第13話


 文化祭当日。


「すみません。注文良いですか?」


「はい。ご注文は?」


「あっ……あの……オレンジジュースとケーキのセットで」


 顔を赤くしながら注文を頼む女子生徒に、注文を受けたウエイトレスがニッコリと微笑むと悲鳴が上がった。


「キャーー!格好いい!!」


「あのウエイトレスさん格好良すぎ」


 あのウエイトレスとは莉愛の事なのだが、莉愛は普通の喫茶店のはずの教室で男装していた。


「莉愛のおかげで売り上げ上昇よ」


「さっすが莉愛、イケメンがすぎる」


 現在喫茶店と化した教室にいる客は、女性ばかり。もちろん目当ては莉愛。


「あの、写真撮っても良いですか?」


「えっ……?良いけど……ん?その前に、口にクリームが付いてるよ」


 フッと甘い笑みを浮かべながら、莉愛は女子生徒の口に付いたクリームを親指の腹を使って拭き取る。すると顔を真っ赤に染めた女子生徒が、金魚のように口をパクパクとさせた。それを見ていた回りの女子生徒達から悲鳴が上がる。


「キャーー!私にもして欲しい」


 悲鳴を上げる女子生徒達の反応に、理花と美奈が視線を合わせると、溜め息を付いた。


「美奈、莉愛ってすごいよね。あれ、天然でやってるんだもんね」


「分かる。天然の人たらし。よく今まで地味で目立たずにこれたよね。中学の時とかどうしてたんだろう?」


「それそれ、私気になって調べてみたんだけど、どうやら女子生徒達同士の暗黙のルールが存在するみたいだよ」


「何それ?」


「えっと……。莉愛様に勝手に近づいてはならない。必ず遠くから見守るべし。莉愛様のすることに口を出してはならない。莉愛様を独占してはならない。ルールを守れぬ者は排除すべし。みたいな?これが全部では無いみたいなんだけど」


「怖っわ!何それ、怖すぎなんだけど……見守るだけ?それに……排除?そうなると私達やばくない?」


「そう思ったんだけど、どうやら本来の莉愛を引き出してくれたって、みんな喜んでいるみたいよ」


「そ……それなら良かったけど、恨まれたら怖そうね」


「うん。気をつけよう」


 二人はお互いの両手を握り絞め、同時に頷き合うのだった。



 *


 午後になり全てのケーキは完売し、残るはジュースのみとなった頃、廊下が何やら騒がしくなった。


「ねえ、後ろに並んでいる二人、格好良かったね」


「うん。ここの生徒じゃ無いよね」


 教室に入ってきた女子生徒の話に莉愛は耳を傾けた。


 男の人が並んでいるのかな?ずっと女の子達ばかりだったから、何だか新鮮。と、思っていると、教室に入ってきた男子を見て莉愛の体がピシリと固まった。


「だ……だだだだだだ、大地!」


「……えっと、莉愛?」


 最悪だ……。


 完全に男と化した自分を見られるなんて。


 その場で固まる莉愛だったが、その場にそぐわない呑気な声が聞こえてきた。


「あれ~?莉愛嬢イッケメーン」


 大地しか見えていなかったが、そう言えば教室に入って来たのは男子が二人だった。


「あ……赤尾さん!赤尾さんも一緒に来たんですか?」


「そう。俺が大地を誘ったんだ。大地は莉愛嬢が来るなって言ったから行かないって言ったんだけど、文化祭で浮き足立った男どもに莉愛嬢取られるぞって言ったらついてきた」


 いや、そんな浮き足立っている男なんていないけど……。しかもこんな男の格好をした私に、声を掛けてくる男子なんていない。声を掛けてくるのは女子ばかりだ。


 はははっと心の中で笑っていると、廊下から悲鳴が聞こえてきた。一体何が起こっているんだろうと廊下に視線を向けると、そこに立っていたのは……。


「ヤッホー。莉愛、遊びに来たよ」


「お兄ちゃん!!」


 その莉愛の声に教室がザワめいた。莉愛より少し高い身長に、中性的な顔立ち。まさに莉愛を男にしたらこんな感じだろうと思わせる顔に、女子生徒達の目は釘付けとなった。  


 翔は、大地と赤尾の横を通り過ぎると、莉愛の前まで行き優しく頭を撫でた。


「お兄ちゃん、来るなら来るで教えてよ」


 頬を膨らませる莉愛だったが、嫌がる様子も無く照れたように赤くなっている。翔はそんな莉愛を前に嬉しそうに微笑むと、大地に視線を向けニヤリと笑った。大地は翔の表情にイラッとしつつも、無表情で二人を見つめた。


 そんな謎空間で、機会を狙っていた理花と美奈が声を掛けてきた。


「莉愛、お兄ちゃんと大地さんて?それと赤尾さん?」


「莉愛、お兄ちゃんがいたんだ?」


 まるで猫のように瞳をランランとさせ、ソワソワとしている理花と美奈。この二人絶対面白がっているな。何やら顔がおかしな事になっていますけど?


 そんな私達をよそに、教室にいた女子生徒達が瞳を輝かせながら男子達を見つめ、囁き合っていた。


「ちょっと、何この教室!イケメンだらけなんですけど」


「ホントやばい。眩しい」


「眼福です」


 女子生徒達が囁き合う中、理花と美奈はイベント発生!最高!と、目を輝かせていた。


「それで莉愛、こちらがお兄さんだよね?莉愛と似てる!兄弟そろって美形だね」


「で、こっちのイケメンくんが、前に校門の所にいた人だから大地くんだよね?それと……?」


 理花と美奈が楽しそうにイケメン達の顔を確認していく。


「理花、美奈、紹介するね。今理花が言ったように、こっちが私の兄の翔で、こちらが狼栄のキャプテン赤尾さんと……えっと、その……こちらが私の……かっ、彼氏の大地です」


 ううっ……。


 友達に彼氏紹介するのって恥ずかしい。


 理花と美奈がニヨニヨと笑っている。


「莉愛のお兄さん、こんにちはって……どこかで会ったことあります?」


 理花が首を傾げると、美奈も「そう言えば」と言いながら首を傾げた。そんな二人に翔はふわりと笑う。


「んー?初めましてだと思うけど……こんなに可愛い女の子と出会ってれば、忘れないよ」


「うわー。さすが莉愛のお兄さん。イケメン人たらし発言」


「んー?でも、ホントにどこかで……あー!分かった!駅のポスター!!」


「そっか!駅のポスターの人」


 駅のポスター?


「莉愛は電車通学じゃ無いから知らないよね。私達電車通学だからさ。いつも通る駅の改札の近くに貼ってあるポスターに、莉愛のお兄さんに似ている人が……」


「ああ……それ、この間撮影したやつかも」


「本人なんですか?」


 教室内の騒ぎを聞きつけた他の生徒達も、何事だと集まり出す。


「有名人が来てるらしいよ」


「うそっ、マジで!行ってみよう」


 廊下まで溢れ出した生徒達に、莉愛が焦っていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「莉愛ちゃん遊びに来たよん」


「何これ?何の騒ぎ?」


「キャー!莉愛ちゃん格好いい!」


 この声って……。


「島谷さん!それに高橋さんと由里さんまで」


「やっほー」


 島谷さん、やっほーじゃないよ。


 ややこしくしそうな人が増えてるよ。


「莉愛、その人達は?」


「またイケメン増えた」


 理花と美奈がウズウズした様子で莉愛に尋ねた。


「こちらは群馬国際大学の島谷さん、高橋さん、それからマネージャーの由里さん。この間の合宿でお世話になったの」


 それにしても、この騒ぎをどうにかしないと……。そう思っているのにどんどん変な方向へと話が進んでしまう。そうなった原因は島谷さんで……。


「あれ?お前、狼栄の大崎大地だろ?」


 島谷が大地の前に立ち、値踏みでもするように全身を見た。


「……そうですけど?」


「ふーん。お前がね……」


 値踏みされていることに気づいた大地が、眉間に皺を寄せた。


「お前、莉愛ちゃんの彼氏なんだよな?」


「だったら?」


「俺も莉愛ちゃんのことが好きなんだよね」


「は?何ですか?喧嘩売ってるんですか?」


 大地の顔から表情が消え、島谷を冷たく見据えた。


「喧嘩?んー、そうかもね。そうだ!莉愛ちゃん賭けてバレーで勝負しない?」


「莉愛を賭ける?そんなこと出来るわけ無いだろう」


「なーんだ。案外ダメダメ彼氏なんだね。勝つ自信無いんだ。莉愛ちゃんこんな奴やめて、俺の所に来なよ」


 莉愛に触れようとした島谷の手を、大地は払い飛ばした。


「莉愛は渡さない」


「ふーん。じゃあ、勝負でOK?」


 莉愛を置いてけぼりにして、話がどんどん進んでいく。


 島谷さんも、大地も、私に何も聞かないで一体何を考えているの?勝手に話を進めないでよ。意味が分からない。


 混乱する莉愛の横で、理花と美奈が瞳を輝かせながら仕切りだした。


「莉愛を賭けての勝負ですね」


「了解です」


 理花と美奈が何処からか、赤いメガホンを取り出した。


「二人とも何処からそのメガホン出したの?」


 呆気に取られる莉愛をよそに、理花と美奈は肺いっぱい酸素を取り込むと、大きな声を張り上げた。


「「30分後、莉愛を賭けての勝負を開催したいと思います。気になる方は体育館に集合です。それからこれを聞いた人は、他の人にも宣伝お願いします」」


 楽しそうな理花と美奈の後ろで、大地と島谷がにらみ合い火花を散らしていた。


 *


 30分後、莉愛は理花と美奈に化粧を施され、体育館の舞台袖に隠れていた。


 何この人の多さ……ギャラリーの数がやばいことになっているんですけど。


 体育館をぐるりと埋め尽くすギャラリーに、莉愛は心の中で悲鳴を上げた。


 二階にまで人が……。


 ザワザワと体育館に集まった人々の声が、舞台袖まで聞こえてくる。


「狼栄のエースと群馬国際大学のエースが、三年の女子を賭けて勝負するんだって」


「へー。そんな可愛い子が三年にいたか?」


「んー?どっちかって言うと、男っぽい感じだったと思う」


「そういう人でもモテるんだな。楽しみ」


 ひーっ!


 モテません。


 モテませんよ。


 楽しみにしないで下さい。


 私は男子より女子に告白される方が多いです。


 莉愛の背に嫌な汗が滲んだ。


 顔面蒼白で莉愛が頭を抱え座っていると、理花と美奈が楽しそうにやって来た。


「じゃあ莉愛、手筈通りにお願いね」


「…………」


「莉愛ってば、聞いてる?」


「……私、出ないとダメ?」


「当たり前じゃない。莉愛を賭けての勝負なんだよ。本人が出てこなかったらダメでしょう」


 それは……そうなのかな?


 莉愛はそっと舞台袖からコートに視線を移すと、大地と島谷さんがアップしているのが見えた。


 大地……。


「それにしても、莉愛は何をそんなに心配しているの?」

 

莉愛は少しためらってから理花の質問に答えるため、おずおずと口を開いた。


「えっと……こんなに盛り上がっている所に、男女みたいな私が出て行ったら盛り下がっちゃうよ」


「そんなこと?莉愛は私達のメイクテクやヘアーアレンジの腕を信じてないの?」


「それは……信じてるよ。でも、美人が登場すると思っている人達をガッカリさせちゃうよ」


 理花と美奈が笑いながら顔を見合わせた。


「大丈夫だって、莉愛すっごく可愛く仕上がってるから」


「莉愛、覚悟を決めて。莉愛が出てこなかったら、大地くん不戦敗にするよ」


 ひぃー。


 理花さん鬼なんですけど。


「そうね。莉愛、そうならないようにするには……どうすれば良いか分かるよね?」


 美奈さんまで……鬼!


 二人に肩をつかまれた莉愛は、ゴクリと唾を飲み込むと頷いた。


「今度こそ始めるからね。声を掛けたら出てきてね」


「莉愛、私達を信じて!」


  二人はそう言うと、メガホンを手にしたまま舞台の真ん中に立ち、マイクを握り絞めた。マイクで喋るならメガホンはいらない気がするが、今や二人のトレードマークと化したメガホンを手放す気は無いらしい。


「「皆さん大変長らくお待たせいたしました。莉愛嬢を賭けた男の勝負が始まろうとしています。その前に本日の主役莉愛嬢こと、姫川莉愛の登場です!」」


 双子のように息を合わせた二人の司会進行ぶりに、莉愛は驚きを隠せなかった。


 いつの間に打ち合わせをしたのかしら?息ピッタリすぎでしょう。


 そんな事を思いながら、莉愛はおずおずと舞台袖から顔を出し、ゆっくりと舞台中央までやって来た。すると体育館がシンと静まり返ってしまう。


 ほらー。


 だから言ったのに……みんな引いてるよ。


 そう思ったその時、体育館が揺らぐような歓声が上がった。


「うっわー。美人!」


「あんな綺麗な人が三年にいたんだ?」


「俺も勝負したい」


 そんな声があちらこちらから聞こえてくるが、莉愛は硬直したまま動けずにいた。


 みんなだまされているよ。


 これは理花と美奈のお化粧マジックだから。


 そう思いながらも、莉愛は胸を撫で下ろした。皆の反応を見る限り、一応は女子に見えているようだ。そんなホッと息を漏らす莉愛を、コートから凝視する二人がいた。


「莉愛ちゃん、めっちゃ美人!やっぱり俺の彼女にしたい。絶対にする」


「はっ、莉愛は元々俺の彼女だから」


 一笑した大地が島谷を睨みつける。そんな二人を見ていたギャラリーもヒートアップしていく。


「おーやれやれ」


「どっちも頑張れ」


 ざわめく体育館に再び理花と美奈の声が響き渡る。


「それでは皆様、すぐに勝負と行きたい所なのですが、二人の勝負の前に本日二人のジャッジをしてくれるスペシャルゲストを紹介したいと思います。それはこの人!」


「「バレーボール日本代表の姫川翔さんです」」


 その名前を聞いた人々から「わーっ」と、歓声が上がる。歓声と熱気で体育館が何度か上がった様な気がした。


 お兄ちゃんて、すごい人だったんだな。


 今更ながら、そんな事を思った。


 手を軽く振りながら現れた翔に、女子生徒が黄色い悲鳴を上げた。そんな風に女子から悲鳴が上がっても、翔はなれた様子で手を振り続けている。


「キャーー!翔様ー!」


 しっ……翔様って……。


 自分の兄がそんな風に呼ばれていることに、驚愕する。そう言えば、お兄ちゃんには二つ名があった様な……。


「「せーのっ、スパイク王子!!」


 そう!


 それっ!


 スパイク王子!!


 初めて聞いた時は、ドン引きしたんだよね。


 お兄ちゃんも「何でも王子を付ければ良いってもんじゃない」って苦笑してたっけ……。


 しかし、今ではその二つ名がしっくりくるほど定着している。天才姫川翔、二つ名をスパイク王子。その兄が今マイクを持ち、楽しそうにルール説明を開始した。


「それではルールを説明するね。ルールは簡単。サーブを交互に打って、レシーブ出来なかったら相手に一点。レシーブ出来れば本人に一点。10本やって、得点の多い方が勝ち。二人とも説明は以上、質問はあるかな?」


「「大丈夫です」」


 大地と島谷の声が重なったことで二人が嫌な顔をし、にらみ合った。ヒートアップしていく二人を更に煽るように、理花と美奈が大きな声を張り上げる。


「さあ、いよいよ莉愛嬢を賭けての勝負が始まります。勝って莉愛嬢を手に入れるのはどちらなのか?では大地さん、島谷さん、ジャンケンでどちらが先にサーブするかを決めて下さい」


 先にサーブ権を得たのは島谷だった。


「シャーー」


 サーブ権を得た島谷が声を上げると、大地が冷たく言い放つ。


「大人げない……」


 それを聞いた島谷の米神に、青筋が浮かび上がる。


「くそガキが……」


 島谷は苛立ちを隠す様子も無く、自分の立ち位置へと移動を開始し、二人はコート上で対面した。


「ピッ」


 翔がホイッスルを鳴らすと、島谷がボールを高く上げ、ジャンプサーブを繰り出した。するとボールは鈍い音を立てて床に転がっていった。あまりの威力に、近くで見ていた女子から悲鳴が上がる。


「キャーー!怖い」


「今の何?ボール見えないし、すごい音がしたよ」


 大地は微動だにせず、ボールが床に転がって行くのを目で追った。そんな大地を島谷はどや顔で見やった。


「どうだ、きそガキ」


「ふぅ~ん……」


 大地は転がったボールを手に取り、楽しそうに笑った。


「うわー。島谷さん、大地のスイッチ入れちゃったよ」


 クククっと赤尾が笑った。


「莉愛嬢見てて、ああなった大地は強いよ」


 大地は集中するため瞳を閉じ、ゆっくりと息を細く長く吐き出した。そして翔のホイッスル音に合わせて瞳を上げると、ボールを体育館の天井ギリギリまで上げ、大きくジャンプした。そこから体のバネを使って背中を反らせ、最高打点でジャンプサーブを打ち込んだ。ズドンッという音とともに沈むボールに、体育館が一瞬静寂した。


「すっげー」


「凶器じゃん」


 フッと笑った大地が、莉愛に向かって拳を突き出して来た。莉愛もそれに促されるように右手を大地に向かって突き出した。体育館の舞台に立つ莉愛と大地の距離は少し離れているというのに『莉愛見ていたか?お前は誰にも渡さない』と、大地の思いが流れ込んでくるような気がした。


 大地頑張って。


 無言で見つめ合う二人を見た島谷が、悔しそうに奥歯を噛みしめる。


「くそっ!」


 島谷が悔しそうに声を出しながらボールを拾い、何度かボールを床に突く。夏合宿から精度を上げ続けた渾身のジャンプサーブを大地に向かってお見舞いする。先ほどよりも早く威力のあるサーブが大地の立つコートめがけて飛んできた。しかし大地はそのボールを捕らえ、軽いステップを踏むと、レシーブで受け止めた。高く上がったボールにギャラリーがどおよめく。


「おおー。すげー。上がったよ」


「あんなの上げられるんだな」


 レシーブを上げた大地が嬉しそうに右手を握り絞め、後ろに引いた。


「よしっ!」


 大地の声が体育館にこだますると、歓声が上がった。お祭り騒ぎといった様子の体育館だったが、この後事態が一変する。大地のレシーブでわーっと上がった歓声の後、歓声とは違う大きな怒声が聞こえてきた。


「こらーー!!お前達、この時間の体育館の使用許可を出した覚えは無いぞ!」


 先生の大きな怒鳴り声に、生徒達がやばいと体育館から逃げ出していく。先生はそれを横目に、体育館の中へとズンズンと入ってくる。


「こんな騒ぎを起こしたのは一体誰だ?!」


 先生はグルリと体育館を見ると、舞台の上に立つ私達の所へと目掛けて歩いてきた。


 まずい……。


 怒られる事を覚悟した莉愛だったが、先生が莉愛の所まで来る前に、先生の前に翔が立ちはだかった。


「先生、申し訳ありません。体育館の許可を取らなければいけないとは知らずに、勝手に使用し、騒ぎを起こしてしまい、すみませんでした」


 頭を下げる翔に、先生は腕を組んで対応している。一応話は聞いてくれるようだ。


「それで、君は一体誰なんだね?」


「あっ……俺は姫川翔。バレーボール日本代表をやっていて、後輩達にバレーボールの楽しさを教えようと思っただけなんです。こんな騒ぎになるなんて思っても見なくて、申し訳ありませんでした」


「ああ、姫川翔さんでしたか。これは、これは……ですが、騒ぎも大きくなってしまいましたし、この辺で終わりにして頂いても良いですか?」


「もちろんです。お騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる兄の後ろ姿を見つめ、莉愛は罪悪感に苛まれ、そして頼もしいと感じた。


 お兄ちゃん一人のせいにして、ごめんなさい。


 それから、ありがとう。


 帰ったらきちんとお礼を言わなくてはと思っていると、大地と島谷が舞台の下までやって来た。舞台の上から二人の様子を眺めていると、大地は右手を、島谷は左手を差し伸べてきた。


「莉愛ちゃん行こう」


「莉愛、おいで」


 そんな二人の手を交互に見やってから、莉愛は迷わず大地の手を取った。嬉しそうに莉愛が大地に微笑みながら、ぴょんっと舞台から飛び降りると、そのまま大地の胸の中へ。それを見ていた島谷は、一瞬悲しそうに眉を寄せた。莉愛が舞台から飛び降りる様は美しい映像のようで、ゆっくりと島谷の前を莉愛が通り過ぎていく。島谷は差し伸べていた左手に触れる事の無い手を思い、空中に浮いたままの手をゆっくりと降ろした。そしてまたいつもの調子で大きな声を上げた。


「あーっ、くそっ!やっぱりダメだったか。莉愛ちゃん振り向かせるチャンスだったのに」


それを聞いた大地の体がピクッと動く。


 大地?


「島谷さん、莉愛は渡しませんよ。チャンスなんて一生訪れませんから」


 そっと莉愛が顔を上げると、大地が口角を上げ笑っていた。自信満々のその笑顔は、狼栄のスーパーエース大崎大地ここにありと、知らしめるような王者の風格があった。


 ひゃーー!!


 大地格好いい。


 島谷さんには申し訳ないけど、やっぱり私は大地が好きだ。


 莉愛が大地に見惚れていると、先生の声が体育館に響き渡る。


「残っている者は体育館から出なさい。早くしないと体育館の鍵を閉めるぞ」



















































































































































































 


































































































































































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