第4話 物語は初めに戻る。
俺の人生を物語として表すのであれば、一字で『
連続。連結。連合。
個人的には大っ嫌いな言葉だが、俺の人生において、切り離すことは出来ない。なぜなら、俺がまだ学生だからだ。
高校生活と言うのは、長らく続く学生生活の一環で、要は他人と関りを持ち、慣れ合う時間。
もちろん、それを否定したいわけでもないが、出来るだけ人間関係を狭めておきたい俺にとっては、この『連』と言うのは窮屈なものでもある。
「えぇっと。カンザキセイヤ。神埼。神埼。っと、席は…………ここか」
関りは持ちたくない。そのため、誰よりも早く、教室に入り、自分の席を確認する。
高校生活の始まり。つまり、今日が入学式な訳だが。中学校の頃とは違い、席は既にランダムにばらしてあった。
「黒板がこっちだから……窓際か。うん。悪くない」
二列一組。それが三列ある教室の一番後ろで、一番の窓際。孤立するにはもってこいの席で、俺は
「ん? 窓、なんで開いてるんだ」
流していた音楽を止めて、教室を見る。席には、誰のカバンがあるわけでもなく、耳を澄ましても音は聞こえない。生徒が潜んでいる様子もない。いや、そもそも潜んでいたとしても、脅かす対象は俺ではないだろう。
今日が初日である以前に、俺には。には友人と呼べる存在が居ないのだ。
放課後、休日。休み時間。慣れ合う対象は居ないし、必要ない。そう、俺は常に思う。
「教師が開けたのか? なんで俺の席の隣だけ開けたのかは知らんが、開けたのなら締めろ。たく」
愚痴をこぼしつつ、窓に手をかけたところで、俺はあることに気が付いた。
葉が生い茂る、大きな木が近いのだ。
「さすがに、木に括りつけられている名前は見えないな」
目には自信があったんだけどなぁ。無理か。
「ん。もう少し温かくなったら、木影がちょうど良さそうだな。窓から、身を乗り出して上を見ても、眩しくない…………ふぅ」
目を閉じる。
風が靡く音。
葉が揺れる音。
小鳥が飛び立つ音。
「………………気持ちいい。ずっとこうしてぇー」
人と強制的に関わる、窮屈で退屈な高校生活。そんなものをしないで、ずっとこうして居たい。
「っと、そうは言ってられないか」
声が聞こえる。どうやら、他にも生徒が登校し始めているようだ。
「ある人が言った、高校生活は薔薇色である、か。俺はどちらかと言うと、それを灰色と称した人に賛同するよ」
体勢を戻し、窓を閉める。止めていた曲をかけ直す。
こうして、俺の高校生活は始まった。
◇
授業態度は普通。交友関係は×。ちなみに、入学式から隣の席の女生徒とは、面識がない。
俺が避けているわけではなく、彼女がそもそも登校をしていないからだ。
「…………よし。帰るか」
春風が桜を運ぶ。よく晴れた四月下旬。部活動の勧誘も落ち着いたころ。前日に安城美代と言う、おかしな先輩に軟禁をされて、先輩の女物のブレザーを貸し出されている現状だが、なにごともなく、平和に一日が過ぎた。
昨日の今日で、また何かしらのアクションがある可能性も疑ってはいたのだがどうやら杞憂だったようだ。
「流石に、あんな人でも連続は接触してこないか」
放課後からずっと寝ていたのだが、既に教室には誰も居ない。正直、寝過ぎた。
起きた頃には下校時刻まで残り一時間と迫っている。
「最後の一人。幸いなにかしなくちゃいけないことはなさそうだな」
声に出してから、教室中を見渡す。人の気配はなかった。
「晩飯、なににしようかなぁ」
両親は健在だが、家に留まっていなかった。常に仕事で世界中を飛び回っており、最後に顔を見たのは、たぶん中学一年生の頃だ。とはいえ、定期的には帰ってきているらしく、たまに家に帰るとお土産だけがテーブルに置かれていることが多い。
兄も姉も同じように世界を旅しているため、うちの家族は俺を除いて旅をするのが好きなようだった。
「カレーだな。久しく食ってねぇ」
と、まぁそんなわけで食材を買って台所に立つのも、掃除洗濯をするのも、自分なわけなのだ。
「…………。トマト煮込みとか、やってみるか?」
そんな時、
「そこの人間! 止まりなさい!」
なんて声が、立ち去ろうとしている教室から聞こえてきたため、つい立ち止まってしまう。だが、振り返っても当然そこに人は居ない。何度も言うが、この教室には俺しか居なかったからだ。では、何故声が聞こえたのか。
「…………気のせい、か?」
「気のせいじゃないは! 上よ、上!」
と、言われたために上に視線を向ける。
「…………」
頭上は天井に。
なにもないはずのその場所に、少女は立っていた。
金髪、とも表現しにくい色。夕日に当てられており正確な色は見て取ることが出来ない。だが、少なくとも綺麗な髪と、美しい蒼い瞳を彼女はもっていた。
「はっはっはっ! 驚いて声も出ないか、神埼誠也! そうだろう、そうだろう! 私は――」
「……今日は、色違いの猫なんだな」
「――え?」
「え? 見えてるぞ? そんなところにぶら下がってたら」
前に見てしまった時は、白地に黒い猫が描かれていたが、今回はピンク色のようだった。とは言え、ずっと見えている状態で話を続けるのも悪い気がしたので、一言。ストレートに言葉にせずに、遠回しに言ってみることにしたのだが。
「どっあぁぁああああ!? 見んな!? 見たな? 殺すぞお前!!」
どうにもぶっそうな少女のようだ。
慌ててスカートを下げて――いや、上げてか? とにかく、パンツを隠すようにスカートを抑えるとどう言う手品か、靴底を貼り付けていた天井から足を外して降りてくる。
「一度きりではなく、二度も私のパンツを見るなんて……。お前、さてはただモノではないな!?」
「いや、あんたのガードが緩いだけだろ」
「はぁぁぁぁあああ!? 誰が所かまわずパンツを晒してるバカ女ですって!? 初対面の奴にそんなこと言う!? 信じられない!!」
「…………そこまで言ってないし、あんたの方こそ初対面の俺に殺すとか言ってたと思うんだけどな」
前回、窓から木を見上げた時に見たものと同じ柄で色違いだったから、適当に「今日は」と言ったのだが、どうやら同一人物で間違いないようだった。
俺は目の前に居る、背の小さな少女のことなんか知りもしないが、どうやら向こうはその限りではない様子でこちらを睨んでいる。
しかし、すぐに学年と名前は分かった。
「同じ学年の橘さん、ね。悪いけど、面識はないよね?」
ネームプレートの名前を読み上げてから、ふと考える。
「(…………たちばな。たしか、隣の席の人の名前もそんな名前だったな)」
下の名前は分からない。だが、不登校児の名前と手前で俺を睨みつけてきている奴の名前は同じようで、俺は何となく謝った。
「……すまん」
「え?」
すると彼女は、謝れることを想定していなかったのか驚いたような表情を浮かべて後ずさりして、自分の髪に触れ指に絡めながら言った。
「な、なんで謝るのよ」
その言葉に、俺は適当な理由をつける。
「…………君が登校していなかったから俺は隣にある君の席まで大胆に使っていたからな。すまなかった」
別に謝罪に意味などなかった。この場を切り抜けられるなら、なんだっていいと面倒くさくなった俺が適当に呟いた言葉だから。
言葉と共に、折っていた腰を上げて橘を見る。
彼女は、口元に手を添えながら、震えていた。
「…………に」
「2?」
「に、人間に? しては? 随分と素直に謝るものね? まぁ? 高貴な存在である私に対してなら、当然のことだけど?」
「…………」
どうやら、こいつは馬鹿なようだった。
人の真意など考えず、言葉の意味だけをくみとってしまう。
簡単に人を信じてしまうような純粋さを持った可笑しな者なのだと、俺は考えてから。
距離を取る。
「え? ちょ、なんで帰ろうとするの!? まだ話し終わってないんだけど!?」
「え? もう用事はないのでは?」
「終わってないわよ!」
と、彼女が離れた分の距離を詰めてきて。
「私は、あんたに――」
手が伸ばされる。
その動きが異様に滑らかで、速いと言うことだけが俺には理解が出来た。だが、動くことが出来ない。理解するまでが、ただの人間である俺には限界で。
「(…………なんか、よくわからんが殺されんのか? 俺)」
そう考えていた瞬間。
「きゃっ!?」
悲鳴と、閃光が起こる。
「ぐあっ!」
その反動で俺の身体までが吹っ飛んでしまって。
壁に背中を思いっきり打ち付ける。
「…………な、んなんだよ、今のは――」
と、前を見るとクリーム色に近い髪を持つ少女は倒れていた。
「――まじか」
そんな現状に、俺は天井を仰いだ。
普段見える景色となんら変わり映えのしない廊下。
昨日、おかしな先輩に絡まれたと思えば、今日は同学年。
それもおそらくずっと不登校だったやつの橘だ。
「…………このまま、放置するわけにもいかねぇよなぁ」
どっと疲れたような気分になりながらも、俺は立ち上がると橘の方へと歩いていく。
「俺の、くっそ平和でなににも邪魔されない高校生活が…………」
もう、めちゃくちゃだ。
そう、考えてから。
神埼誠也は、天井にぶら下がっていた少女、橘を抱えて。
保健室へ向かったのだった。
羽間町 香蘭高校 川端 誄歌 @KRuika
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