第3話


 高崎英明との練習試合から一カ月が過ぎ、随分と犬崎バレー部の形が出来てきた。流星は高跳びで培った跳躍力と、バネを生かしたスパイク練習をさせてみると、見る見るうちに上達していった。左利きの洋介も流星に負けまいと、少しずつ上達していいる。元々根性のある洋介は地味な練習も嫌な顔をせずにこなす。こういう選手は強くなる。日本人離れした骨格を生かしてどんどん強くなるはずだ。そして犬崎の部員達の中で一番成長したのはセッターの祐樹だった。元々のセンスが良かったのだろう。祐樹はゲームの流れや、人の動きを見る洞察力に長けていた。何処にボールを上げれば味方がスパイクを打ちやすいのか、何処でスパイクを打つのか、未来が見えているかの様にトスを上げていく。


 セッターの強いチームは強くなる。


 ふふふっ……見ていなさいよ高崎英明高等学園。次に試合をするときは、うちが勝つわよ。



 *


 それから数週間後、良い知らせが舞い込んできた。


「みんな来週の日曜日に練習試合が決まったわよ」


「姫川さん、練習試合の手配ありがとう。それで今度はどこと試合?」


 そう聞いてきたのはキャプテンの拓真だ。


「ん?狼栄(ろうえい)大学高等学校」


 狼栄大学高等学校は犬崎高等学校との距離が近いため、一番最初に練習相手になってくれないかと相談した学校だった。試合が出来なかったとしても、練習を一緒にするだけでも勉強になると莉愛は考えていた。そして狼栄の監督から『一試合だけなら練習試合を引き受ける』との返答があり、喜んだ莉愛だったが皆の反応は違った。


「……っ」


 何故かみんなの息を呑む音が聞こえてくる。それから息を合わせたかのように、皆が叫んだ。


「「「狼栄!!」」」


 うわーっ。


 何……大きな声を出して、どうしたっていうの?


 両耳を塞ぎながら周りを見渡すと、拓真が青い顔をしながら声を荒げてきた。


「姫川さん、狼栄って……マジであの狼栄なのか?!」


 何をそんなに皆が焦っているのか分からないが、莉愛はコクリと頷いた。その莉愛の反応を見た拓真が項垂れると、崩れる様に皆が四つん這いになり青くなった。


 あれ?


 どうしたんだろう?


 莉愛が首を傾げていると、気弱な流星が四つん這いのまま声を震わせた。


「姫川さん……俺達一年でさえも知っていますよ。王者狼栄……春高常連の強豪校」


「そうなの?」


 呑気な莉愛に、拓真も青い顔のまま答えた。


「狼栄は現在群馬県のトップだよ。三年連続で春高に行っていて、今年も狼栄が春高確実だと言われている」


 拓真の話に「……はははっ」っと、皆から乾いた笑い声が聞こえてきた。悲し気な笑いが止むと、いつも強気でクールな祐樹が、ずれた眼鏡を直しながら弱気なことを言い出した。


「姫川さん、まずくないか?」


「何がですか?」


「狼栄だって強いチームと試合をしたいはずだ。俺達とでは試合にもならない。逆に迷惑になるんじゃ……」


 祐樹の言葉に莉愛はイラッとした。


「迷惑になる?どうしてそう思うんですか?やってみなくては分からないでしょう?」


 頬を搔きながら、瑞樹も猫のような細い眼に困惑の色を浮かべながらポツリと呟いた。


「でもさ、ボロ負けするって……」


 瑞樹の言葉に皆が「うん、うん」と頷いている。それを見た莉愛は皆からクルリと背を向けた。


「負けることしか考えていないようなので、私はマネージャーを辞めさせて頂きます」


 そう言って体育館から出ていこうとする莉愛を、部員たちは慌てて引き留めた。


「うわー!待ってー!」


「違う、違う。俺ら頑張るから!」


 一年生コンビが莉愛の前に立って、両手を振って慌てふためいている。更にその後ろで二、三年生も慌てながら弁解を始めた。


「俺ら死ぬ気で頑張るから」


「狼栄がなんだ!」


「強い奴ほど燃える」


 瑞樹、拓真、祐樹の順に声を上げ、「えいえいおー」と右手を上に上げだした。



 ふぅー。


 初めからそう言えば良いのに。


 莉愛は呆れながら元の場所に戻り、狼栄との練習試合のための練習方法について話しをした。




 狼栄大学高等学校との練習試合当日。


「うわ、すっげー広い!」


「バレーボール専用の体育館とかヤバいな」


「天井高いなー」


 興奮した犬崎部員たちは完全に雰囲気にの飲まれていた。そこへ狼栄のキャプテン赤尾正隆(あかおまさたか)がやって来た。


「今日はよろしくお願いします」


 そう言って両者のキャプテンが握手を交わす。スポーツマンらしく爽やかに笑った赤尾が、アップのための場所を指さした。


「そっちのコートを使ってもらってかまわないので、アップして下さい。終わったら練習試合を始めたいと思います」


「分かりました」


 すると赤尾もアップを始めるため、狼栄チームの方へと走って行ってしまった。


「着替えたらアップ始めるぞ」


 拓真の指示を受け、部員達が返事を返した。


「「「うっす!」」」





 拓真達がユニホームに着替え、アップを開始しようとしたところで、狼栄の体育館に「ドゴンッ」という鈍い音が鳴り響いた。


 それは狼栄のスーパーエース、オポジットの大崎大地(おおさきだいち)が放ったジャンプサーブだった。強烈な一本、その音に拓真達が震えあがる。


「何だよあれ、ボールが凶器だよ」


 そう言ったのは洋介だ。それにつられるようにして気弱な流星も口を開いた。


「腕……折れるんじゃないか?」


 見てはいけない物を見てしまった時の様に、狼栄のエースから目を逸らそうとする部員達とは違い、莉愛がサラリと暴言を吐いた。


「あれ……?思ったほど、たいしたことないね」


 その言葉に拓真は青ざめた。


 オイオイオイオイ……何言ってくれちゃってるんだよ。絶対、今の声向こうに聞こえたって……みんなこっち見てるよ。


ジットリと、こちらを睨みつけてくる狼栄バレーボール部員の視線に拓真達の背筋が凍った。しかし、莉愛はそんな事を気にした様子もなく、みんなに声をかける。


「どうしたの?ビビってるの?みんなは毎日誰のサーブを受けてきたと思ってるの?大崎のサーブと私のサーブどっちが怖い?」


 莉愛の言葉に、皆の息を呑む音が聞こえてきた。


「「「姫川さんです」」」


 部員達の重なる声が微かに震えていることに莉愛は気づいていたが、更に部員達に向かってニヤリと笑うと、皆の背中に冷たい汗が流れ落ちた。


「さあ、アップを始めるよ」


 莉愛の指示で犬崎の部員達はダッシュの他に、飛んだりしゃがんだりする動作を組み込んだアップを開始する。


 それから数分後、そろそろ体が温まって来た頃ね。


 莉愛はアップの最後にレシーブ練習をさせるため、掛けていた眼鏡をはずした。するとそこに、驚くほど美形なイケメン男子が現れた。莉愛が眼鏡を外した姿は、そこらにいる男子生徒や、芸能人よりイケメンだった。莉愛は中性的なその顔で笑って見せる。


 すると拓真達が更に震えあがった。



 *


 先週から狼栄を倒すため、エース大崎大地の研究をしてきた。大崎は正確なジャンプサーブを繰り出してくる。威力もさることながら、コースも決めてくる。そして、大崎が怖いのはジャンプサーブだけではない。脅威とも言えるスパイクだ。高校生であれだけ打てる選手はそういないだろう。ここぞという時には必ず得点を決めてくる辺りが、スーパーエースと言われる所以ゆえんだろう。しかもサラサラの黒髪に爽やかな笑顔のイケメンときている。何でも他校にファンクラブまであるとか?まあ、そんなことはどうでもいい。


187㎝の身長から繰り出されるスパイクは本当に強烈だ。だが速いボールにはなれることが出来る。ともかく、速さになれるしかない。そして私たちは強烈なサーブとスパイクに対抗するための秘策を使って練習してきた。

 

「ほら、みんな最後にレシーブ練習はじめるよ」


 莉愛の声に、みんながレシーブの姿勢をとった。




 そして……。




「ドゴンッ」




体育館に叩きつけられるボールの音……。


「ドゴンッ」


「ドゴンッ」


 間を開けずに鳴り響く音に、狼栄の部員達がどよめいた。


「うわ、何だ?」


「あいつ誰だよ?」


「あんな選手が犬崎にいたんだ……」


 狼栄の選手達が見つめる先に、莉愛の姿があった。眼鏡を外した中性的な顔の莉愛を完全に男だと勘違いしているようだった。それもそのはず、莉愛はボールを高く上げると、それに合わせて大きくジャンプをする。それを思いっきりグーパンチで反対のコートに叩きつけた。すると体育館に強烈なサーブ音が響き渡る。


 そう、これが私達犬崎の秘策。莉愛のグーパンチから繰り出されるサーブだった。ボールの中心をドンピシャで当てなければ成立しないこの技だが、莉愛はそれをいとも簡単に繰り出していく。


「もっと早いの行くよ」


 莉愛のその掛け声に狼栄の部員達が狼狽する。


「もっと早いのって……」


「はったりだろ?」


 すると「ドッゴンッ」という低い音が体育館に響き渡った。


「……マジか」


 息を吞む狼栄の部員達の声が聞こえてくる。それを見ていた狼栄のキャプテン赤尾が大崎大地に耳打ちをした。


「大地見たか?すっげーな。グーパンで正確にボールを打つとか、原理的にありなのか?ふつう無理だよな。あいつ誰だ?見たことある?」


「いや、無いな。良いサーブを打つ……まあ、勝つのは俺達だけどな」


「そうだな。俺、大地のそういうと所、好きだぜ」


「気持ち悪いし、全く嬉しくないが……」


 赤尾が大地の肩を抱き、嬉しそうに笑った。


 











































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