第37話


「「「ありがとうございました」」」


 練習が終わり、最後の挨拶が体育館にこだました。そして莉愛は金井コーチの元まで急いだ。


「金井コーチ、今日までありがとうございました」


 頭を下げる莉愛に、金井コーチが首を傾げる。


「今日まで?」


「はい。大地の調子も良くなりましたし、私の役目も終わったかと……」


 莉愛と金井コーチの話を聞いていた狼栄のみんなが、声を揃えて叫んだ。


「「「ダメです!」」」


 えっ?


「あの……でも、私の役目は……」


「姫ちゃんにはもっと、手伝ってもらいたいことがあるんだよ」


 そう言ったのはリベロの熊川だ。


「そうだ。姫川さんには聞きたいことがまだある」


「俺はまだアドバイスもらってないぞ……です」


 大澤と安齋も焦ったように声にする。


 みんなの言葉に困惑しながら莉愛が金井コーチに視線を向けると、金井コーチがニコニコしながら話し出した。


「姫川さん皆もこう言っているし、もう少し手伝ってもらえると、私も嬉しいのだが」


「でも、良いんですか?」


「みんな姫川さんに期待しているんだ。よろしく頼むよ」


 金井コーチにここまで言われて、断る理由も無い。


「分かりました。引き続きよろしくお願いします」


 *


 そして本格的に練習が始まった。


「ピッ」


 莉愛の吹くホイッスルに合わせダッシュする狼栄の部員達。


「頑張って下さい。あと一本やったら10分休憩です」


 ダッシュが終わり、汗だくの部員達が体育館の床に倒れ込む。話す事もままならない様子の皆は、肺に酸素を取り込もうと必死に呼吸を繰り返していた。


「10分経ちました。ダッシュを開始します」


 淡々とメニューをこなしていく莉愛に、やっと呼吸の整った赤尾が床に寝転がったまま止めに入る。


「莉愛嬢待って、もう少し休ませて」


 周りを見ると立っているのは大地だけで、他のみんなは床に寝そべったまま、動けずにいた。


「俺もう無理……」


「起き上がる気力無い」


 安齋と熊川が弱音を吐く。


「犬崎でもこんな練習をしているのか?」


 大地が顎まで落ちてきた汗を拭いながら莉愛に聞いてきた。


「ん?うちは赤城の大鳥居に向かって駆け上がるダッシュだから、もっと辛いはずだよ」



「「「…………」」」



 ここで何故か皆が沈黙した。


 ……どうしたんだろう?


 狼栄の部員達の顔が見る見るうちに、蒼白していく。


「マジかよ……」


「それで、あのねばり」


「決勝戦のねばり、すごかったもんね」


 まだ立ち上がろうとしない部員達に、莉愛が低い声を出した。


「皆さん、あの日の約束を覚えていますか?さっさと起きて下さい。ダッシュ始めますよ」


「「「……うっす!」」」


 *


 あの日の約束……それは、莉愛がマネージャー続行を決めた次の日に交わした約束。


「それでは皆さんの目標を聞かせて下さい」


 莉愛が部員達の問いかけた。


 すると……。


「それはやっぱり春高優勝かな……?」


「そうだな、春高……優勝だよね?」


 なぜ最後が?疑問形で終わるのか。


 こんなやり取りが確か犬崎でもあった。本気で優勝を狙っているのか?というような反応に莉愛はイラッとする。


「私は中途半端な気持ちでここに立ちたくは無いんです。皆さんの本気を見せて下さい。皆さんの目標は春高優勝で良いですね?」


「ああ、俺達の目標は春高優勝だ」


 大地が強い視線を向けてきた。


 莉愛の背中に、強いオーラが立ち上る。


「分かりました。金井コーチ指導の元、私の指導にもついて来られますか?私に全てを捧げられますか?」


 莉愛の威圧に似たオーラに、皆の喉がゴクリと鳴り固まる中、大地が一歩前に出た。


「莉愛に……女王に全てを捧げる」


 そう言って大地が誓いを立てる様に跪き、胸に手を当てた。それを見た部員達も同じように跪き胸に手を当てた。


 それは忠誠を誓う騎士のように。


 皆が跪く中莉愛はジャージをマントの様に肩に掛け、顎をクイッと上げると妖艶に笑った。


「負けることは許さない。私に全てを捧げ、勝利を優勝を捧げなさい」


 初めて莉愛の妖艶な微笑みを間近で見た、皆の背がゾクリと震えた。試合でも無いのにコートの上に立っているかのような高揚感。体が疼いて仕方が無くなるような強い衝動。


 それは勝利に向けての武者震い。


 大地と赤尾が頷き合い、声を重ねた。


「「女王に勝利を捧げるぞ!」」


 二人のかけ声に、皆が吠えた。


「「「「「おおーー!!」」」


 *


 あの日から続く鬼のような莉愛の特訓。誰かが弱音を吐こうが、血反吐が出るほど酷使される筋肉。


 頑張れ、春高本戦まで時間が無い。


 出来ることは全てやりたい。


 皆の潜在能力を更に引き上げるため、莉愛はデータをノートに書き込んでいく。一人一人の能力を見極め、個別の練習も取り入れた。そうしているうちに、莉愛は選手では無いが狼栄のバレー部にとって、なくてはならない存在となっていた。
























































































































































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