第32話
春高予選が終わり、数日が経ったある日の放課後、犬崎高等学校の校内に放送が響き渡った。
「三年A組姫川莉愛さん、至急職員室まで来て下さい」
ホームルームが終わり帰る準備をしていた莉愛は、自分の名前が呼ばれたことに困惑した。
そんな莉愛に、理花と美奈が声を掛ける。
「莉愛何かやったの?」
「速く職員室に行った方が良いよ」
莉愛は二人に促され、職員室に急いだ。職員室に着くと、莉愛に気づいた担任の山田が片手を上げ莉愛を呼ぶ。
「ああ、姫川こっちだ。狼栄大学高等学校の金井コーチから電話だ」
「えっ……私にですか?」
「とりあえず、話をしてみてくれ」
「はい……」
山田先生から受話器を渡され、それを耳に当てる。
「お待たせしました。姫川です。金井コーチこんにちは」
莉愛が簡単な挨拶を済ませると、電話口から金井コーチの困った様な、すまなそうな声が聞こえてきた。
「ああ……姫川さん、呼び出してすまないね。元気だったかい?」
「あっ……はい。元気ですけど……その……どうかされたんですか?」
「その……それが……」
何か言いにくいことでもあるのか、言い淀む金井コーチが一瞬だけ間を開けると、意を決したように話し出した。
「姫川さん申し訳ないのだが、狼栄の方へ来てくれないだろうか?」
「えっ……どうしてですか?」
「その……大地がまずい状態なんだ」
「大地が?何かあったんですか?怪我とか?」
怪我なら一大事だと焦る莉愛だったが、金井コーチは怪我では無いんだよと苦笑した。
それなら一体どうしたというのだろうか?
莉愛が受話器を持ったまま首を傾げていると、金井コーチが話を続けた。
「春高予選が終わり、春高に向けて練習に気合いを入れていたんだ。そんな時、突然大地が調子を崩したんだ。その……スランプというやつだな。何をやっても上手くいかない状態に、本人も焦っているようで……こんなことは初めてでな。一度休んではどうかと話したんだが、大地は時間が無い、もったいないと毎日練習に出ているんだよ」
大地がスランプ……。
「それで、姫川さんには申し訳ないのだが、狼栄の方に来てもらって、マネージャーをしてもらいたいんだ。犬崎の先生方には話はしてあるから」
うわー。
先生に話は通してあるんだ。
これはもう逃げられないやつ。
まあ、逃げる気も無いけど……。
そう思いながらも、大地のためならと金井コーチに返事をした。
「分かりました。とりあえず、狼栄の方へ行きますね」
「ありがとう。姫川さんすまない」
*
莉愛は急ぎ狼栄大学高等学校へと向かい、体育館前までやって来ると、金井コーチが申し訳なさそうに眉を寄せながら立っていた。
「姫川さん待っていたよ」
「それで大地の様子はどんな感じなんですか?」
「それは見てもらった方が、早いと思うんだ」
莉愛は体育館の扉を少しだけ開け、大地の様子を確認した。
するとそこにはスパイク練習をする大地の姿があったのだが、ボールは手に当たること無く空振りが続く。時々手に当たるのだが、力が全くボールに伝わっていないため威力が無い。
「金井コーチ、大地はいつからあんな感じなんですか?」
「春高予選から帰って来て、数日は特に変わり無かったんだ。しかし、何があったのか急にスランプ状態に入ってしまってな。色々試してはみたんだが、変化は見られ無かった」
「そうですか……スパイクの他はどうなんですか?」
「ああ、レシーブは問題なく上げることは出来るんだが、サーブはダメだな」
スパイクとサーブだけがダメってことね。
きっと何か原因があると思うんだけど……。
「大地自身もこんなことは初めてで、どうしたら良いのかと焦ってばかりで、体を酷使し続けているんだ。このままでは体を壊しかねない。そこで姫川さんに、ストッパーになってもらいたくて来てもらったんだ」
「そうだったんですね。でも……私でお役に立てるか……」
「大地は姫川さんの言うことなら聞くだろうから、無理し過ぎているときは言ってやってほしい。君にしか頼めない。よろしく頼む」
頭を下げようとする金井コーチを止め、莉愛は決意を固めた。
「分かりました。頑張ります」
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