第15話


 11月15日春高バレー予選当日。莉愛達は予選の行われる総合群馬体育館にやって来た。ここは広大な敷地に本館である体育館の他に、テニスコートや剣道場、弓道に柔道場、アイスアリーナと宿泊棟まである。全国有数規模を誇る施設だ。その中の一つである、一番大きな体育館のエントラスホール前までやって来た莉愛は、大きな溜め息を付いた。


 後ろを振り返ると酷い顔をした部員達が、まるでゾンビのように体を揺らして歩いてくる。


「みんな昨日はちゃんと寝たの?」


「いや、全然……」


「ひつじ、1000まで数えたけど眠れなかった」


 そんな声が次々に聞こえてくる。


 ははは……。


 やっぱり眠れなかったか。


 それもそのはず、1回戦の相手は高崎英明高等学園。莉愛がマネージャーを始めて、最初にボロ負けしたチームだ。


「みんな練習してきたでしょう。大丈夫、今日は勝てるよ」


 みんなを鼓舞するために声を掛けるも、莉愛の言葉はみんなの耳に届かない。なにやらブツブツと弱気なことを言っている。どうしたら良いものかと考えていると、廊下の向こうから高崎英明高等学園のジャージを着た人達がやって来た。


「あれー?犬崎の皆さん、おはようございます。今日もうちが勝っちゃいますけど恨まないで下さいね」


 高崎英明高等学園の選手が挑発的な言葉を投げてくる。すると、英明の他の選手達からクククっと馬鹿にした失笑が聞こえてきた。


「初戦犬崎でラッキー」


「ホント楽勝」



 感じ悪い……感じ悪い、感じ悪い。


 莉愛は一歩前に出ると顔を上げ、高崎英明の選手達と対峙した。


「うちも負けませんよ。甘く見ていると痛い目に遭いますからね」


 莉愛の言葉を負け惜しみだと思っているのだろう高崎英明の選手達が、ケタケタと笑い出した。


「はははっ、犬崎らしい、負け犬の遠吠えだな」


「犬崎だけにー」


「西野その辺で止めておけ、負け癖が移るぞ」


「時東さん、すんません。そっかー、じゃあ俺らはこの辺で失礼するわ」


 こちらを小馬鹿にしたように笑う高崎英明の選手達に、莉愛の血管がブチリと切れる。


「みんな、こんなこと言われて悔しくないの?」


 バッと後ろを振り返ると、真っ青な顔で俯く拓真達の顔がそこにはあった。


「ちょっと、誰か言い返してよ」


「…………」


 えーー!


 完全に呑まれちゃってる。


 そんな犬崎の様子を見ていた高崎英明の選手達は、笑いながらその場を去って行った。


 

 *


 アップのため私達は二面あるコートの一つに入ったが、みんなの顔色は悪く、声も出ていない。軽くアップするため優しくボールを出しても、ほとんどのボールを取り損なっていく。それを見ていた観客席から笑いが漏れた。


「あははっ、あれ大丈夫かよ」


「下手くそだな。あれなら俺でも取れるぜ」


 はぁー。


 外でアップしてきたから、試合前は軽く体を温めるだけにしようと思ったのに。


 全くもう、みんなの目を覚まさせてやる!


 莉愛は立ち尽くしている部員達目掛けて強烈なサーブを打ち込んだ。それは『ズドンッ』と鈍い音を立てて床に沈む。


 みんなに届け……。


 拓真がハッとした後、ボールを視線で追う。


 莉愛はバレーコートのネットの下をくぐり、唖然とボールを見つめる部員達の元までやって来た。そして一つにまとめていた髪をほどき、着ていたジャージを脱ぎ肩に掛け腕を組む。


「やっとボールを見たわね」


「えっと……姫川……?」


 拓真が情けなく眉の寄った顔で莉愛を見た。


 姫川じゃないわよ。


 これでもダメなの?


 怒りで莉愛の背中に、ゆらゆらと黒いオーラが立ち上っていく。


 それでは仕方が無い。


 莉愛は拓真の頭を右手で鷲掴むと、床に向かって振り下ろす。バランスを崩した拓真の膝が折れ、そのまま床に膝を付いた。


「皆、私の前にひざまずきなさい!」


 部員達全員が跪き床を見つめるなか、莉愛はもう一度腕を組み直し、冷たく言葉を言い放つ。


「お前達は試合を始める前から何を諦めているの?バレーボールは、ボールを見て触れなくては成立しないスポーツなのよ。それなのにどうしてボールを見ようとしないの?」


「ボールを見ていない……?」


 拓真がボソリと呟いた。


 あっ……思い出してきたかな?


 大丈夫、思い出せるよ。


 莉愛が確信を持って声を上げる。


「私がお前達になんて言ったか覚えてる?私は勝利を捧げなさいと言ったはず。そしてお前達は勝利を捧げると約束した。その言葉を……誓いをたがえるか!!」


 少しずつ拓真達の顔に生気が満ちたいく。


「俺達は……捧げると……約束した」


 拓真の言葉をきっかけに、部員達全員の脳裏に練習の日々が走馬灯のようによみがえっていく。


 ああ、良かった。


 思い出したみたいね。



 莉愛は顎を上げ、妖艶に微笑んだ。


「思い出した?それなら分かるわね。顔を上げて死ぬ気でボールを追いかけるのよ。そして私に勝利を捧げなさい!」


「「「おおーー!!」」」


 犬崎のみんなの雄叫びが体育館に響き渡った。


 


 




























































































































































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