恋は盲目。変わらぬ国よ。
咲春藤華
恋は盲目。変わらぬ国よ。
昔々のお話です。
とある王国がありました。
その日は晴天。雲一つなく、緑は輝き、泉は穏やかな風に吹かれ淡く眩しく。
葉の生い茂る木の下に二人の子供が座っていました。今日はピクニック日和です。近くには使用人、もといメイドが微笑ましく見守っています。どうやら、位の高い人の子供のようです。
それもその通り。
二人の子供の内のひとり、十歳ぐらいの少年はこの地を領地に持つ子爵のご子息なのです。
そして、もうひとり。こちらは同じ歳の可愛らしい少女であります。見た目麗しく、天真爛漫。木漏れ日を受けるゆるふわな金髪に好奇心に光る碧眼。その姿は天から舞い降りた天使の如し。この少女も貴族であり、それも上級貴族の伯爵の令嬢です。
身分は違いながらも楽しそうに喋り合う二つの影。メイドの用意したサンドイッチは普段よりも美味しく感じているよう。幼馴染の二人ではありますが、子爵位と伯爵位の間には明確なランク差があります。
その二人がなぜこのように仲がいいのかというと、二人の父親、子爵と伯爵が学友であり、悪友であり、昔馴染みであるからです。
さて、子息と令嬢。仲良く喋り、遊ぶ楽しい時間。
お二人は見てわかる通り、両想いにあります。
しかし、お二人ともそれに気づいてはおりません。
先程のは訂正させていただきましょう。お二人は両片思いにあります。
純粋なお二人はともに、相手も同じことを思ってればいいのに、とのお考え。実に見ていて楽しい。
しかし、楽しい時間といえども終わりは訪れる。メイドが楽しくおしゃべりを続ける二人に近づいていく。「お嬢様、坊ちゃん。お時間がやってきました」と。
まだ子供といっても過言ではない二人は、次に会う約束をしてから迎えの馬車に向かいました。お二人はまだ子供ではありますが、貴族の子供としての意識を持っておられるので時間を忘れることはありません。内心、まだ遊びたいでしょうが、それを我慢するという忍耐をお持ちです。
そして、月日は流れ。
子爵令息、伯爵令嬢ともに15になられました。この国での成人は16。成人前とは言え、お二人は立派に育たれました。
子爵令息はこの国の中等教育機関を主席には及びませんでしたが次席で卒業。騎士見習いとしては主席で騎士学校に入学しました。子爵と領地を受け継ぐ勉学も怠りません。心身ともに素晴らしいとしか言いようがありません。
そして、中等教育機関の主席はなんと伯爵令嬢。これからは修道院付属大学に主席で入学することになっています。伯爵令嬢は子供のころ以上に美しくあられ、純粋な心はそのままで、民を第一に考える、将来の領主としての片鱗を見せています。将来有望であることも拍車にかけ、その見た目に惹かれる男のなんと多いことか。子爵令息もそのうちのひとりですが、面には出しません。
昔よりは喋る機会は減りましたが、固有の伝手を使い、文の交換を行っているので、まあ、変わっていないことでしょう。
しかし、この国の令嬢は成人前に婚約婚姻を告げなければいけません。もちろん伯爵令嬢は子爵令息とを望んでいますが、それが叶わないのが貴族です。
伯爵令嬢は侯爵子息との結婚が決まってしまったのです。
伯爵令嬢にとっては、一度も会ったことのない人でありました。
ですがそれもこの国、この時代では当たり前なのです。子息・令嬢の婚約婚姻はその親が決めるものでした。
当人の感情は二の次、三の次。政治が介入すれば、そんなことは関係ないのです。自分よりも爵位が上であれば、承認するほかありません。
大勢の民を危険に晒しては領主として失格です。民の安全を守り通すためには仕方のないことなのです。
ですが、民を危険に晒した悪者がおりました。
それがこの侯爵、侯爵子息です。
侯爵子息は教育機関で目麗しい伯爵令嬢を目にし、一目惚れ。そうなるのは当たり前。しかし、侯爵子息は侯爵に相談し、権力を用いての強行手段に出たのです。
『お前の令嬢を渡さなければ、お前の民は苦しむであろう』と、権力を笠に伯爵を脅しました。民を第一に考える伯爵には苦渋の決断でしょう。
伯爵には妻と娘の伯爵令嬢がおりましたが、妻は体が弱く、伯爵令嬢を産んで間もなく天に旅立たれました。伯爵は最愛の妻を亡くし、妻との愛の結晶である伯爵令嬢を大切に育て上げました。それは伯爵令嬢を深窓の令嬢と民に呼ばせるが如くの溺愛っぷりでした。
そんな大切な娘をこんな男に渡したくはありませんでした。考えて考えて、伯爵の見た目に影響を及ぼすほど考えて。しかし、答えは出ません。伯爵令嬢が心配し、訳を聞くと、自ら名乗りをあげました。「大切な民を危険に晒されるのであれば、私は彼の元に向かいます」と。伯爵は嘆きました。「すまない……、すまない……。お前を……」
これがこの国の現状でした。人を、民を想う善人は踏みつぶされ、自らの欲のみを満たす悪人は上にのし上がり、また欲を満たすのです。
子爵令息はこの話を聞き、今すぐにでも動きだしたい様子でした。愛する伯爵令嬢を救いに行きたいと。しかし、彼は動けません。二つも爵位が上の侯爵に逆らうすべはありませんでした。彼は軍略、内政、あらゆることに飛び抜けていましたが、それゆえに侯爵に逆らう反動が簡単に予測できたのです。
残念ながら、伯爵令嬢を救いにいけるものはいませんでした。
そして、侯爵子息と伯爵令嬢の結婚式の前日になりました。
子爵の元に結婚式の招待状が届きましたが、向かうのは領主の子爵だけでした。子爵令息は結婚式に向かわないことで抵抗を示しましたが、たかが、子爵令息ひとりでは抵抗虚しく予定通りに行われるようです。
彼は落ち込みました。愛する人も助けれず、なにが次期領主だ。自分の夢すらつかめず、お前はここまでなにをしていたのか。
彼にはどうすることもできません。
そして夜に更けても頭を抱えていました。女々しいと思われるだろうが、嫌なものは嫌なのだ。
その時、部屋の扉を叩く音が。コンコン。メイドであろうか。「よいぞ」と一言だけ。扉に視線を向けてすらいませんでした。
「こんばんは、アルク」
その声にはっ、顔を上げました。
立っていたのは伯爵令嬢でした。
なぜここにいるのでしょう。この時間は侯爵家の用意した屋敷でお休みのはず。大事な花嫁であるため警備も厳重で抜け出すこともできないはず。彼女は僕が見ている錯覚か。はたまた、疲れた脳が起こした癒しか。
「こんばんは、アルク。どうしましょう。抜け出してきちゃいました。この世は薄情です……。私は思い人ではない人とでも民のためなら喜んで嫁ぎましょう。ですが……」
伯爵令嬢は彼を押し倒しました。腹の上に乗り、着ている服の結びに手をかけます。彼女はその顔を淡く紅潮させ、言いました。
「ですが、初めては、大切な、思い人に捧げたいものなのです。最後くらいいいでしょ? ねぇ、あなたはどうですか、アルク……」
彼女は決死の覚悟で行動に移し、民を第一に考える彼女が感情を優先していることはわかった。据え膳食わぬは男の恥。女が勇気を出して行動したのなら、それに答えるのが男というもの。
「僕もだよ、レイラ。伝えるのが遅くてごめんね。この言葉は僕が最初に送りたかったな。レイラ、僕はあなたが好きです」
「……ふふ。私もよ、アルク」
長年の思いが成就した二人は一夜をともにし、睦み合いました。
「ねぇ、アルク。私たちも悪い子ね。次期領主として民を守る行いをすべきなのに。民に、そしてお父様に迷惑をかけてしまうわ」
「そうだね。激怒した侯爵は攻めてくるだろうね。そして、多くの犠牲者がでるだろう。悲しいけど、それもこんな世の中だから。仕方ないで済ませれないことだけどね」
「……アルク。この時を永遠にしましょ。そして、苦しみなく堕ちていくの。罪に悩まされることもないわ。幸せで包まれるの。どう?」
「永遠か……。いいね、それは幸せだろう。でも、やっぱり罪の意識は消えないな……。これから、僕のせいでたくさんの人が死ぬんだろう。その中に父上も世話をしてくれたメイドも含まれるだろう。親しくしていた学友も、町のパン屋のおばさんも、君に送った花を用意してくれたおじさんも、たくさん、たくさん……」
「そうね……。たくさんの人が……。でも、私はあなたのほうが大事だわ、どんなことよりも。ねぇ、アルク」
「ああ、僕もだよ、レイラ」
翌朝、心臓を一突きされた男女の死体が見つかった。ナイフは1つ。
死体を見た、子爵は急いで伯爵に手紙を寄越した。
彼らは幸せそうに眠っていたと。
それから、子爵は民に呼びかけた。この領地に侯爵の軍が攻めてくる。逃げたいものは逃げ道を用意した。逃げないものは武器を用意したので我らと共に向かってほしい。この戦いは聖戦である。この腐った世に対する反乱である、と。民の大半が名乗りを挙げた。
伯爵も民に訴え、侯爵軍に対抗する軍を作り上げた。
この世では、善は悪に弱い。悪に対抗するには己も悪にあらねば。
結果はもちろん、反乱軍の敗北。訓練を受けた兵士に剣の振り方も知らない民が勝てるはずは無し。子爵は戦死、伯爵は心残りである愛娘を失い、元凶の侯爵に抵抗するが館で自害。民のほとんどは死に絶えたが、別の領地でも反乱の火が上がった。
反乱の火はいたる所で上がり、国はどんどん疲弊する。それを隣国が無視するわけもなく、数年後、その国は小さな要因を基に地図から消滅した。
国を一つ掌握した隣国はこの話をもとに配下に法を作らせた。その中には、結婚は双方の同意がないと承認することはできない、という項目もあったとかなかったとか。
おしまい
恋は盲目。変わらぬ国よ。 咲春藤華 @2sakiha
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