第57話
次は大地のサーブから始まる。否応なしに大地に期待が集まる。本来この状況下で皆に期待を寄せられれば、人間誰でも緊張で震え上がってしまう所だろう。しかし大地の顔には、そんな様子は一切無い。浅く呼吸を繰り返し、スーッと長く細く息を吐き出す。それから楽しそうに口角を上げ、瞳を輝かせる大地。その瞳は獣の様に鋭くも見えるが、少年の様にキラキラとした光を秘めていて、そんな大地の瞳から目が離せなくなる。
大地……楽しそうだ。
そんな緊迫した空気の中、大地の端正な顔から一筋の汗が滴り落ちる。それを大地が拭う仕草を見せた。それを見ていた人々から「ほうっ」と溜め息が漏れる。時々伏せられる瞳、上気した肌、浅く呼吸を繰り返す姿。それがやけに色っぽくて、女性だけで無く、男性からもゴクリッと唾を飲み込む音が聞こえてくる。
そんな大地を莉愛も見つめ、高鳴る心臓を押さえた。こんな所で大地の色香にあてられてどうする。しっかりしろと、頭を左右に振る。
何を考えているの、試合に集中しなくては。
莉愛は大地の放つ一球に思いを込める。
この人ならやってくれると信じて……。
そして……。
「ズドンッ」
大地のジャンプサーブが決まる。
13-12。
大地が拳を天井に向け突き上げると、体育館に歓声が広がる。
「おおおぉぉぉーー!!さすが狼栄の大崎。かっけーー!」
上げていた拳を大地が莉愛に向けると、莉愛がそれに答えるように笑顔で右手を前に出した。
「キャーー!莉愛様ーー!」
それを見ていた河野が中継を始める。
「大崎は竹田とは違う魅力のある選手ですね。ここぞと言うときには必ず決めてくる。さあ、13-12ここからどうなって行くのか……」
まだまだここからだよ。
大地……。
大地がエンドラインの数メートル後ろから構え、ボールを天井に向かって放るのと同時に踏み出した。グッと床を蹴り全身のバネを使うと強烈なサーブが繰り出される。
お願い……もう一点。
大地のジャンプサーブが大きな音を立てて床に沈むと思っていたがボールは、肌に当たるバチンッという音と共に上に上がっていた。
呆気に取られる狼栄の皆の動きが一瞬だけ遅れた。それを鳳凰の高田は見逃さなかった。Aクイックの早い攻撃でボールが叩き付けられた。
14-12。
そんな……。
あと一点取られれば鳳凰学園の勝ち。後が無くなった狼栄。
金井コーチが最後のタイムアウトを取った。
先ほどまで良い感じに狼栄に流れが来ていたというのに、一気に追い込まれてしまった。顔を歪める莉愛に、金井コーチが声を掛けてきた。
「姫川さん申し訳ないのだが、ここで皆に強い言葉をお願い出来ないだろうか?本来なら私の役目なのだが、姫川さんにお願いしたい」
「でも……私で良いのですか?」
「ああ、姫川さんに丸投げしてと思われるだろうが、今はきみの強い言葉があいつらの力になるはずだ」
私がみんなに力を……。
「分かりました。みんなに力を!」
ベンチに戻ってきた皆の顔を見た莉愛は顔をしかめた。良い感じにゲームを進めらていたと思っていたところ、一気に不利な状況に至り、集中が途切れてしまったといった感じだろうか?
ふーっと莉愛は肺に溜まっていたものを吐き出し瞳を閉じると、すぐに新鮮な酸素を肺いっぱいに取り込み、閉じていた瞳を開けた。
「みんなどうしたの?もう負けたって顔をしているわね。まだ試合終了のホイッスルは鳴っていないわよ。ここからだって逆転できる。後は相手に得点されずに、たったの三点取れば言い。出来るでしょう?」
たったの三点……。
どよぉーーん。と、どよんでいた空気が、一気にキョトンとしたよく分からない空気へと変わる。
「ぷっ莉愛嬢たったの三点てっ……」
赤尾がたまらず吹き出した。
その三点取ることが大変だというのに、余裕だろと言うように言葉を発する莉愛。そんな莉愛の発言に、皆の気が抜けていく。
「そうだな……たったの三点だ」
「そうだよ。逆転できる」
大地と熊川も逆点できると声に出した。
それを見て莉愛は大きく頷いた。そして大地の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「大地……竹田との約束を覚えているわよね。私は竹田の元に行く気は無い。あなたが守ってくれると信じているから」
それを聞いた大地が莉愛の瞳を真っ直ぐに、見つめ返してきた。
「ああ、分かっている」
そう言った大地からこちらを射貫くような熱い視線を向けられ、視線を逸らしそうになるが、莉愛はそれを必死に堪えた。そして大地を奮い立たせる言葉をこれでもかと、浴びせるように投げかける。
「それならここで誓いなさい。私を竹田に奪わせる事は許さない。私を最後まで守り抜きなさい。あなたなら出来るでしょう」
莉愛の言葉に大地の全身がゾワリと震える。大地は自然と莉愛の前に跪き、頭を垂れていた。そして、そっと頭を上げ視線の先にある莉愛の手をとった。大地は流れるように莉愛の手を優しく掴むと、その指先にキスを落としてきた。大地は莉愛の指先に唇を落としたまま、上目遣いで莉愛と視線を合わせてくる。強く熱い視線を向けられ、莉愛はたじろぎそうになるのをもう一度耐える。
指先から大地の唇が離れると、莉愛の手を軽く掴んだままの状態で大地がもう一度頭を垂れた。
「女王の仰せの通りに」
それを見ていた観客席から悲鳴のような声が広がっていく。
「キャーー!何ナニなに今の!!」
「何これ現実?格好いい!」
「やばい!女王と騎士じゃん」
「やーん。最高過ぎる!眼福ーー!!」
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