第19話
準決勝、私達はここまで来た。
やれることはやった。
後はみんなを信じるだけ。
そして今、莉愛の前に跪くスタメンメンバー達に妖艶な笑みを浮かべる。
「あと二勝すれば春高よ。みんな分かっているわよね?私に勝利を捧げなさい!」
「「「仰せの通りに」」」
勝利のルーティンとなった、このやり取りにも慣れてきた。
みんな楽しんで。
*
試合開始のホイッスルが鳴った。
伊勢崎中央高等学校、高野の強烈なジャンプサーブが繰り出される。
「ドンッ」
先ほどのアップの時よりも、大きな音を立てて、ボールが後ろへと転がって行った。
サービスエース……。
動くことの出来ない犬崎のメンバー達。
「ナイスサー高野」
「ナイスサー」
伊勢崎中央高等学校の応援団が、喜びの歌を歌い出す。
うわー。
すごいな。
応援歌とかもあるんだ。
チラリと犬崎の応援団の方へと視線を向けると、悔しそうな顔をした理花と美奈の姿があった。これは明日にでも応援歌を作って来そうだなと思いながら、コートに視線を戻す。
高野がもう一度ボールを高く上げ、ジャンプサーブを打ち込んでくる。バレーコートの左奥の隅に食い込むようなサーブが飛んできたが、拓真と場所を入れ替わった瑞樹が軽いステップでボールに対応した。強いサーブの威力を最大限まで弱めたレシーブは、体育館の天井目掛けて上がっていく。それが莉愛の目にはスローモーションの様に見えた。
上がった!
「流星、叩き込め!」
瑞樹の声に反応した流星が、高跳びで培ったバネとジャンプ力を使って、ボールを叩き付けた。それは見事に相手コートのサイドラインギリギリに決まった。瑞樹と流星のツーアタックが始めて決まった瞬間だった。そこからは点差が開かない状態が続いた。犬崎が得点すれば伊勢崎中央が追いつく。
みんな、ここが踏ん張りどころだよ。
ここで24点マッチポイントを取ったのは伊勢崎中央だった。もう一点取られれば、第一セットを取られてしまう。
すかさず莉愛はタイムを取った。
「みんなすごいよ、ベスト4相手に良く食らいついてる。ボールも見えているみたいだね」
みんなが目を輝かせながら、莉愛に視線を向けた。
「そうなんだよ。ボールが見えるんだ」
「見える。怖いぐらい見える」
「スローモーション、とまではいかないけどな」
「何だろうな、この感じ」
「取れる。上げられるって、感じするよな」
「分かる。体も自然に動くよな」
生き生きと話すみんなの顔を見て、莉愛も笑顔になる。
「みんな、まだやれるよね。このセット取るよ」
「「「おおーー!!」」」
ここでまた4番高野のサーブの順番が回ってきた。
大丈夫、取れるよ。
ボールをよく見て、集中だよ。
莉愛は祈るように、みんなを見つめた。
高野のジャンプサーブが高い打点から繰り出される。
強いサーブだ。
お願い、上げて!
「バシンッ」
肌に当たるボール音。
上がった!
拓真が上げたボールを祐樹が速いトスでネット前に上げる。それに合わせて充がスパイクするも、伊勢崎中央のブロックに阻まれボールが落ちていく。
落ちる……。
しかしそれを瑞樹がギリギリの所で上げた。上がったボールはそのまま相手のコートへ落ちていく。すかさず伊勢崎中央からバックアタックが打ち込まれた。体勢の整っていなかった犬崎のコートにボールが沈む。
第一セット取られた……。
汗だくで息を切らした皆が戻ってくる。莉愛は用意していたスクイズボトルを一人一人に手渡していく。それからどんな言葉を掛けようかと考えていると……。
「第一セットを取られたのは仕方が無い。次で挽回だ」
拓真が一セット取られたことは仕方が無いと、すぐに切り替え話し合いを始めていた。
頼もしくなったなー。
始めて出会った頃がウソのようだ。あの頃は負け癖が付いているのか、負けることが当たり前で、勝ちたい気持ちはあるのに負けてばかりいた。心の底で勝てないと思っているから自信も無く、すぐに諦めて……気持ちでも勝てずにいた。そんなみんなが、一セット取られても心折れることも無く前を向いている。
「ドンマイ、ドンマイ俺らやれているよな。あの伊勢崎中央とやり合えてる。次のセットは取り返す」
拓真の強い意思に引かれるように、皆も声を掛け合う。
「うん。まだまだやれるよ。ボールは見えてる」
「だよな。いける、いけるよ」
「絶対次のセット取る」
流星、洋介、充も水分補給をしながら声を掛け合い、莉愛の方を見た。みんなの瞳は何の曇りも無く輝いている。
いける。
まだ一セット取られただけだ。
莉愛はベンチに座るスタメンメンバーの前に立つと、嬉しそうに笑った。
「諦めている人はいる?」
莉愛の問いに全員が首を横に振った。
「良かった。そんな奴がいたら、ビンタしてやろうと思ったけど大丈夫そうね。レシーブの基本をおさらいしましょう。まずは腰を低く、重心は前に、かかとは浮かせる。それから相手のサーブのコースを予測して、そこに入れるかだよ。特訓の成果を私に見せて」
今までの特訓を思い出そうと、みんながブツブツと何かを呟いている。それは地獄の日々を思い出し、脳内が恐怖で支配された結果なのだが、莉愛はそれに気づかない。みんなが集中していると喜ぶ莉愛。
「さあ、みんな次のセット取り返すよ」
莉愛の声に現実に戻された犬崎メンバーが、気を引き締めるため一斉に声を張り上げた。
「「「シャーー!!」」」
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