第33話
「みんな集まってくれ」
金井コーチからの集合の合図に、狼栄大学高等学校のバレーボール部員達が整列した。
「今日はみんなに紹介したい人がいるんだ。入って来てくれ」
莉愛は金井コーチに紹介され、体育館の中に入った。
「失礼します」
莉愛の姿を確認した部員達がザワついた。
「おい、あれって……」
「犬崎の姫川さんだよな?」
「大地、何か聞いてたか?」
固まっている大地の耳に、部員達の声は届いていない。
「莉愛……どうして?」
困惑する大地と視線が交わるが、すぐに前を向いた莉愛は皆に挨拶をした。
「春高予選ではお世話になりました。この度、金井コーチからマネージャーを頼まれ、こちらでお世話になることになりました。姫川莉愛です。よろしくお願いします」
莉愛が頭を下げると、部員達がガッツポーズをしながら叫んだ。
「マジで!」
「憧れの、女子マネージャー」
「青春、来たー!」
嬉しそうにハシャグ部員達。それというのも、狼栄大学高等学校は男子校、女子が部活に加わるのは異例中の異例である。そんな中、呆気に取られている大地は、食い入るように莉愛を見つめていた。
*
「それではスパイク練習始めて下さい」
莉愛の声で皆がスパイク練習をする中、大地がスパイク練習を
「大地どうしたの?大丈夫?」
「……ああ」
不甲斐ない自分の姿を見せたくは無いのだろう。
分かっている。
でも、今はそんな事を言っていられないと大地も分かっているはず。
大地は意を決して両足に力を入れスパイクを打ち込む。何とか手にボールが触れるも威力の無いスパイクが床を転がって行く。
一体何がいけないのか……。
莉愛は大地の様子を観察しノートにまとめていく。
踏み出しは悪くない。
ジャンプ力もある。
姿勢も悪くない。
悪いところを上げるなら、少し体に力が入りすぎているのと、タイミングだろうか?でも、それだけでここまでスランプにはまってしまうとは思えない。
「10分休憩」
金井コーチから休憩の指示が出た。
大地に視線を向けると、タオルを頭に掛け、体育館の壁にもたれるように座る大地の姿があった。莉愛はスクイズボトルを手に大地に近づくと、それを手渡した。
「大地、水分補給」
「ああ……ありがとう」
スクイズボトルを受け取った大地は、莉愛から目を逸らした。情けない自分の姿を見られていることが、耐えられないと言った様子で顔を伏せている。
何と声を掛けたら良いのか分からない莉愛は、そっと大地から離れると赤尾が近づいてきた。
「莉愛嬢あれでも大地は一週間前より良くなったんだよ。少し前まで素人かって言うようなスパイク打ってて……俺の方がどうしようかと焦ったよ。ほら、これ見て」
そう言って手渡されたのは赤尾のスマホだった。赤尾のスマホを手に再生ボタンを押すと、大地の姿が映し出された。
そしてその動画に映る大地の姿に莉愛は絶句する。赤尾の言うように、素人同然の動きをする大地の姿。スパイクを打つときの姿勢が前のめりになってしまっていて、スパイクを打ち終わると、ネットに引っかかってしまっている。これは素人がよくやってしまうスパイクの打ち方だ。
これは……。
「俺も最初は面白半分で動画を撮ったんだよ。でも、だんだんと笑い事ではすまなくなって……」
確かにそれは笑い事ではない。
「赤尾さん、現状の大地の様子は分かりました。以前の調子が良いときの大地の動画はありますか?」
「ああ、えっと……これとかどうかな?」
もう一度赤尾からスマホを受け取り確認するも、以前と今とでは何がどう違うのかよく分からない。
「赤尾さん、今見せてもらった動画、私のスマホに送って下さい」
「莉愛嬢の頼みなら」
*
次の日の休み時間。
莉愛は昨日、赤尾に動画を送ってもらってから何度もその動画を見続けていた。
うーん?
見る限り、そんなに悪いところがあるようには思えない。失敗しないよう慎重になるあまり、体が強ばっている様には見えるが……。それが原因では無さそうだ。
スランプ……。
後は精神的なことが要因なのだろうか?
特に最近変わったことは無かったと大地は言っていたが、本当のところはどうなのだろうか?狼栄のスーパーエースとしての重圧や期待など、きっと沢山のモノを大地は背負っているはずで……。
それがスランプのきっかけになっていたりするのだろうか?
大地は必死にスランプから抜け出そうと、毎日もがいている様子だった。それが精神的に自分を追い詰めてしまっているのでは無いのだろうか?毎日朝早くから、夜の練習時間のギリギリまで残って練習をしている。それは痛々しいほどの必死さで……。無理な練習量を続けていれば体を壊してしまう。今は、大地のストイックさが裏目に出てしまっている気がした。
「あれー?莉愛何見てるの?」
「随分真剣に動画見ていると思ったら、大地くんの動画?」
悩む莉愛に話しかけてきたのは理花と美奈だった。
「うん。大地の動画なんだけど、大地スランプで……見ているこっちが辛くなる」
沈んだ莉愛の表情に、理花と美奈も眉を寄せた。
「ほら、莉愛がそんな顔をしていたら、大地くんもっとスランプにはまっちゃうよ」
「スランプから抜け出すきっかけなんて、案外簡単なこ事だったりするのかもしれないよ」
「そうそう、朝の牛乳を飲み忘れてるとかさ」
簡単なきっかけか……。
「うん。そうだね」
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