブロックの強化に勤しんでいたのだが、ある日サーブ練習をする俺に姫川さんは言った。サーブの強化をするようにと……。そう言うのならと俺はフロータサーブの強化を初めてのだが、姫川さんの指示は違った。サーブはフローターサーブよりジャンプフローターサーブの方が良いと提案されたのだ。何でも手足が長くバネがしっかりしているから威力が出せると。その成果をこの土壇場で発揮できたら……。


 いや……発揮したい。


 安齋はボールをクルリと手の中で回転させ、瞼を閉じ深く深呼吸してから、ゆっくりと瞼を開いた。キーンと耳の奥が嫌な音を立てた後、辺りが静まり返る。ザワザワと雑音が響いていているが、集中している安齋の耳には何も聞こえていない。


 スッとボールを高く上げた俺は、ボールを視線で追いながら両膝に力を入れ床を強く蹴り上げジャンプした。ゆっくりと落ちてきたボールに手のひらが触れる。ボールが手に当たったインパクトの瞬間確信する。


 いける。


 安齋の手を離れたボールは鳳凰コートへ。上手く体重の乗った重たいサーブを鳳凰の八屋がレシーブで上げた。が、しかし八屋の口から「チッ」と舌打ちが漏れる。ボールは上がったが上には上がらず後方のエンドラインを超えていく飛んでいく。それを鳳凰にの野田と遠野が追いかける。遠野に目に自分より早くボールに飛びつく野田の姿が映る。


 野田頼む。


 ボールに飛びついた野田の手首にボールが触れる。


「あがれえぇぇぇぇーーーー!!」


 ボールが大きな放物線を描き、狼栄のコートに戻ってくる。


 チャンスボール。


 鳳凰の野田はエンドラインの向こうでうつ伏せになり、野田と一緒にボールを追いかけていた遠野もエンドラインの外側、コートにいるのは四人。


 赤尾が選んだ攻撃は速攻!


 赤尾は通常よりも低い位置にボールを上げる。それに飛びついたのは狼栄の絶対的スーパーエース大地だった。大地はいつもよりも短めの助走でボールに手を伸ばす。



「ズバンッ」



 中継の河野が興奮し、立ち上がると椅子が音を立てて倒れた。


「14-14ーー!!同点に並んだあぁぁぁーーーー!!素晴らしい。春高最後の試合にふさわしい激闘。息をするのも忘れてしまうほどの緊張と緊迫感の中、熾烈で激烈……恐ろしいほどの熱戦。この試合に立ち会えたことを河野は嬉しく思います。さあ、残るはあと1点、どちらが取るのか!そして勝利を手にするのは鳳凰学園か、それとも狼栄大学高等学校なのか!」


 

 あと1点……いける。



 そう思い、顔を上げた莉愛の目に飛び込んできたのは、ボールを床に突き集中している豪の姿。


 そうだった。


 ここでローテーションしたボールは竹田豪の元に。


 狼栄の選手達から息を呑む音が聞こえてくる様だった。嫌な空気になりかけたその時、熊川が楽しそうに笑った。


「あはは。絶対に上げてやるからさ。後は頼むよ」


 その頼もしい声に、皆の肩から力が抜ける。


「そうだ。熊川が上げてくれる。大丈夫だ」


 赤尾が嬉しそうに笑う。


 大地がそれを見て、皆に向かって声を上げた。


「そうだな。熊川が上げてくれる。残るは後1点!絶対取って女王を守り抜くぞ!」


「「「おおーー!!」」」





























































































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