第3話 よくあるデートのワンシーン
「もっと、右! えっ? ちょっと行きすぎじゃない?」
姫宮はすぐ隣で俺に指示を出すが、どうやってもうまくいかない。
「ここだ!」と思ったところで、操作ボタンを押しても思っていた場所でクレーンのアームはとまってくれないし、つかめたと思っても表面を優しくなでるだけで景品はちょこっと動くだけだ。
クレーンゲームの中に通された二本の突っ張り棒の間に滑り落ちるなんてことは到底考えられなかった。
よくよく考えるとゲーセンなんてほとんど来たことがない。
中学校のころは、ゲーセンやカラオケなんかよりもラノベやゲームを買いたかったから。
「ああ、もうっ。こんなの本当にとれるのかよ?」
俺が苛立って言うと、
「獲れるよ。袴塚君が下手なだけ」
姫宮はきっぱり言った。
俺が下手くそなのはわかっている。
だって、ほとんど経験がないのだから。
だけど、ここまできっぱりと姫宮に言われるのは腹がたった。
学園一のブスの癖に……。
どうせ、漫画の読みすぎで現実を知らないだけだろう。
少女漫画とかだときっといとも簡単に景品がとれてしまうのかもしれないけれど、そんなに簡単に景品が取れてしまったら店は大赤字だ。
姫宮には一度、ユーチューバーが的屋のくじを買い占める動画でも見せてやりたい。(あの動画をはじめてみた小学生の俺は泣いた。その夏のお小遣いを夏祭りのくじで使い切ったことは忘れたくても忘れられない……)
俺が自分のイライラをどこに追いやるべきか考えていると、姫宮はいつのまにか俺の前にするりともぐりこみ、小銭を投入してクレーンゲームを動かし始めた。
ほら、やっぱりつかめていない。
俺より下手かもしれないと思った。
景品を両側からバランスよく持ち上げようとせずに、アームは箱の角の方をつかもうとして動かされるだけだ。
これなら、俺の方が百倍マシだ。
だけれど、何事も経験が大事だ。
あの小学生のときの的屋のくじみたいに。
姫宮がお財布を空にして絶望したら、自販機でジュースでも買って慰めてやろう。
それで、嘘の告白もチャラだ。
優しい俺に姫宮も嘘の告白は仕方がなかったものとしてきっとあきらめてくれるだろう。
良い友達くらいにはなれるかもしれない。
ガコンッ!
何かが落ちる音が聞こえたと思ったら、さっきまで姫宮がプレイしていたUFOキャッチャーの中身が空になっていた。
「おめでとうございます~♪」
ちょっと不良っぽい金髪の店員が袋をもって、姫宮の方にほほ笑みかける。
「ありがとうございます」
姫宮は堂々とお礼をいって、店員が広げた袋に獲得した景品を入れる。
さっき、俺が何度チャレンジしても取れなかったあのたべっこ動物のグッズセットだった。
一体、どうして……?
俺が唖然として姫宮の方を見つめると、姫宮はこちらを向いて小さくピースする。
「ね? 袴塚が下手なだけでしょ」なんて意地悪をいってきてもいいのに、姫宮は、
「実はちょっと得意なんだ。袴塚君はなにかほしいのある? それとも自分でもうすこしやってみたい?」
と聞いてきた。
ちょっとだけ嬉しそうな姫宮はいつもより背筋が伸びて、そして質問をしたときに首を傾げたせいで少しだけその顔が見える。
真っ白な肌に、ピンク色の唇、そして大きな瞳がうかがえる。
髪の毛に隠されたなかで、ちらりと見えるそのパーツはどれをとってもきれいな形をしていた。
とくに、大きな瞳の中にはダイヤモンドのかけらがちりばめられているのではないかと錯覚するくらい澄んだ輝きをはなっている。
どうして、こんな瞳を持つ女子をブスだなんて思っていたのだろうか……。
「……。」
俺が無言で見つめすぎたせいだろうか。
姫宮は気がつくとふいと顔を背けてしまう。
「ほら、あっちの方に初心者用の台があるから練習しよう」
そう優しい言葉をかけてくれた姫宮の後ろ姿は、いつも通りのまるまっていかにも野暮ったいブスの後ろ姿に代わっていた。
俺は目をこする。
さっき垣間見えた姿は幻だったのだろうか。
「目薬がほしいな」
帰りに買うつもりで思わず口にすると、
「さすがに、ゲーセンの景品に目薬はないんじゃないかな」
姫宮はおかしそうにクスリと笑った。
その声もやはり今まで意識しなかったけれど、今はやりのアイドルの誰よりも可愛らしくて俺は何を信じればいいのかわからなくなった。
学園一のブスと付き合うことになったんだが、実は呪いをかけられたアイドル級美少女だった 華川とうふ @hayakawa5
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