第10話
合宿も残り一日となった頃、予想もしていなかった人物が姿を現した。
「おー。みんな、やってるな」
体育館の扉の前に立っている人物に、皆の視線が釘付けとなる。唖然とするみんなの中から飛び出し、その人物に向かって声をかけたのは莉愛だった。
「お兄ちゃん!」
「莉愛ー。元気だったか?」
嬉しそうに手を振る翔に向かって莉愛は掛け出し、その胸に飛び込んだ。先日あんな事を言っていたが、莉愛は兄が大好きだった。何だかんだで練習に付き合うし、兄の注文にも応えてきた。二人は仲の良い兄妹なのだ。
「本物の姫川翔!」
「すっげー。本物」
ザワつく体育館の奥から、群大のコーチがやって来た。
「姫川、久しぶりだな。活躍は聞いているぞ。頑張っているな」
「コーチお久しぶりです。頑張ってはいるんですが、世界は広いっすね。俺なんて、まだまだです」
「今日はどうしたんだ?」
「可愛い妹に会いたくて、休みをもらって来ちゃいました」
そう言って翔は莉愛の頭を優しく撫でた。莉愛も嬉しそうに笑って見せる。
「くーっ。この顔だよ。この顔……可愛すぎるだろう」
翔が莉愛を抱きしめると、莉愛は意味が分からないとばかりに首を傾げた。
お兄ちゃんは何を言っているんだろう。
そこに高橋がやって来て、頭を下げた。
「翔さん、ありがとうございます。もう、あの約束のために来てくれたんですか?」
約束?
「まあ、そんなところ……。そう言えば、まだお礼を言ってなかったな。高橋、莉愛とこいつらの事、本当に助かった。ありがとうな」
「いや、全然。こちらこそ助かります。ありがとうございます」
お礼を言い合う二人を莉愛はジッと見つめた。
約束って何?
「お兄ちゃん、高橋さんと何か約束をしたの?」
「ん?ああ、群大の練習見てやるから、お前達犬崎の練習に付き合ってくれって頼んだんだ」
お兄ちゃん……。
何だか胸の奥が温かくなった。
何だか、感動……。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「おうよ!」
ガッツポーズするお兄ちゃんが頼もしく見えた。
見えたはずだったのに……。
今、莉愛の目の前には、正座をした翔と高橋が両手を合わせ、頭を下げていた。それと言うのも、事の次第は数分前に遡る。
お昼休憩も終わりという頃、高橋さんとお兄ちゃんがコソコソと話をしているのが気になり、そっと後ろから近づいた。そして聞こえてきた内容に莉愛はブち切れる。
「それでどうだった?」
「ああ、分かりましたよ」
「だっ……誰だ」
「狼栄の大崎大地です」
「あいつか!あのやろう、うちの莉愛に手を出しやがって」
ん?
何この会話……。
まさか……。
「おーにーいーちゃーんー?!」
不穏な空気をまとい、声を低くした莉愛が高橋と翔の後ろに仁王立ちすると、二人がビクッと飛び上がった。私の声に顔を蒼白にさせた二人が、ゆっくりと振り返る。
「りっ……莉愛さん?今の話し聞いていました?」
翔がガタガタと震えながら、何故か敬語で尋ねてきた。
「すまん莉愛、お兄ちゃんは莉愛が心配で……直接聞いても話してくれないと思って、高橋に頼んだんだ」
「高橋さんもグルだったんですね。道理で、いろいろ聞いてくると思ったんですよ」
怒りで震える莉愛に、高橋が申し訳なさそうに、頭を下げた。
「姫ちゃんごめんね。こっちも翔さんに練習見てもらえるなんて、そんな機会無いから必死になっちゃって」
高橋さんの言っていることも分からなくも無い。プロの選手に練習を見てもらえるチャンスがあるなら、どんな手を使っても見てもらいたいと思うだろう。私だって犬崎のために、あっちこっちに電話をして練習試合をお願いして、使える物は使うって感じで……でも、そのコマが私って……。
先ほどの兄に対しての感動を返してもらいたい。
腕を組み頬を膨らませ、プイッと視線を逸らした莉愛に翔は焦った。
「本当にごめん莉愛」
現在そんな感じで翔と高橋が、莉愛の前で正座をしている状況となっている。両手を合わせ頭を下げる二人を見つめ、莉愛はため息を付いた。
「お兄ちゃん高橋さん、償いは練習でお願いします。二人の持ち得る全てを犬崎のみんなのために使ってください。良いですね」
「「承知致しました」」
胸に手を当て、二人が嬉しそうに跪いた。
*
「どうした、何をへばっている。死ぬ気で食らいつけ」
翔がスパイクを打ち込み、犬崎の部員達が次々にレシーブで返していく。
「随分触れられるように、なってきたじゃないか」
「「「うっす」」」
「最後に練習試合するぞ。犬崎と群大ごちゃ混ぜでやってみるから」
犬崎高等学校<対>群馬国際大学ではなく、大学生に混ざって試合をやるの?
ノートを取りながら莉愛は顔を上げた。
「じゃあチーム作ってみて」
大学生の方が多いけど、5チームは作れるかな?
「こっち一人足りないんだけど」
高橋が翔に向かって訴えた。
「あー。それなら莉愛そっちに入って」
「えっ、私で良いの?」
「練習試合なんだから良いだろう?」
うそ、嬉しい。
みんなが楽しそうにバレーしている姿を見て、ずっとウズウズしていたんだ。そんな私の気持ち、お兄ちゃんにはバレていかな?チラリとお兄ちゃんの方へと視線を向ける。するとお兄ちゃんがウインクをしてきた。
お兄ちゃんにはバレバレね。
「よろしくお願いします」
莉愛が遠慮がちに挨拶すると、高橋が嬉しそうに手を上げた。
「姫ちゃんとバレーが出来るなんて光栄だよ。よろしくね」
それから三セットマッチの試合が始まった。
「充、どうした。ミドルブロッカーなら手を出せ、手を出さなければブロックは出来ないぞ」
「流星バネ使え、手を伸ばして叩きつけろ」
二面あるコートの外から適切なアドバイスが飛び交う。
向こうは大丈夫そうね。それならと、莉愛は目の前のボールに集中した。
「姫ちゃん、一発目来るよ」
「はい!」
反対のコートから島谷がジャンプサーブをするのが見える。この数日でサーブが一段と上手くなった。それは莉愛への重い愛?のせいであるのだが、それに莉愛はいまいち気づいていない。
わー。綺麗にボールが上がるようになったなー。それに姿勢もすごく良くなったなー。
感心する莉愛の横をボールが通り過ぎ、それをリベロが上げ、高橋がトスで更に上げる。
「姫ちゃん!」
その声に合わせて莉愛がアタックラインの後方から走り出し、バックアタックの姿勢に入る。莉愛の空中姿勢は美しい、まるで静止画のように止まったかのように見える。その美しさに皆が見惚れているうちに、ボールは床に沈む。
「すっげー」
「見たか今の?止まっているように見えたな」
「空中であんな風に姿勢って保てるもんなのか?」
「それに威力もコースもえげつない」
楽しそうにバレーをする莉愛を見た翔が、嬉しそうに笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます