第56話


 狼栄から鳳凰へサーブ権が移る。


 セッターの高田から、強いジャンプサーブが飛んでくる。豪のような驚異的なサーブではないが、強豪校にふさわしい強いボールが狼栄のコート目掛けて飛んでくる。


 お願い上げて!


 熊川が軽くスレップを踏みレシーブする、それを赤尾へ繋げ、そこから大地へ……と、見せかけて尾形へ。大地のスパイクには劣るが、強く正確なスパイクが鳳凰コート目掛けて落ちていく。


 いっけーー!!


 狼栄を応援する皆が、ボールに祈りを込める。


 しかし、それを「よっと」と言うかけ声と共に島野が器用にレシーブで上げる。それを高田が嬉しそうに口角を上げ、トスで上げてきた。


 来る!


 豪の強いスパイクに警戒し、皆が緊張の糸を張り詰め、一歩半後ろに下がった。その時、スパイクを打ってきたのは野田だった。豪の強く豪快で伸びるスパイクとは違い、弱いスパイクが目の前に落ちてくる。豪のスパイクを警戒するあまり、後ろへと下がっていた事があだとなった。


「バシンッ」


 そんな……。


 やっと逆転したというのに、すぐに同点となってしまう。


 *


 11-11。


 次は狼栄の安齋からのサーブなのだが、顔を蒼白にしながら安齋がボールを床に突いた。現在安齋の頭の中は、このサーブを失敗したらどうしようかと、そんな事ばかりが巡っていた。ボールを床に突いた指先が冷たく感覚が無い。こんな状態でサーブを打ったら……。失敗するイメージしか湧いてこない。


 どうする……。


 心臓の音がやばい。


 なんだこれ……。


 安齋が震える手でボールを見つめたとき「ナイスサー」熊川の声が響いた。顔を上げると熊川がニッと笑い親指を立てている。それに合わせるように皆の声が次々に聞こえてきた。皆が安齋に向かって親指を立てたり、胸を叩いたり、右手の拳を突き出したりと合図をくれた。


 皆がついている。


 そうだ……俺は一人で戦っているわけじゃない。


 先ほどまで感覚が無く、冷たくなっていた指先に血が通っていくのがわかった。


 大丈夫だ。


 今ならやれる。


 安齋はボールをもう一度床に突き、ボールを持つ手に力を入れ鳳凰に向かってサーブを打ち込んだ。


「「「ナイスサー」」」


 みんなの声が聞こえてきて、無事にボールが相手コートに入ったのが分かったが、ここで気を抜いている場合では無い。ボールはまだ体育館の広い空間を彷徨っているのだから。


 鳳凰のコートで選手の手から選手の手へと大きく跳ね上がるボールを見つめ、安齋は自分の定位置でレシーブの構えでボールを待つ。先ほどは竹田豪のスパイクが来ると思い込み、後ろの下がったが今度はどうすれば良い?


 竹田が来るのか、それとも違う奴が打ってくるのか……。


 ボールに集中し姿勢を低くする。


 竹田が床を蹴り高くジャンプしたのが見えた。竹田が来るのか?そう思い視線をさまよわせれば端で動く人物に安齋は反応した。竹田はおとりで、スパイクを打ってきたのは野田だった。


 同じ手が通じると思うな。


 安齋は走り出し床を滑るようにして右手を出しギリギリでボールを上に上げた。そのままボールは赤尾の元へ。


 赤尾から上がるそのボールは一体誰にパスされるのか……。


 観客達が固唾を呑む。


 赤尾から上げられたそのボールに飛びついたのは、今し方ボールを上げ床で転がっていると思っていた安齋だった。すぐに立ち上がった安齋がジャンプし、ボールに食らいつく。


「いっけーー!!」


 ドンッという音と共にボールが鳳凰コートに沈むが、それは惜しくもラインの外だった。鳳凰から安堵の溜め息が漏れ、安齋の口からは歯ぎしりが聞こえてきそうなほど奥歯を噛みしめていた。


 *


 中継の河野が大きな声を張り上げ、ハンカチで額を拭く。


「12-11ーー!狼栄の安齋素晴らしい活躍を見せましたが、ボールは無情にもラインの外に落ちたーー!いやー、惜しかった。あと少しずれていれば得点出来ていたのにと思ってしまいますね」


「そうですね。しかし安齋とても良い動きと判断力、素晴らしかったです」


 狼栄の皆が安齋の回りに集まり肩や背中、頭をポンと叩いていく。


「安齋ドンマイ」


「安齋ナイスファイト」


 皆がフルセットを戦い、体力は限界に来ているというのに、良い笑顔で笑っている。12-11とリードされているというのに、いける気がする。


 流れはこっちに来ている。


 そう思った。


 そう思ったのに……。



「ドゴンッ……!」



 豪のスパイク音と共に、雄叫びのような声が体育館に響き渡る。


「うォォォおっしゃ!!」


 ここで13-11と点差が開いた。


 豪が勝ち誇ったように、莉愛に向かって右手を突き出してきた。莉愛はそんな豪から視線を逸らし無視をする。


 素っ気ない莉愛の様子に、豪はクククッと喉を鳴らしていた。

















 
















































































































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