第45話
次の日、空は犬崎高等学校の正門の前で莉愛を待っていた。
「おい、あれって群馬女子国際高校の制服だよな?
「うわー、可愛いな」
肩に掛かる黒い髪をふわふわに巻いた空が、大きな瞳でキョロキョロと周りを見渡すととても目立つ。
沢山の人達の視線……居心地が悪い。
早く莉愛さん出てこないかな。
随分前からここで待っているが、莉愛が出てくる様子が無く、空は大きく溜め息を付いた。
はぁーー。
もしかして行き違いになっちゃったのかな?
俯きながら帰ろうとしたところで、声を掛けられた。
「空ちゃん?」
「あっ……莉愛さん」
「こんな所でどうしたの?」
「あっ……その……ごめんなさい!」
私は勢いよく頭を下げた。
「えっ……空ちゃんどうしたの?」
「私、失礼なことを沢山言ってしまって、昨日はそのまま帰ってしまったし……本当にごめんなさい」
そんな私達のやり取りを見ていた生徒達が何事かと集まり出す。すると深々と頭を下げていた私の手を取った莉愛さんが、足早に歩き出した。
「どりあえず、ここでは目立つから向こうに行こうか?」
「はい」
学校から少し離れた所までやって来ると、莉愛さんが私に合わせた歩調で歩き出した。
「それにしても、空ちゃんと大地は兄妹だね。まさか同じ事をするとは思わなかったよ」
「同じ事?」
「あれ?聞いてない?大地も私を男と勘違いした後、謝りに来たんだよ」
お兄ちゃんも同じ事を……。
私の隣でクスクスと莉愛さんが笑う。その顔は優しい女性の表情で、どうして男だと思ってしまったのかと恥ずかしくなる。
「莉愛さん本当にごめんなさい」
「もう良いよ。こんな見た目なのがいけないんだし、それよりこれから仲良くしてくれると嬉しいな」
「はい。もちろんです。よろしくお願いします」
二人仲良く歩きながら話していると、狼栄に到着するのが遅くなったしまった。ゆっくり歩いてきたせいで、辺りはもう暗くなり月が輝き始めていた。冬の空を見上げて莉愛さんが心配そうに眉を寄せている。
「冬は暗くなるのが早いね。空ちゃん一人で帰れる?もう暗いから心配なんだけど……」
「大丈夫です。一人で帰れますよ」
「んー……そうだ。ちょっと一緒に来てくれる?」
???
「はい……」
莉愛さんと一緒に狼栄大学高等学校の体育館までやって来てしまった。困惑しながらも体育館の前で待つように言われ、数分後……お兄ちゃんと一緒に莉愛さんが戻ってきた。
「空、話は聞いた。コーチには許可を取ったから、中に入ってこい」
「いいの?」
「莉愛がコーチに話をしてくれたからな。感謝しろよ」
「莉愛さんありがとうございます」
頭を下げる私の頭を莉愛さんが笑いながら優しく撫でてくれた。
「さあ行こうか、速いボールが飛んできて危ないから、気をつけて見学してね」
「はい。分かりました」
空は莉愛に言われた通り、体育館の隅で見学させてもらう事にした。実は空も中学までお兄ちゃんと同じバレーボールチームでバレーをやっていた。いつも一番近くでお兄ちゃんのプレイを見てきたのは空だった。高校に入ってからお兄ちゃんは部活に専念すると言ってチームを抜け、一緒にバレーをすることは無くなった。お兄ちゃんがチームを抜けた頃は寂しいと思った事もあったが、高校に入り自分もチームを抜けると、寂しさを特に感じることも無くなっていた。
それにしてもお兄ちゃんのバレーボールをする姿を、こんなに近くで見るのは久しぶりだな。
ボーッとボールが行ったり来たりするのを眺めていたその時、目の前にボールが飛んできた。
顔面に直撃する。
そう思っても体は強ばり、よけることが出来ない。空は強く目を瞑った。
「バシンッ」
肌に当たるボールの音はするが、痛みは全くなかった。それどころか誰かに守られるように抱きしめられていた。
「ふぅーー。危なかった」
そう言ったのは莉愛さんで右手でボールを受け止め、左腕で私を包むように抱きしめてくれていた。
「空ちゃん大丈夫?一人でいるとやっぱり危ないから一緒においで」
「でも、邪魔になっちゃうんじゃ……」
「大丈夫。一緒にいる方が守ってあげられるから」
フッと笑いながら、莉愛さんが私の手を取った。
うっわーー!
かっこいい!!
「空ちゃんバレーボール経験者だったよね。ボール出し手伝ってもらえるかな?みんなにトスを上げたいから私にトスくれる?」
「分かりました」
私がトスでボールを上げると、それを更に莉愛さんがトスで上げていく。
莉愛さんトス上手いな。
そう思いながら莉愛さんにボールを上げていくと、それを狼栄の部員達がスパイクで決めていく。
莉愛さんもすごいけど、やっぱり狼栄のみんなもすごい。他校とは格が違うと思う。特にお兄ちゃんのスパイクは威力が違う。「ズドンッ」とボールが床に叩き付けられるたびに、体に衝撃波の様な圧力が走る。我が兄の格好良さに、溜め息が漏れる。
「次はレシーブ練習です」
莉愛さんの指示で、皆がレシーブの姿勢を取る。空はボールの入ったカゴからボールを取りだし莉愛さんに渡す。するとそのボールを何度か床に突いた莉愛さんが、ボールを高く上げジャンプサーブを繰り出した。
「ズドンッ」
大きな音を立てて転がるボールに空は唖然とする。
何……今何が起こったの?
唖然とする私に、莉愛さんが声を掛けてきた。
「空ちゃん大丈夫?ボールもらえる?」
我に返った空は、慌てて莉愛にボールを渡した。するとまた莉愛さんがボールを数回床に突き、高くボールを上げるとジャンプサーブを打ち込む。
「ズドンッ」
大きな音を立てて、またボールが転がっていった。
すごい……。
さっきのはまぐれじゃないんだ。狼栄の部員でも上げられないなんて……。
これが女の人のサーブなの?
信じられない気持ちで、それを眺めながら莉愛のすごさを、その体と肌で感じた空だった。
*
その日の帰り道、莉愛と大地と空の三人がいつもの道を並んで歩いていた。桃ノ木川沿いのサイクリングロードは三人並んで歩いても余裕のある道だ。そんな車の進入することの無い道を、空は興奮気味に歩いていた。
「莉愛さんて、すごいですね」
「あはは……。男みたいで怖かったでしょう」
「いえ、そんな事無いです。めちゃくちゃ格好良かったです。お兄ちゃんの彼女が莉愛さんで良かったって思いました」
そう言うと、莉愛さんとお兄ちゃんが嬉しそうに笑ってくれたので、私も一緒になって笑った。
*
次の日、学校の行き席に着くと、いつもの様に友達がやって来た。
「空、おはよう。ご機嫌だけど、どうしたの?」
「それがね、昨日お兄ちゃんの彼女に会ったんだ」
「えっ!女王に会ったの?!」
女王?
「大地さんの彼女って、女王でしょ?あっ……空は留学してたもんね。春高予選大会見てないから知らないのか。ほらこれ見いて、すっごく格好いいの!」
興奮気味の友達からスマホの動画を見るように促される。そしてそこに映っていた光景に驚愕する。
『跪きなさい。そして私に勝利を捧げなさい』
美少女がスタメンメンバーを跪かせ、妖艶に笑っていた。
何これ……めちゃくちゃ格好いい!!
頬を染めスマホを凝視する空に友達が笑った。
「あはは、ねっ。すごい美人で格好いいよね。いいなー。私も女王に会いたかった」
そんな友達の言葉を聞き流しながら、空はスマホの動画を見続けるのだった。
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