排球の女王様~私に全てを捧げなさい!
七瀬ごご
第1話
一人の少女が桜の咲き誇る群馬県立犬崎(いぬさき)高等学校の校門を、俯きながらくぐり抜けた。新学期、誰もが笑顔で通り抜けるこの門を、少女は無表情で足早に歩き、溜め息を付いた。
今日も
桜の花が舞い落ちる美しい風景も、
少女はフィルターの掛かった様な仄暗い瞳を伏せた。青春真っ只中だというのにやりたいことも無く、ただ一日一日が過ぎていくのを待っている。温かな日差しを浴びながら姫川莉愛(ひめかわりあ)は、もう一度溜め息を付いた。
帰りたい……そう思いながら莉愛は校舎に入り、廊下に張り出されたクラス分けの表を確認すると、指定された教室へと向かう。3-Aと書かれた教室へと入ると、すでに教室で談笑していた生徒達がザワついた。
「うわっ、でっか!」
「あれ誰?」
「確か2ーCだった姫川だろ。相変わらずデカいな」
「もしかして、俺より背が高くないか?」
「もしかしなくても、姫川の方がデカいな」
「まじかー」
そんな声があちらこちら聞こえてくるが、そんな事はいつものことだ。回りの様子から分かるように、私の身長は176㎝と大きく、私の周りにいる男子より身長が高いと思われる。そんなクラスメイト達の視線を無視して、莉愛は自分の名前の書かれた机へと行き席に着いた。
立っていなければ目立つことは無い。
背中まである癖の無いストレートの黒髪を後ろで一本に縛り、少しずり落ちてきた黒縁の眼鏡をかけ直す。それと同時に背中をやや丸め、動かずにジッとしてみる。
すると……。
「うわーっ、デカいだけで地味」
クスクスと笑う声が聞こえてくるが、聞こえていないふりをする。
これでいい。
目立ちたくは無いのだ。
*
ホームルームが終わり莉愛が立ち上がろうとしたところで、一人の男子生徒に声を掛けられた。
「ねぇ、姫川さんてバレーボールとかやってた人?」
バレーボールという言葉にほんの少し動揺した莉愛の体がピクリッと動く。
「…………」
莉愛は動揺を悟られないようスッと息を吸うと、男子生徒を無視して、何も無かったかのように立ち上がり帰ろうとした。そんな無視し続ける莉愛に臆すること無く、男子生徒は話を続けてきた。
「バレーボールの経験者だったりする?」
経験者だったら、何だと言うのだろうか?
「ちょっと相談なんだけど、男子バレーボール部のマネージャーを頼まれてくれないかな?」
マネージャー……?
人と関わりたくない莉愛は、あからさまに嫌な顔をした。
特にバレーボールに関する人間とは、関わり合いたくない。しかし、目の前の男子生徒は嫌な顔をする莉愛を見ても、お構いなしに話を続けてきた。
「一カ月だけでもいいんだ。次のマネージャーが決まるまで……。お願いしたいんだ」
拝む様に両手を合わせ、目を瞑る男子生徒を、莉愛は冷ややかな目で見つめた。
なぜ私なんだろう……?
それに今までいたマネージャーはどうしたのだろうか?疑問に思いつつ莉愛はため息混じりに口を開いた。
「なぜ私がマネージャーを引き受けなければいけないんですか?今までいたマネージャーはどうしたんですか?」
莉愛が冷たく言い放つと、男子生徒は困ったように眉を寄せた。
「今までいたマネージャーは、三年になって受験生だからと、先月辞めてしまったんだ」
はぁ?
何を言っているんだ、この人は……。
莉愛は思わずため息をついた。
「はぁー。今、あなたが話している私も三年生で受験生なんですが?」
「……それは分かっているんだけど」
「分かっているなら一年生か、二年生に声をかけたら良いのでは?」
冷たい言い方だと思うが、これは本当のことだ。
「そうなんでけど……声はかけたんだよ。でも、ダメだったんだ」
「だからって、どうして私なんですか?」
「だって、背が高いし経験者かなって思って……」
だからって……。
「なぜ経験者だと?バスケ部だったかもしれないでしょう?」
「……う~ん。それは……勘かな?」
勘……。
「とにかく、ちょっと来てくれるかな?」
そう言われ莉愛は引きずられるようにして教室を出ることとなった。莉愛は腕を引かれながら隣を歩く男子生徒を見上げた。男子生徒はバレーボールをやっているだけあって、莉愛より背が高く、髪は短く切られ、爽やかなスポーツマンと言った感じだ。そんな男子生徒に無理矢理腕を引かれ、体育館へと連れてこられてしまった莉愛は困惑する。このままではバレーボール部のマネージャーにさせられてしまう。しかし男子生徒は困惑する莉愛にはお構いなしに、体育館内に声を響かせた。
「おーい。みんな、マネージャー連れてきたぞ」
「ちっ……ちょっと!」
私はマネージャーをやるとは、一言も言っていない。
どうして勝手に話を進めるのよ。
男子生徒の声に、体育館で練習していた男子バレーボール部員達が、一斉にこちらに視線を向けてきた。そして、私の腕を掴んでいた男子生徒が、唐突に自己紹介を始めた。
「あっ、そう言えば名前言ってなかったな。俺の名前は津田拓真三年だ」
屈託の無い顔で笑いながら津田拓真(つだたくま)が言った。そんな拓真は、人望はあるようで、声につられてバレーボール部員達が集まってくる。
「ちなみに俺がキャプテンで、ポジションはミドルブロッカーだ。で、こっちにいる眼鏡が近藤祐樹(こんどうゆうき)アウトサイドヒッターで三年、その隣が立石充(たていしみつる)オポジットで二年、小池流星(こいけりゅうせい)セッターで一年、滝林洋介(たきばやしようすけ)ミドルブロッカーで一年、竹ノ内瑞樹(たけのうちみずき)二年でリベロだ。他五人は全員一年生だ。ちなみに、うちのチームは先輩後輩関係なく、下の名前で呼び合うからよろしくな」
「分かりました」
「姫川さん下の名前は?」
「は?どうしてですか?」
「今、言っただろう。うちのチームは下の名前で呼び合うんだよ」
強引に話を進める拓真に、莉愛は冷ややかに答えた。
「私は姫川で結構です」
「「「…………」」」
シンと静まり返った体育館に、一人の男子生徒の笑い声が響き渡った。
「にゃははははっ……姫川さんきっついねー。まあ、俺は良いけど」
そう言ったのは、二年生でリベロの瑞樹だった。瑞樹はバレーボール選手にしては小柄な体型をしているが、リベロと言うポジションは、小柄な選手でも活躍できるポジションのため問題はない。薄茶色の髪に、細い瞳のせいか、猫のような印象を受ける瑞樹は「にゃはは」と、もう一度笑った。すると皆も瑞樹につられて笑い、シンと静まり返っていた体育館の空気が戻った所で拓真が気と取り直し、莉愛に声をかけた。
「じゃあ姫川さん来週練習試合があるから、早速その準備をお願いしたいんだ」
「分かったわ」
断るタイミングを逃してしまった莉愛は、仕方なしに言われたことをやってみることにした。まずは、水分補給に使用するスクイズボトルを洗い乾かすと、次はユニホームの準備をする。それからマネージャーが使用していたと思われるノートを何冊か手に取り開いてみると……。
何これ……?
数年前まではノートにビッシリ、メンバーについての情報や、相手チームの情報、試合内容などが細かく書き込まれているというのに、ここ何年かは、ほとんど記載がされていない。かろうじて、練習試合をしたチームの名前が記載されているのみだった。
これって、私がいる意味無くない?
そう思いながら莉愛は拓真に言われたことをやり終えると、帰ることにした。
「津田くん、スクイズボトルやユニホームの準備できたから帰ります。来週の試合には来ますが、それまでここには来ません。良いですか?」
「えっ……いや、まあ……試合に来てくれれば……」
「それでは」
莉愛が背を向け帰ろうとしていると、拓真が声をかけてきた。
「姫川さん本当にありがとう。助かる。それから俺は、津田だけど拓真だよ」
そう言って拓真がにっと、笑った。
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