第55話
中継の河野にもどる。
「どうやら鳳凰はこのスピードのある展開のまま進めていきたい様子ですね。一方、狼栄はゆっくり試合を進めて行きたいといった様子でしたね。姫川さん?」
「そうですね。勢いで行きたい鳳凰と、ゆっくり進めたい狼栄。これは、試合の流れを掴んだチームに分配が上がりそうですね」
「なるほど。これからどんな試合が繰り広げられるのか、最終セットが始まります。第五セットは15点先取した方の勝ち、デュースはありません。春高の頂点に立つのは鳳凰学園か、それとも狼栄大学高等学校なのか。どちらが先に15点先取するのでしょうか?!」
実況席で河野が興奮した様子で声を荒げていた。
審判のホイッスルで第五セットが始まった。
鳳凰の八屋がサーブを打つ。八屋のサーブはフローターサーブだ。フローターサーブは無回転のため急激に変化する。そんなフローターサーブの軌道を読み、大澤がトサカのような髪を乱しながら体勢を低くし、手首近くにボールをなんとか当てるが、思っていたより早く手前で下に落ちてきたボールに体勢は崩れボールは右後方に飛んでいく。それでも諦めずに右後方に飛んでいくボールを尾形が追いかける。
落としてたまるか。
「あっがれーーーーっ!!」
尾形が叫びながらボールに飛びつく。
とどいた!
そのボールにタイミングを上手く合わせた安齋がスパイクを打つ。
上手い!
ホッと莉愛は息を吐き出すも、すぐさま鳳凰の豪からスパイクが飛んでくる。
ダメ!
ここは死ぬ気で上げて!
莉愛が願うもボールは無情にも床に沈んだ。
そこからまた、早い展開で点の入れ合いが始まってしまう。
お願いだから焦らないで……これでは第三、第四セットの二の舞だ。
そう思いつつも、この早い展開を止める術もなく、試合は進んでいき気づけば10-9となっていた。交互に点を取る今の現状では鳳凰に追いつけず、このまま負けてしまう。
その時、金井コーチからタイムアウトの指示が出た。金井コーチの口から長い溜め息が漏れる。
「はぁーー。お前ら……あれだけ言っただろう。焦るなと、ボールをよく見ろ。いつものお前達の良さが何も出ていないぞ。このまま負けるつもりか?分かったら焦るな。いいな」
「「「うっす!!」」」
金井コーチの話が終わると、皆の視線がこちらに向けられた。莉愛は大きく息を吐き出すと一歩前に出た。
「皆さん覚えていますか?犬崎高等学校と戦った時の事を……思い出して下さい。犬崎は粘って粘って粘り抜いた。そして皆をあそこまで追い詰めた。追いかけられるのは怖いんですよ。追いかけて、追い詰められる苦しさを鳳凰に味合わせて下さい。無様な試合は許さない。死ぬ気でボールを上げなさい。出来るでしょう」
莉愛の言葉に皆の気持ちが一丸となる。
「「「うっす!!」」」
タイムアウト終了間際、中継の河野がこれからの展開を思案し声を上げる。
「さあ、ここからどう試合がどう動くのか。このままの早い展開で鳳凰が勝利を手にし、二連覇を達成するのか?10-9鳳凰学園、野田のサーブから始まります」
野田が冷静に周りを見て深呼吸すると、狼栄コートに向かってサーブを打ち込んできた。それを綺麗に安齋が上げ、赤尾の元に……そして大地へ。「ドンッ」という大きな音を立ててボールが転がる。
10-10ここからだ。
今度は赤尾が床にボールを突くと、スッと酸素を肺に運んだ。そして一瞬目を瞑った赤尾が目を開き、それと同時にボールを高く上げ、鳳凰のコートに向かってジャンプサーブを打ち込む。サービスエースとはいかなかったが、赤尾の強いサーブに鳳凰の体勢が崩れた。しかし鳳凰のキャプテンの高田が口角を上げ、すんなりと上に上げる。
上手い。
あの体勢からあんな風に上げられるなんて……普通なら何とか上げて、こちらのチャンスボールになる所なのに。
それを見た豪が嬉しそうに高くジャンプし、スパイクを叩く。この二人、性格的には合わなそうなのに、強い絆で結ばれている。楽しそうに豪快にスパイクを打つ豪を、高田が満足そうに見つめていた。
そんな二人をベンチから見ながら莉愛は両手を握り絞めた。何度この試合中この行動を取ったことだろう。握り絞めた手のひらが痛い。
豪が放つスパイクが飛んでくる。
お願い誰か、このボールを上げて!
ボールがまた床に叩き付けられる……そう思ったその時、ボールに反応し前に出たのはリベロの熊川だ。熊川は豪の強烈なスパイクを上に上げたが、強いスパイクの衝撃から後ろにごろんと転げた。しかしボールは綺麗に上がり赤尾の元に「シャー!」と熊川の声が響く。それを聞きながら赤尾が口角を上げフェイント。豪のスパイクを止められたことに唖然としていた鳳凰は赤尾のフェイントに対し動くことが出来なかった。
「ピッ」
ホイッスルと共に狼栄に得点が入る。
中継の河野が興奮して立ち上がた。
「10-11狼栄ひっくり返したーー!!狼栄の熊川、竹田のスパイクを見事に上げました。そして赤尾のフェイント、素晴らしい頭脳プレイ。いやぁー、すごかったですね。姫川さん」
「はい。竹田のスパイクを上げた熊川もすごかったですが、あれをフェイントで返した赤尾もすごかった。普通にトスで大崎に上げていたら取られていたかもしれませんね」
10-11で狼栄が逆転して、莉愛はホッと安堵から息を吐き出した。
この流れのまま一気に行きたい。そう思ったが、ここで鳳凰がタイムを取った。向こうもこの空気を断ち切りたいのだろう。狼栄的にはこのままゲームを進めて行きたかったが仕方が無い。
ベンチに戻ってきた皆は息を切らし、何度も汗を拭っていた。
「よく一点返した。熊川、赤尾良くやった。それでいい。先ほどの一本を忘れるな」
「「「うっす!!」」」
荒い息を整える溜め、ベンチに座る選手達が顔を伏せている。
体力の限界が近い。
頑張れみんな。
「ほら、上を向きなさい。あれだけ努力をしてきたのよ。結果が出ないわけが無い。一歩でいい踏み込んで、ボールを上に上げなさい。私達の手で勝利をつかみに行くよ。勝利は目の前、さあ行きなさい。我が手に勝利を!」
「「「仰せの通りに!」」」
そんな莉愛と選手達の様子を見ていた金井コーチが口角を上げた。
「行ってこい!」
「「「うっす!!」」」
狼栄の皆が気合いを入れ直すかのように声を張り上げた。
莉愛は皆を見守りながら思う。私はここから応援し、見守ることしか出来ない。それをこんな時、歯がゆいと思ってしまう。それなら選手として立てば良いと言う人もいるだろう。しかし、今更女子チームに入り選手としてコートに立ちたいとは思わない。私はここで……この場所で、このベンチの前で皆を見守りたい。
大地達の背中を見つめ莉愛は願う。
最後まで諦めずに戦い抜いて、頑張れみんな。
勝利まであと4点……。
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