第34話


 放課後狼栄大学高等学校にやって来た莉愛は、動画と大地を見比べていた。


 うーん。


 それにしても何が以前とは違うのかな?


 その時「ダンッ」と床を蹴る大地の姿を見ていた莉愛は、ハッとしてから今の大地と動画の中の大地を交互に見た。


 もしかして……。


 その時、理花と美奈の言葉が頭の中に響いた。


『スランプから抜け出すきっかけなんて、案外簡単な事かもしれないよ』


『朝の牛乳を飲み忘れてるとかさ』


 ホントにそうかもしれない。


 スランプの原因わかったかも!



「大地こっちに来てくれる?」


「……ん?何?」


 大地が目の前に来るのを待ってから、莉愛は大地の胸の中に飛び込んだ。まさか莉愛が抱きついてくるとは思ってもいなかった大地がだじろいでいると、莉愛が背中に手を回し優しく撫でてきた。


「大地、力を抜いて大丈夫だよ。以前のイメージを大切にして」


 莉愛はそう言って大地からそっと離れると、今度は右手で大地の目を手で覆った。


「大地、私を信じて目を閉じて、ゆっくり深呼吸……以前の自分をイメージしてみて。ジャンプしてスパイク打って着地して、どんな感じだった?スパイク打ってボールが大地の手から離れるとき、どんな感じだったか思い出せる?ボールが手に当たった時の感触はどうだった?大地の力がボールに伝わった時どんな音がした?」


 莉愛がそう聞くと、深呼吸を繰り返していた大地がゆっくりと話し出した。


「ボールに合わせてジャンプして、目の前にボールが来る。手を伸ばすとボールが手に吸い付くたみたいにしっくりくるんだ。叩き付ける瞬間なのに変だよな?それから全ての力がボールに伝わって、床に叩き付けられたとき、すっげー気持ちいい」 


 莉愛は大地が話し終わるのを待ってから、目の上にのせていた手をどけた。大地がゆっくりと瞼を開くのを見て莉愛は微笑んだ。


「そうだね。スパイクが決まると気持ちいいよね。イメージが湧いたら一緒にやってみようか。私がトスを上げるから大地はスパイク打ってみて。心配しなくても大丈夫だよ。私を信じて」


「……わかった」


 莉愛と大地がコートに立つと、赤尾がボール出しを手伝ってくれることとなった。


「大地いくよ!」


 莉愛が赤尾からのボールをトスで上げ、大地がスパイクする。


「バシンッ」


 なんとか手のひらにボールが当たったが、やはりボールに力が伝わっていない様子で、以前の脅威とも言える威力は無い。そんなボールを見つめ大地の顔が悔しそうに歪む。


 そんな大地を見つめながら、莉愛は何度か頷くと口角を上げた。


「大地もう一度いくよ。今度踏み出すときは、私の合図を待ってから踏み出してみて」


 頷く大地にもう一度莉愛がトスを上げる。そしてタイミングを見て大地に合図を送った。


「左!」


 莉愛の合図で踏み込んだ大地が、大きくジャンプすると……。


「ズドンッ」


 体育館に響き渡るボールの音。



「「「おおーー!!」」」



 大地の様子を心配し見守っていた部員達から、驚きの声が上がる。


「今の感覚を忘れないうちに、大地もう一度」


 莉愛がもう一度トスを上げ、タイミングを計って叫んだ。


「左!」


 すると……。


「ズドンッ」


 また、大地の重たいスパイクが決まった。


「おお、大地さん復活!」


「狼栄のスーパーエース」


「久しぶりに見ると、スパイクの威力えげつない」


 みんなが嬉しそうに大地に向かってガッツポーズを見せると、大地もそれに応える。その様子を微笑ましく見つめる莉愛の横に、赤尾が近づいてきた。


「莉愛嬢『左!』って何?大地はどうしてスランプから抜け出せたの?」


「ああ、それがですね。大地の踏み込みが、いつもと逆だったんですよ」


「へ……?それだけ?」


「そう、それだけです」


 赤尾と話しながら苦笑する莉愛。


「スランプから抜け出すきっかけは案外簡単なことかもと、友達に言われたんです。それから動画を見続けて思ったんです。もしかしてって……。後は体の力を抜くための、お呪いをすればバッチリです」


「お呪いって、さっきの抱きつくやつ?」


 そうだった。


 何も考えずに皆の前で、大地に抱きついちゃったんだった。


 今更、真っ赤に顔を染める莉愛を見た赤尾が、面白そうに笑った。



 それから数時間、スランプから抜け出した大地はすごかった。赤尾が上げるトスをスパイクで次々に決めていく。狼栄のスーパーエース大崎大地の復活に皆が笑顔になったのだった。


 





































































































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