第6話


 狼栄での見学&ストレッチ事件の帰り道。現在の時刻は19時を過ぎていて、辺りは真っ暗になっていた。莉愛は桃ノ木川のサイクリングロードを大地と並んで歩いている。昼間のここは小学生の通学路にもなっていて人通りも多いが、夜は所々に街灯があるのみで、人はあまり通らない。


 金井コーチも心配していたし、大地に送ってもらって正解だったかも……。


 隣を歩く大地をチラリと盗み見ると、心臓がドキンッと跳ねた。


 うわー。


 何だろうこの感じ……。


 何故か……胸がザワついて、落ち着かない。


 もう一度莉愛は大地を盗み見るように横目で大地を見た。大地はスラリと背が高く、均一のとれた顔で、時々目が合うとフッと笑う。そんな顔をされれば、莉愛でなくても皆顔を赤くさせるだろう。現に大地が爽やかに笑う顔に、女子は顔を赤く染めるのだと理花と美奈が言っていた。莉愛はそんな男子と肩を並べて歩いていることが不思議だった。


 大地って格好いいよね。


 犬崎に謝りに来てくれた時も、女の子達に囲まれていたし、理花と美奈も格好いいと言っていた。


 「ふぅーっ」とため息を付くと、心配そうに大地が顔を覗き込んできた。


「どうした?疲れたか?」


 大地は優しい。


 こうやってすぐに、こちらを気遣ってくれる。


 毎日のメールも……。


 他の女の子ともメールとか、しているのかな?


 そう思うと、胸の奥がキュッと締め付けられた。俯く莉愛の様子に、大地が眉をひそめた。


「本当に大丈夫か?」


「うん。大丈夫だよ。今日はすっごく良い時間を過ごさせてもらったよ。狼栄のコーチや大地達にもすっごく感謝だよ。凄く良い時間を過ごした分……後悔もした」


「後悔?」


「うん……私、高校入ってからずっとねていたから」


「拗ねてたって?」


 そう、私はずっと拗ねていた。それは駄々っ子の子供の様に。


「どうして自分は男に生まれてこなかったんだろう。男子と一緒にバレーをしたいのに、どうして入れないのかって」


「…………」


「私ね。中学三年の大会で言われちゃったんだ」


「何て?」


「化け物って」


「はぁ?」


 大地がおかしな声を出したので、莉愛は思わず笑ってしまった。


「ふふふっ……酷いよね。でも、それを相手チームに言われただけなら誉め言葉ともとれたんだけど、自分のチームの子達にも言われちゃったんだ」


「……何故そんな事を?」


 絶句する大地に莉愛が、昔を懐かしむ様に話し出した。


「中学三年の最後の試合。決勝で、私は全力で戦ったの。その結果、第一セット25-6、第二セット25-4、第三セット25-10で圧勝しちゃって……同じチームの仲間に『もっとボールに触りたかった。化け物と一緒じゃつまらない』って言われちゃった。……私はあそこで手加減すれば良かったのかな?全力を出したらいけなかったのかな?って、分からなくなっちゃったんだ。私が男ならこんな風に悩むことも無かったのにね」


 昔を思い出し莉愛の瞳が揺れると、その瞳から涙が溢れ出した。その涙が月明かりに照らされ、夜空の星や宝石のように輝く。幻想的に輝きながら落ちる涙を、大地は無言で指の腹を使って拭い取ると、莉愛を優しく抱きしめた。


 大地は莉愛の悲痛な思いに、胸を締め付けられていた。


 全力で戦って嫌味を言われるなんて……それも同じチームの人間に?そんな辛いことがあるのか?大地には想像も出来なかった。俺には狼栄の仲間がいて、あいつらを信頼している。そんなあいつらに裏切られたら……。想像しただけでもゾッとする。バレーボールはチームあっての物なのに、一人きりの寂しさ……。


「莉愛……辛かったな」


 そう言って大地は莉愛を抱きしめていた右手を莉愛の頭に乗せ、優しく撫でた。


 大地が抱きしめてくれる腕が優しくて、頭を撫でる手が温かくて、胸がキュンッとして切なくなった。


「大地ありがとう。でも、そんなことされると、勘違いしちゃうよ」


 莉愛がおどけて言った台詞に、頭を撫でていた大地の手が、ピタリと止まった。


「いいよ」


「えっ……」


「勘違いしていいよ」


 大地の言葉に莉愛の心臓がドキドキと高鳴っていく。


 勘違いしていいの?


 すると大地の顔が近づき、唇が重なる数センチ前で止まる。


「よけないとこのままキスするけど良い?」


 よける気配の無い莉愛を前に、フッと大地が笑った。


「チュッ」


 二人の唇が一瞬だけ触れ合った。


 うわ~。


 何だろう。


 男の人の唇ってもっと硬いのかなって思ってたけど、以外にも柔らかい。


 そんな事を思っていると、大地の輪郭がぼやけるほどの近距離で 、甘く囁くような声が聞こえてきた。


「もう一回いい?」


 ぴぇー。


 目元を赤く染めた大地にそんな風に言われて、断れる女子がいるだろうか?莉愛は高鳴る胸を押さえ、顔を真っ赤にしながら無言で頷いた。可愛らしく頷く莉愛を見つめながら、大地が嬉しそうに笑った。


「莉愛……好きだよ」


 大地が私を好き?


 もう一度唇が重なると、甘い痺れが体を襲ってくる。思わず大地に縋るように抱き着くと、大地が嬉しそうに抱きしめ返してくれた。


 凄く、凄く、幸せな気持ちになって、昔の嫌な記憶も何処かへ行ってしまうほど、幸せな気持ちで上書きされた。


「莉愛は俺の彼女って事で良いんだよね?」


 大地の言葉に莉愛はコクリと頷いた。

 































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