第8話
11月の春高バレー予選大会まで6カ月を切っていた。犬崎のみんなは練習を頑張ってくれている。しかし、経験が足りていなかった。もっと強いチームと練習がしたい。莉愛は焦っていた……。そんなある日、良い知らせが届く。夏休みの一週間、北軽井沢にある体育館で合宿が決まったのだ。しかも一緒に合宿するのは群馬国際大学のバレーボールチーム、絶対に良い経験になる。意気揚々と莉愛は体育館へと向かい、皆に声をかけた。
「みんな聞いて!夏休みの一週間、群馬国際大学の人たちと合宿が決まったよ」
「えっ?マジ?」
最初に驚きの声を上げたのは一年生コンビの一人、洋介だった。
「姫川どうやって連絡とったの?」
拓真も驚きを隠せない様子で、莉愛に詰め寄った。
「えっと、知り合いが群大の学生で、相談したら来いって言ってくれたんだ。相談してラッキーだったよ」
本当にラッキーだった。
私には四歳上の兄がいる。その兄の知り合いが、ちょうど群馬国際大学に通っていて、話を通してくれたのだ。
「みんな群大生に負けてられないよ。あっ、それから夏休み前の期末試験で赤点取った人は、体育館の隅で一週間勉強だからね。大学生もいるからみっちり勉強出来るよ。分かったら赤点を取らないこと、良いわね?」
「げっ……マジかよ」
「やばいよ。俺ダメかも」
一年生コンビが悲痛な叫び声を上げた。
「そう思うなら、今日から頑張りなさい。分からないところは先輩に聞けばいいわ。頑張って」
「「うっす」」
*
八月に入り、少し歩いただけで汗が噴き出るような暑い日が続いていた。しかし、ここは北軽井沢、浅間山麓の一体に位置する場所。群馬県吾妻長野原町の大字である。夏は冷涼でとても快適に過ごせる場所なのだが、私たちは此処に遊びに来たわけでは無い。それでもいつもと違う環境に、浮かれてしまうのは仕方のないこと……特に一年生コンビは、何とか赤点を免れ浮かれていた。
「うっわー。涼しいー!」
「気候が全然違う。サイッコー!」
はしゃぐ一年に、莉愛が引き締めるよう颯爽と歩きながら声をかけた。
「一年生コンビ、浮かれている場合ではないわよ。さあ、みんな楽しいバレーボールの時間だよ」
それから三時間後。
「あれー?高校生のぼくちゃん達は、もう終わりですかー?」
汗だくで床にへばり込む犬崎部員達の姿があった。
「きっつー」
「くっそー。全然ついて行けねー」
弱音を吐く部員達をあざ笑う群大生達。
「まだ基礎練習だけど大丈夫か?」
群大のキャプテン高橋さんが、心配そうに声をかけてきた。
そう、まだ基礎練習の最中なのだが、すでに大学生との実力差が出てしまっていた。やはり大学生と高校生とでは、体力や精神に置いて、こんなにも差が出てしまうものなのか?
「仕方ない。10分休憩」
群大のコーチが休憩を入れてくれた。
「すみません」
莉愛が謝りに行くと、群大のコーチが苦笑しながら右手を上げた。
「いや、いいんだ。たまにはこう言う練習もためになる。それに下に教えるのは大切なんだ。後輩を指導することで分かることもある。昔の自分を思い出したりして、振り返るのも良いことだ」
「そうですか……あっ、それから聞きたいことが沢山あるんですが、後でお話良いですか?」
熱心にノートを取る莉愛の元に、群大のエース島谷冬弥(しまたにとうや)がやって来た。
「あれー?犬崎のイケメンマネージャーさんは熱心だね。部員があれだと大変でしょう?」
「…………」
何だこの失礼な人は?
「あれれ?無視ですかー?酷いなー」
見た目チャラいし、うるさい。
このまま無視を続けようと思っていたが、島谷の最後の言葉に莉愛はブち切れる。
「これ終わったら一緒に女の子ナンパに行かない?」
誰がナンパになんか行くか!!
無視を続けようと思っていた莉愛だったが、思っていたことが口から飛び出してしまう。
「島谷さんジャンプサーブの時、トス上げがブレブレでコントロール悪いですよね?もっと練習した方が良いですよ」
「なっ……たかがマネージャーに言われたくない」
「そうですか……でも、あんなサーブなら俺でも上げられると思いますけど?」
自分の事を俺と言った莉愛は島谷を鼻で笑い、更に挑発した。
「はぁ?お前いい度胸だな。だったらコートに立て、大学生の本気のサーブを受けてみろ」
「良いですけど」
島谷は青筋を立てながらコートに立った。
「くそガキが調子に乗りやがって、俺の本気のジャンプサーブを舐めるなよ」
島谷はブツブツと独り言を言いながら、定位置に着いた。それから天井高くボールを上げると、ジャンプサーブを打ち込んだ。ボールが莉愛の横を轟音と共に通り過ぎていく。
「ドゴンッ」
床に沈んだボールが大きな音を立ててた。
「うわっ。島谷のやつ、高校生……しかもマネージャーに容赦ないな」
「仕方ないだろ、挑発したのはあいつだし」
休憩中の大学生たちが、二人の様子を見つめながら笑っている。莉愛は自分の横を通り過ぎて行ったボールを見つめ、島谷をバカにしたように失笑して見せる。
「やっぱり島谷さんコントロール悪いですね。ボールアウトですよ。本当に群大のエースですか?」
莉愛は島谷に、しれっと言葉でとどめを刺した。すると島谷がワナワナと震えだす。島谷は何も言わずにもう一度ボールを高く上げると、先ほどよりも更に早いサーブを莉愛めがけて打ち込んだ。しかし莉愛はそれをいとも簡単にレシーブし、天井へと向かって打ち上げた。綺麗に上がったボールが落ちてくるのを待ち、莉愛は右手で受け止めた。
「まあまあですね」
「まあまあだと……。お前マネージャーじゃなくて、選手だったのかよ」
「え?違いますよ。マネージャーです」
「ウソつけ。そんなうまい奴がマネージャーなわけ無いだろう」
ああ、うるさいな。
そろそろ10分経つ頃だし、休憩終わるから黙ってくれないかな。
少し考え込んだ莉愛が、一つに纏め縛っていた長い髪をほどき、背中まである髪をなびかせた。
「島谷さんもっと練習頑張った方が良いですよ。女の私でも取れるようなサーブを打っているようじゃ、何処にも通用しませんよ」
莉愛と島谷の様子を見ていた大学生たちが、ポカンと口を開けた状態のまま息を呑んだ。
「おいおい、女の子だったのかよ」
「にしても、あのサーブ簡単に上げるか?」
「すっげー。格好いいじゃん」
パン、パン、パン。
群大のコーチが手を叩いて、全員に声をかけた。
「10分経ったぞ。休憩はお終いだ。次は練習試合をするぞ。負けたチームはペナルティーで走り込みだ」
*
次の日。
「莉愛ちゃん、莉愛ちゃん。一緒に遊ぼうよ」
莉愛の回りをウロチョロと動き回っているのは島谷だった。本日顔を合わせてからずっとこの調子で……。
ウザい。
ウザい。
ウザすぎる。
「島谷さん、そろそろ練習始めたらどうですか?」
朝からこの台詞を何回言っただろうか?
莉愛がため息を付いていると、島谷が楽しそうに笑った。そんな島谷に嫌気がさす。
何が楽しいのよ。
「はぁー。島谷さんは何がしたいんですか?」
「んー?莉愛ちゃんと一緒にいたい」
「…………」
莉愛は島谷を無視して、マネージャーの仕事をこなした。
*
夜となり、莉愛は夜風に当たりに外へと出てきた。涼しい風がお風呂で火照った体を、撫でる様に吹き抜けていく。髪をほどくと背中まであるストレートの黒髪が、サラサラと後ろへと流れていった。
はぁー、疲れた。
何でだろう。
いつもの10倍疲れたような気がするのは、気のせいでは無いと思う。虫の音色に耳を傾け、癒しを求めていると、その音をかき消す様にスマホの着信音がなった。ポケットからスマホを取り出し画面を確認すると、そこには大崎大地の文字が……。
大地からだ。
「もしもし?」
「莉愛?今、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「合宿はどう?大変?」
「んーそうだね。大学生相手だから皆バテバテで、ついて行くのがやっとって感じかな」
「だよなー。大学生と高校生ってあんまり変わらない気がするのに、試合すると大人と子供かってぐらいの差が出るんだよな。経験の差なのかな?でも、良い経験になるはずだから頑張れ」
大地からの応援の言葉に、胸が熱くなった。
「合宿が終わるのは5日後だったよね?」
「うん。そうだよ」
「あと5日頑張れ莉愛」
「うん。頑張る」
電話を切らなければいけない雰囲気だが、スマホの通話終了をタップするのが名残惜しい。
そう思っていると……。
「何だか、スマホを切るのが寂しいな」
「あっ……それ、私も思った」
大地と同じことを考えていたと思うだけで、何でろう……ムズムズする。そして自然に思いが溢れ出た。
「大地、好きだよ」
「……ッ……うわー。すっげー嬉しいんだけど……今すぐ会いたくなる!5日も会えないとか拷問かよ。練習さぼってそっちに行きたい」
電話越しに何かがゴトゴトと鳴っている。
「クスクス……大地ごめん。練習さぼったらダメだよ。でも、帰ったらすぐ会える?」
「速攻で会いに行く」
「うん。待ってる。もう遅いから電話切るね」
「そうだな。また電話する。おやすみ莉愛」
「おやすみなさい大地」
スマホの終了ボタンをタップし夜空を見上げていると、後ろから声をかけられた。
「莉愛ちゃん……」
そこには眉を寄せた島谷が、申し訳なさそうに立っていた。莉愛はどうしたのだろうと、首をかしげながら島谷を見上げた。
「島谷さん?」
「ごめん莉愛ちゃん。莉愛ちゃんの電話立ち聞きしちゃった……。莉愛ちゃん彼氏がいたんだね」
どうせ男女には彼氏なんていないと思っていたのだろう。莉愛はスッと島谷から視線を逸らし、冷たい口調で話し出した。
「そうですけど何ですか?私に彼氏がいたらダメですか?」
「…………」
急に黙り込んだ島谷を不審に思っていると、いきなり島谷が莉愛の手を握りしめてきた。
「莉愛ちゃん俺……生まれ変わるから。頑張るから、明日からの俺を見ていて」
「はぁ?」
島谷はそれだけ言うと、部屋へと帰って行った。
一体何だったのだろう?
島谷の決意の意味を、全く理解できない莉愛であった。
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