第2話
*
練習試合当日。
莉愛は相手チームの学校である高崎英名(たかさきえいめい)高等学園へとやって来た。そして莉愛は愕然とする。
なんなのこれは……。
ボロ負けもいいところ。
本日行われている練習試合は3セットマッチで、先に2セット先取したチームの勝ちとなる。バレーボールの大きな大会では5セットマッチでの試合が行われ、その時は3セット先取したチームの勝ちとなる。
バレーボールはネットを挟んで、6人ずつの選手がボールを打ち合う競技。1セット25点で行われ、24対24でポイントが並んだ場合はデュースとなり、その後2点差がつくまで試合が続行される。
そして現在、莉愛の学校である群馬県立犬崎(いぬさき)高等学校は高崎英明高等学園に第1セット25-6、第2セット25ー11でボロ負けした。練習試合のため次はメンバーを変えて試合が開始されたが、犬崎は高崎英明に歯が立たなかった。あまりにも点差が開いてしまうため高崎英明はスタメンメンバーではない二年生だけのチーム編制となったが、第1セット25-8第2セット25-10で負けてしまった。
莉愛は茫然と目の前で行われる試合を眺めていた。
それにしても酷すぎる。何点か点を取ってはいるが、ほとんどが相手のミスによるもので、こちらから入れた得点はほとんど無い。
あまりにも弱すぎる。
相手チームから失笑の声が聞こえてきた。
「弱っわっ。練習相手にもならない」
「それにしても、弱すぎっしょ。全員一年なんじゃね?」
「こいつら何しに来たの?」
「恥さらしに来たんじゃね?」
「こんなんで、何で試合しようと思ったんだろう?」
高崎英明からの心無い言葉に、莉愛は両手を強く握りしめた。
確かに……練習試合と言えども、よくこれで試合をしようと思ったものだと莉愛も思うが、相手チームのバカの仕方に怒りを覚える。
こいつら……。
言いたい放題、言ってくれちゃって。
怒りで震えながらも莉愛はマネージャーノートに、本日の試合内容を書き込んでいた。するとノートを取りながら、何か違和感を覚える。
あれ……?
おかしい……。
何かが変だ。
違和感を覚えつつも、何がどう変で、なぜ違和感を覚えるのか分からないうちに試合は終わり、我が校へと帰って来ていた。
「あー!ボロ負けだったー」
そう言ったのは、一年生の滝林洋介だ。洋介は一年生の割に骨格がしっかりしていて、基礎体力がありそうな体格をしている。短い髪は色素が薄いのか、やや茶色がかった色をしていて、日本人離れした顔立ちをしている。口では悔しがってはいるが、負けたことを余り気にした様子もなく、コートにゴロンと横になった。そんな洋介の隣から、気弱そうな声が聞こえてくる。
「全然歯が立たなかったな……」
そう言って悲し気に気弱そうな声を出したのは、同じく一年生の小池流星だった。男子にしては少し長めの髪を後ろでハーフアップにしていて、ひょろりと背が高く手足が長い。一年生二人は負けたことをあまり気にしていない様子だったが、二年生と三年生は違うようだ。誰も何も話そうとしない。そのため、一年生コンビの会話が無くなると、体育館がシンと静まり返る。
そんな中、莉愛は自分の中に生まれた、違和感の糸口を探っていた。
何だろう、この感じ……。
ノートを見ながら、莉愛は疑問に思ったことを聞くため、口を開いた。
「あの……ちょっと良いですか?」
莉愛が話しかけてくるとは思わなかった拓真は、一瞬呆気にとられた様子だったが、すぐに返事を返した。
「どうしたの?姫川さん」
「その……皆さんのポジションの事なんですが、今のポジションは誰が決めたんですか?」
「えっ……?いや、別に誰が決めたと言うわけでもなく、自分でやりたいポジションをやっているんだけど……」
「なるほど」
莉愛は拓真の言葉に納得した。
「ポジションが合っていない人がいるようなので、変えても良いですか?」
「えっ……。いや、その……とりあえず話を聞かせてくれないかな?」
莉愛は頷くと、先ほどのマネージャーノートをみんなに見せた。
「これは本日の試合内容です。これを見ていくと……近藤さんアウトサイドヒッターですよね?それなのにボールを上げていることが多いですよね?」
冷たくクールな見た目の近藤祐樹は、眼鏡をクイッと上げながら、ぶっきらぼうに答えた。
「ああ、そうかもな」
「近藤さん、セッターやって下さい」
「は?何でセッターなんだ?あんな地味なポジション興味ない」
「地味……ですか?ですが、近藤さんはセッターに必要な能力がありますよ。常に回りを気にしているし、相手選手の動き……見えていますよね?セッターはコート上での司令塔です。味方のレシーブした動きに対応し、状況を的確に判断し、適切な選手に的確なトスを上げる。確かにセッターはあまり目立つことはしませんが、ゲームメイクをするのはセッターですよ。近藤さん見ていてください。皆さんボールを上げるので、スパイクを打ってみて下さい」
莉愛はそう言うと、部員達を一列に並ばせ、順にトスを上げていった。すると、次々にスパイクを決めていく。一年生コンビは興奮気味に、コート上を走り回った。
「やっべー。俺ら、今日の練習試合で上手くなったんじゃね?」
「マジか……。俺、すごくねぇ?」
単純な一年生コンビの反応に、莉愛は口角を上げた。
「分かりましたか?仲間にスパイクを打ってもらうために上げるんじゃない。打たせるためにトスを上げるんです。適切なトスを上げれば、見方さえも錯覚する。自分が強くなったと……。そんなトスを上げてみたくないですか?ゲームを支配したいとは思いませんか?近藤さんはゲームの流れや、回りの状況、味方のメンタルなどが見えていますよね?あなたにはセッターが向いています」
「スパイクを打たせる……ゲームを支配する……」
「そうです。味方さえも自分が上手くなったと錯覚するトス。コート上の支配者で、司令塔です。試合の流れはセッターが握っている。近藤さん、あなたが試合を動かすんです。最高じゃないですか?」
「わかった」
莉愛の提案に祐樹は反抗する様子もなく頷いた。
そんな莉愛と祐樹の会話を聞いていた拓真は唖然としていた。気難しい祐樹が莉愛の話を聞き、ポジション替えをいとも簡単に了承したからだ。ただ茫然と立ち尽くす拓真の様子に気づくこと無く、莉愛は話を進めていく。
「それから一年生コンビは一体何なの?意味が分からないわ。バレーボールの経験は?」
「俺たちはバレーボールの経験は無いよ。高校でバレーボールデビュー。イッエ~イ」
そう言ってハイタッチをする一年生コンビを見つめ、莉愛は小さく息を吐いた。
高校デビューってことは、今までバレーをやったことが無いって事なのね。道理でバレーの基礎がなっていないと思った。
「中学では何か部活に入っていた?」
「あっ、俺はサッカー部だよ。万年補欠だったけど、体力には自信がある。走り込みとか得意だよ。持久走大会はいつも五位以内には入るかな。ちなみに顔を見れば分かると思うけど、じいちゃんがアメリカ人のクオーターだ」
胸を張りながらそう言ったのは滝林洋介だ。
なるほど、日本人離れしたこの骨格は、アメリカの血が入っているからなのね。この子は力を付けたら化けるかも……。
「滝林くんは左利きよね?」
「えっ……そうですけど?」
「それなら君はオポジットね」
「オポジット?」
首を傾げる洋介に莉愛は説明した。
「オポジットはセッターの体角に位置する場所にいて、攻撃特化型の選手のことです。左利きはライトからの攻撃に有利なんです。君が強くなれば、相手の脅威となる。一番得点を狙えるポジション……分かりますか?未来のスーパーエース」
「おお、マジで!格好いいじゃん。俺やる!オポジットやる!」
この子、単純で助かるわ。
「それからもう一人、一年生の小池くんね。小池くんは何か部活はやっていた?」
「俺は陸上で高跳びをやっていました」
なるほど高跳びか……それであの跳躍力なのね。バネがしっかりとしていると思った。
「小池くんにはアウトサイドヒッターをお願いしたいんだけど」
「アウトサイドヒッター?」
流星もポジションについて、いまいちピンと来ていない様子で、ハーフアップにした髪を揺らしながら首を傾げた。
「アウトサイドヒッターはコートの左右からスパイクを打つ選手のことで、アウトサイドヒッターも攻撃専門ね。高跳びをしていた小池くんはバネがしっかりしているから高さのある攻撃に向いているわ」
「俺がそんな攻撃的なポジションで大丈夫ですか?攻撃は向いていないと思うけど……」
「心配しなくて大丈夫。小池くんのバネは攻撃に向いているはずだから。あなたのそのバネは武器になる。でも、上半身の強化が必要ね。それから基礎練習もね。その他の人たちは今のままのポジションで問題ないわ」
「えっ……俺はそのままで良いの?」
心配そうにそう言ったのは二年生のミドルブロッカー立石充だった。垂れ目の充は、悲しそうに莉愛を見つめた。皆と同じようにアドバイスが欲しい充は更に悲しそうに垂れ目を下げた。彼は犬崎の中でも190㎝と身長が一番高く、ミドルブロッカーとしての役割を分かっている。現に今日の練習試合で得点を唯一入れたのは彼のブロックによるものだった。そのため、特にポジションを変える必要は無い。
「立石さんはそのままで大丈夫です。その身長を生かして、相手チームの壁となって下さい。あなたのその身長と手足の長さは、小池くんと同じように武器になります」
莉愛が話し終わると、皆が莉愛にグッと近づき、両手を握りしめながら興奮しだした。
「姫川さん、すっげーな!今日の練習試合見ただけで、ここまで考えられるなんてさ」
「ホント、すっげー」
「姫川さんがいれば、俺ら強くなれるんじゃね?」
いやいやいや、そんなわけがないと思うけど。
みんなの期待に満ちた目が怖い……。
莉愛はそっとみんなから視線を逸らした。
「とにかく、一年生は基礎練習から始めてください。二、三年生はいつものメニューを教えて下さい」
莉愛はこの練習試合が終わったらマネージャーを辞めるつもりでいた。しかし、何かに背を押されるように、莉愛は体育館のコートの上に立っていた。
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