第3話 語る言霊は噓か真か見定める。
「カタリスト? ふざけてんすか、先輩は」
なんだこの黒髪ロングの先輩は。
色白だからって人外と思われると考えてんのか?
「俺はなににも心なんか動かされないっすよ」
「だが、今君は妾の言霊に縛られているじゃないか。なら、妾と話をしようじゃないか。急いで帰る必要もないだろう?」
「いや。俺は早く帰りたい。それにまだ、あんたが空想種だと決まったわけじゃない。催眠術の一種に――」
「……【雨】が、降る」
「は?」
急に安城がそんなことを言うので、俺は思考が停止してしまう。
無意識に窓の奥を見ると雨が。
「まじか……よ」
降り始めていた。
「おや? 雨が降ってきたねぇ。これで、傘のない君は返ることが出来なくなった訳だ」
「………………俺は……信じない」
そんな存在と関わりたくなかったから。知り合えば、今の自分を失いかねない。
空想種様と会わせてくれと、それは大勢の人から橋渡しを懇願されることだろう。
そんなのはごめんだ。面倒とか以前に、踏み台にされているようで気分が悪い。
「……はははは! 面白いことを言うなぁ君は。なら、ゲームをしよう」
と、思っていたところで彼女の方から提案が来る。
「ゲーム? なら、俺を今すぐ椅子から……」
だからまるで乗り気で。乗り気で仕方がないから椅子から立てるようにしてくれと言おうとする。
「開放するわけがないだろう。安心してくれ、椅子に座っていても出来るゲームだ」
チッ。駄目だった。
「ルールは簡単。ディベート。つまり討論ゲームだ」
「……俺が勝てば椅子から立つ権利をくれると?」
「あぁ。その権利をやろう。なんなら、雨もやませてあげようじゃないか」
「……………………」
考える。
逃げるための手段を探す。
そのために状況を整理する。
現状、俺はたぶん。催眠術の一種で動けなくされているのだろう。もっとも、そんなものをかけられた記憶は一ミリもないが、実際に立てないのだから言っても仕方ない。で、なら自らの意思で解ければいいのだが、催眠術の解き方の心得などない俺には無理だ。今度覚えておこう。
「わかりました。やります」
なら、今は安城が仕掛けてくるゲームに勝って、逃げるほかない。
それしか、なさそうだ。
「では。始めよう。議題は、妾が、空想種かどうかだ」
「あぁ。俺はそれを否定する側で」
「妾は肯定する派だな」
お互いに椅子に座ったまま、同時に頷いて。
勝負は、始まった。
◇
まず最初に何処を否定すべきか。正直あまり討論に強い自信はないが、それでも些細なことを指摘していれば、いずれ否定が出来るのではないだろうか。
「改めて言う。あんたは空想種なんかじゃない。空想種は名家で、こんな学校にいる訳がないからだ」
だからとりあえず、もう一度宣言した。自分の意見をブレさせないためにも、必要だと感じたからだ。
「いいや、妾は空想種だよ。現に、その力の一端を見せただろう?」
「それは――」
――そうですが。と、危うく出かけた言葉を飲み込む。
実際に俺は椅子から立てなかった。
突然、雨が降り始めた。
これだけで十分。いや、十二分彼女が空想種であると思わせられてしまう。だが、俺はそれらを否定しなければここから出ることが出来ない。
「さっきも言いかけたが、催眠術の一種で俺のことを椅子に縛り付けたんだろう? 違うのか?」
「……ふむ。討論ゲームと言うのは、言ってしまえば相手の言葉のスキを見つけ突くねちっこいものだ」
「……………………仕掛けてきて自分でそれを言うのかあんたは」
考える。なにを否定すればいい。何処を、突けば。と、思考をしていると遮るように安城が話始める。
「そして君は? 妾の異能を催眠術であると片付けるのだな?」
「はい」
だから思考の片手間に答える。
「雨が降ってきたのを確認しても。だな?」
「はい」
短い問いのため答えるのが簡単で助かった。
「そうか。あぁ、妾が勝った時の条件を決めていなかったな」
「はい」
とは言え。隙が出来たわけではない。なにかあれば。答えられる気もするのだが。
「では、妾が勝ったら。気にを婿に貰おうか」
「はい……………………え?」
「今、『はい』と言ったな?」
冷や汗が背中を伝う。脳内での思考が、全て飛んでしまう。
「は? え? え?」
この人なんて言った? 婿? は? まだ俺たちは高校生だぞ? てか、そう言う話は、子供だけで決められることでもないだろう。第一、俺らは恋人じゃないんだ。
「君がどうやら心理学的な話に興味があるようだったからな。一つ、話法を使わせてもらったのさ。もっとも、知識として知っているだけで、使ったのは初めてだが」
「……イエス誘導法」
そう、俺が言うと安城は笑う。
俺にとって。その笑い声は悪魔の声にすら聞こえてくる。
「うふふふふ。撤回は出来ぬぞ。録音していたからな」
と、安城はブレザーのポケットから摘まむように携帯を取り出して、にやりと笑ってくる。
そう言えばさっき携帯を触っていたなと、思い出してから俺は左手で目を覆う。
「……………………勝てば。いいだけですし……ん?」
座り直す。するとブレザーの後ろが変なズレ方をする。なにかに張り付いているような、そんな感覚だ。
それであることに気が付く。俺が立てないのではなく、椅子が俺にくっついている可能性があるのではないかと。
「……なるほど。先輩、一ついいですか?」
「あぁ、良いだろう。このディベートは、法廷のような形式でのモノではなく、もっと自由なモノでありたいからね。好きに聞き給え」
「では。先輩の異能は、催眠術ではない。先輩の言い分はこうですよね?」
確認。と称して疑心を消すための確証を得ようとする。
今俺の中にあるのは、彼女が空想種ではない。と言う気持ちからくる催眠術ではないかと言うものだ。だが、前提が違ったらどうだろう。そもそも、催眠術などではなく、手品のようなものだったら? 空想種の異能で動けなくされていると言う思考に囚われ、不要な想像をし。本来の答えから遠ざかっていたのではないかと、目を細める。
「あぁ。そうだ。催眠術は一切妾は使っていない。言っているだろう。妾は――」
「ありがとうございます。……………………俺の結論はでそうです」
「――ほう。では、聞かせてもらおうか。君の答えを」
クスリと笑う安城。どうやら、この人は俺が反論できないと踏んでいるようだ。
「まず、一つ目。雨についてだ」
「後ろで降っているそれだな。なんだ? 天候操作にも、難をつけると?」
そう、言う彼女の手にある携帯を俺は指さして言う。
「あんたが手に持っている携帯。それ、雨が降る前も持っていましたよね?」
「持っていたな。だが、それがどうかしたか?」
「つまり、貴女は。天気予報を見ることが出来た。降水確率を見たうえで、今のような状況を作り出すことは可能だろう」
「……なるほど。では、仮に見たとしてだ。降り始めのタイミングはどうなる? それに確率が分かった所で、確実に降るとは限らない。私は、気候予報士ではないんだぞ?」
「タイミングに関しては貴女の洗練された手腕のたまもの。としか言えないが、不可能ではない、だろう?」
いちゃもんをつけるよりもすごい屁理屈だと。我ながらに思う。
「……たしかに。妾に出来るかはさておき、不可能とは言えないな」
だが、必要なことだった。相手に、その可能性が不可能ではないと言わせることが、重要なのだ。
「あぁ。認めるんだな? 出来なくはないと」
「そうだな。おそらくその道を究めている者なら、可能だろうさ」
もう一度、最後の確認を取って俺は頷いてから次の質問をした。
「なら次は、俺がこの椅子から立てない理由についてだ。貴女は、異能で動けなくしている。そう言ったな?」
「あぁ。そうだとも。言霊の力を以て、そうしている」
「それが。物理的になっているとしたら?」
「…………なに?」
彼女の眉が動く。ビンゴだ。
「例えばそう。手品だ。催眠術は言葉や行動。意識を巧いこと騙してするものだが、手品にはそれなりのタネがある。トランプの探偵などは上下に同じ数字のカードを用意して挟めることで成功させるようにな」
そう、俺はまくし立てる。彼女が反論してこないように、続けざまに言う。
「そしてこの椅子だが――」
グッと、足腰に力を込めて。
俺は、ブレザーを脱ぐように前へ倒れ込んだ。
痛い。
「…………」
顔面を打って、鼻を抑えている俺をそんな目で見るな。せめて驚いてくれ。なんだ、憐れみか? それとも、「痛そう」って思ってる目なのか? まぁ、良い。今は、
「――この通り。ブレザーが椅子に固定されているだけだ。最初から仕込んであったんだろう?」
なんでも良いからこの人との勝負に、勝ちたい。そう、俺は立ち上がりながら思う。
「……仮に、その椅子に仕込みがしてあったとして。その椅子を選んだのは君だったと思うが?」
「…………全ての椅子。に、仕込みをする必要はない。なんならこの椅子一つで十分なのさ」
「その理由は?」
と、言われて俺は答えた。
「それこそ、心理学的な話さ。俺は先輩と初対面。けど、先輩は俺のことを知っている。警戒しない理由があるか? 逃げられるように、先輩から一番遠い席に座るし、自由に座れと言われれば、その場に居た自分から一番近いところに座るだろう?」
鼻が痛い。まじで。
「なるほど。妾は、あくまでも異能ではなく、天気予報。果ては手品を使って君をこの場に留めたと。そう、言いたいのだな?」
「あぁ。そうだ。これら全ては異能ではなく、人類の叡智と手品によって成されたものだ」
と、結論を出す。
「…………思ったんですけど、これ二人しか居なかったら判決下してくれる人居なくないですか?」
「そうだな。…………だが、良いだろう。妾が判決をくだしてやろう」
「え?」
おいおい。それはつまり否応なしに俺が負けるのでは? それだけは勘弁だ――
「この勝負。君の勝ちで良いだろう」
「お?」
「なんだ、その意外そうな眼は。覆してもいいのだぞ?」
「え? あ、いや。じゃあ、俺は帰れるんだな?」
「あぁ、【雨】ももうじき【止む】からな。立ち上がることに関しては、自力で立っているから、何もしないが」
「ははは。今更言わなくたってどうせすぐ外が晴れるの知ってたんですよね? たっく、俺帰りますよ――」
あー良かった。俺の貞操が奪われるかと、ひやひやした。
と、椅子に乗ったままのブレザーに手をかけようとしたところで、安城が言う。
「あぁ、強力なのりでくっつけてあるから。無理に引っ張らない方がいいぞ」
「なにしてくれてんだあんたは。明日から俺はどうすれば――」
「貸してやる」
「――ばぁっく!? 何投げて……って、上着? いや、なんで俺が先輩のを借りなきゃいけないんですか」
ほのかにいい香りがする。
「君の上着を駄目にしてしまったからな。安心しろ、君が仮に女性ものの上着を羽織っていても、誰も気づかないさ」
「いやいや。って言われても問題はそこじゃなくて」
俺がこれを借りたとして、貴女はどうするんですか? と、言いかけたところで、安城が先に言う。
「妾が君の上着を後日新調してやろう。貸すのは、それまでだ、なに。しばらく大きな行事もない。正装で出ることはないからな」
と、これ以上の説明はないと、安城は言いたげだった。
「…………まぁ、なら借りますけど。絶対返してくださいね。俺の上着」
「あぁ。では、帰ると良い」
「はい。では――」
ガチャン。と、ドアのカギを回して廊下に出る。
「…………くっそめんどうな先輩に出会っちゃったなぁ」
廊下を歩く。
その間俺はずっとそんなことを考えていた。
◇
そして次の日の朝――
「んあ? 神埼じゃん、おは~」
「んー? あぁ、通学路で会うのは珍しいな。どうした?」
「いやぁ、日直でさぁ。早めに出たわけなんだけど…………」
「なんだよ。じろじろ見てきて」
「…………お前、なんで女子の上着羽織ってんの?」
「……え?」
……分かるやつ、居たぞ。先輩。
そう、俺は空を見上げて。
ため息を吐いた。
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