【ショートショート】君の美は永遠のものとなる【2,000字以内】
石矢天
君の美は永遠のものとなる
ああ……、真理恵。やはり君は美しい。
クレオパトラも、楊貴妃も、小野小町も、君の前では霞んでしまう。
その漆黒の長い髪も、茶色く澄んだ瞳も、水晶のように透き通った肌も、全ては僕のもの。
僕はこれから先、この命が尽き果てるまで君と共に生きていくことを誓おう。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆彡
「お先に失礼します」
金曜日、夕方6時。
退勤の時刻を迎えるときには、真理恵の帰り支度はすっかり整っていた。
「おっ。今日は早いね。もしかしてデートかな?」
ニヤニヤした顔で、小田課長が話し掛けてきた。
彼はこうしたセクハラを息を吐くように口にする、
「課長、それセクハラですよ」
「おっと。怖い、怖い」
「気をつけてくださいよね、本当に」
「あ、気をつけるといえば。最近この辺で変質者が出てるそうだ。君はスタイルが良いし、顔も美形なんだから、気をつけてくれよ」
言ってるそばから、すぐ
本人は褒めているつもりだろうし、無自覚なのだろうけど。
真理恵は多少の無力感を感じながら、ため息をついて小田課長をたしなめる。
「課長、それもセクハラですから。……あっ、もうこんな時間!?」
オフィスの壁に掛かった時計に目をやると、もう長針が5分を指していた。
市営バスは1時間に2,3本。
間もなく出発する便に乗り遅れたら、待ち合わせの時間に遅れてしまう。
真理恵はカバンを掴んでオフィスを飛び出した。
「ごめんなさい、遅れてしまって」
結局、真理恵は目的のバスには乗れなかった。
20分後にきたバスに乗った真理恵は、最寄りのバス停から待ち合わせ場所まで走ってくる羽目になった。
それでも待ち合わせには10分の遅刻。
小田課長なんかに捕まったせいで、と思わずにはいられない。
「構わないさ。さあ、行こう」
肩で息をする真理恵に、恋人の
その優しい笑顔に、真理恵は自分の心が柔らかくなっていくのを感じた。
裕樹に案内されたお店は、天井が高い立派なフレンチのお店だった。
ドレスコードは仕事用のスーツで特に問題はないらしい。
上座へ案内された真理恵は、裕樹が店員にオーダーしている様子を眺めていた。
こんなに敷居の高いお店でも堂々としている裕樹を、頼もしく思うとともに、慣れた所作に妬心がうずく。
「手慣れてるね」
「えっ? そんなことないよ。今だってコースに合わせたオススメのワインを頼んだだけだし」
そういうことをサラッとできちゃうところが手慣れているのだ、と思いながらも真理恵は「そっか」と返事をする。
あまりしつこく食い下がっても可愛げが無いと思われてしまうから。
ほどなくして、テーブルに置かれたグラスに白ワインが注がれ、彩り豊かな前菜の皿が並んだ。
「さあ、食べよう」と裕樹が微笑む。
前菜は思わず唸っちゃうほど美味しかったし、白ワインとの相性もバツグン。
そのあとも、次から次へと運ばれてくる料理はどれも絶品だった。
メインの肉料理も終わり、デザートが運ばれてきたところで裕樹が小さな箱を取り出した。
真理恵の胸は否が応でも高まっていく。
立派なフレンチのお店で、豪華なコース料理の後、小さな箱が出てくれば誰だって期待するだろう。
「真理恵、結婚してほしい」
それは
真理恵は天にも昇る気持ちになった。
――なのに。
いま、どうしてこんなことになっているのか。
真理恵の頭は混乱するばかりだ。
裕樹に家まで送ってもらって、部屋に入ったら急に後頭部に衝撃が走って……。
今は暗い場所で手足を縛られている。
「ふふっ。君が悪いんだ。僕という男がありながら、あんな奴からのプロポーズを嬉しそうに……」
目の前には、小田課長が注射器のようなものを持って立っていた。
「ずっと思っていたんだ。君は黙ってさえいれば僕の最高のパートナーになれるって。女の分際で、いつもいつもいつもセクハラだパワハラだとさえずる、下賤な口を閉じさえすればっ」
背筋に寒気が走り、脳には危険信号が鳴り響く。
なんとか抜け出そうと暴れてみるが、手足を縛っている縄はビクともしない。
「心配はいらないよ。この溶液があれば、君の美は永遠のものとなるんだ。歳を取ることもなく、ずっと美しいままで、僕の隣にいられるんだ。幸せだろう?」
「いやっ! いやよっ! やめてっ! 課長、考え直して!!」
真理恵の懇願も空しく、注射器の針が腕へと突き刺さる。
少しづつ遠くなっていく意識の中で、真理恵は
声はもう、形にならない。
【了】
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一話(5,000~6,000字程度)完結で連載中。
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【ショートショート】君の美は永遠のものとなる【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya
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