第50話


 山梨鳳凰学園の竹田豪は準決勝直前、隣のコートで繰り広げられている光景に、目を見開き驚愕していた。豪の視線の先では、狼栄の選手達を跪かせ妖艶に笑う女が立っていた。


 あいつは……莉愛とか言ったか?


 アップの時のスパイクも凄まじかったな。男顔負けのスパイク……。隣のコートのベンチで微笑むあの女は狼栄のジャージを着ている。


 どういうことだ?


 狼栄は男子校のはずだ。


 マンガみたいに女が男と偽って男子校に潜り込んでいる?そんな事が実際に起こりえるのか?


 意味が分からない。


 大崎大地はあいつが女だと気づいている様子だった。


 豪は隣のコートで妖艶に微笑む莉愛の顔をもう一度見つめた。


 クククッ……いいじゃん。


 豪は目を細め口角を上げると、楽しそうに笑った。




 鳳凰学園は準決勝に勝利し、決勝進出が決まった。隣のコートでは王蘭と狼栄の試合が終わりを迎えようとしていた。明日の決勝どちらと戦うことになるのか……コートから出ようとしたその時、観客席から歓声が上がった。審判の声に聞き耳を立てる。


「第三セット18-25勝者狼栄大学高等学校」


 どうやら狼栄が勝ったようだ。


 次は決勝戦、そこで勝った方が全国一位……春高の頂点に立てる。


 くくくッ、あいつらとまたやれるのか。去年狼栄とは準決勝で当たって、うちが春高の頂点に立った。あいつらはベスト4。今年もうちが勝って、二年連続で全国の頂点に立って見せる。


 明日の戦いに思いを馳せ、体育館の廊下を歩く。すると瞳をギラギラとさせた豪の回りを歩いていた人々が、豪から放たれる威圧に怯え、潮が引く様に避けて端による。それを面白く思わない豪が不機嫌さを露わに知れば、怯えた人々が視線を逸らす。


 ふんっ、どいつもこいつも……いつもこうだ。


 見た目で判断しやがって。


 そう言えばあいつ……莉愛は違った。


 そんな事を思いながらホテルへと帰り、頭を冷やしてから外に出た。何も考えずに東京の人通りの多い道を歩いていると、あいつ……莉愛と出会ったホテルの前まで来ていた。莉愛の顔が脳裏に浮かぶ。会えるわけがないと思っていても期待してしまう。


 そんな偶然あるわけ無いか……。


 豪が頭をガシガシと掻いていると、後ろから声を掛けられた。


「あれ?あなたは鳳凰の竹田豪?」


 振り返ると首を傾げるあいつ……莉愛が立っていた。


 嬉しくて顔が緩むみそうになるのを我慢するため、表情筋に力を入れる。


「よう。元気だったか?明日は決勝だな?」


「そうですね……」


 俺を警戒しているのか一歩ずつ後ろに下がっていく目の前の莉愛を、俺も一歩ずつ前に出て距離を詰める。そのまま追い詰め続けるとちょうど歩道の木が邪魔をして、それ以上後ろに下がれなくなった莉愛が、焦ったような顔をしながらも真っ直ぐにこちらに視線を向けてきた。


 俺を真っ直ぐに見つめてくる黒い瞳。


 強い意思を持った瞳に吸い込まれそうだ。


 丸くて大きな黒い瞳に俺が映っている。


 こいつは俺から視線を逸らさないんだな。


「おまえ……女なのにどうして狼栄にいる?あいつらは知っているのか?」


「しっ……知っていますよ。春高運営側にも説明して特別にベンチに入っています」


「なんだ。そうだったのか、残念」


「残念って?」


「あいつらが知らないなら、お前を脅して俺のモノにしようと思ったのに」


「……っ……なっ……」


 驚き固まる莉愛の顎を、右手で軽く上げた俺は、目の前で驚き見開く瞳を覗き込んだ。


「お前……莉愛とか言ったか?俺のモノになれ」


「えっ……何を言ってるんですか?」


「俺はあんたが気に入ったんだよ」


 俺がそう言うと莉愛が恐怖からか、不安からか、恥ずかしさからなのか、それともその全てのせいか、瞳を潤ませ震えだした。


 くっ……可愛いな。


 こんなに顔を赤くさせて、瞳も潤ませて……。


「あんたこんなに赤くなって震えて……マジで可愛い」

 

 こんな顔をされたらたまらない。


 柔らかそうな唇が震えている。


 その唇に触れたらどんな味がするのだろう。


 そっと莉愛の唇に重ねようと近づけたその時、俺の腕の中にいた莉愛が消えた。そして聞こえてくる低い声。


「竹田豪、勝手に俺のモノに手を出すな」


 莉愛を守るように抱きしめる、大崎大地が立っていた。


 俺のモノ?


 そうかこの女は、こいつのモノだったか。


 それでも……。


 今までこんなに女に興味を持ったことはない。


 欲しい。


 俺のモノにしたい。


「へぇ~。なんだ。大崎の女だったのか。いいねぇ~。もっと欲しくなった」


 くくくッと俺が笑うと、大崎が睨みつけてきた。


「もっと欲しくなったって?ふざけるな、莉愛は誰にも渡さない」


「へ~。いつもすました顔してるくせに、大崎もそんな風に感情を露わにするんだな。あっ……良いこと思いついた。明日の決勝で勝ったら、あんたを俺のモノにする」


「お前、何勝手なこと言ってるんだ」


「良いだろう?奪われたくなければ、勝てば良い。じゃあな」


 俺は唖然とする二人を残し背を向けると、右手を軽く振った。



 くくくッ……面白くなってきた。












































 

























































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