説教部屋
落第
「おまえは0点じゃバカタレ!」
歴史の
「おまえは歴史書を読んだと思ってるらしいが、こんなのはただのパルプ小説じゃ! 今時はゲームでもギャグ漫画でももっと歴史考察がしっかりしとる。変なもんを信じちゃあいかん。だから変か変じゃないかを見極める目を教えとるんじゃ!」
頭ごなしに言われれば黙っていられない。納得いかないときは可能な限りの反論を。目には目を、歯には歯を、そして信憑性には信憑性をだ。
「けど教科書だって、書いてあるものを信じるしかないじゃないですか」
「教科書は責任者がぎょうさんおるんやわ。巻末を見てみ。監修って書いてるやろ。こんだけの人が動いて長ーい手順を踏んでどんだけ信用に足るかって疑い尽くした結果やよ。じゃあその本はどうね? 読める字で書いてあるか? 古い紙に古いインクで? 理科で習うような、原子まで観測する技術を使えば、いつの紙と墨かまで見つけられる。その後に、同じような内容の書物がどんだけ見つかるかで信憑性を高めてる。作り話は現代人の特権じゃないんよ。竹取物語の時代からあるんや。だからひとつを見てもわからんのや」
「なら教科書だって」
「幾つも見続けた結果を集めた言うてるやろ。この世の全ては繋がってるんや。その本も誰かが監修した言うなら、誰が監修したかの情報がどっかにあるはずなんや。過去を知り尽くして、どれとも違うとわかって、初めて世紀の大発見になるんや」
ガミガミとお説教が続く。熊取先生は言い方こそ強いが、一方的にはしない。必ず理由をつけてくれるし、どの理由も言い返せば覆るようになっている。と、本人は言っていた。言い返せないのは、認めたくないが、オレが知らないからだ。
学ぶのは納得いかないときに言い返せるように。学がなければ言いなりにしかなれない。熊取先生は最初の授業でそう言っていた。人権宣言より昔の時代には貴族だけが学んでいた、とかそんな感じの話をしていた。気がする。その頃のオレは授業を真面目に聞いていなかった。今ならわかる。
応援していたお核ちゃんの正当性を証明したい。だがそのためには武装が足りない。なぜ個人で核武装していたのか、どこから資源を得たのか、今のオレにはさっぱりわからない。お揃いの核武装ができなかったからだ。ネットの掲示板の人たちにクラスター核爆弾地雷について尋ねても何も教えてくれずに笑っているだけだった。お核ちゃんのキービジュアルは現代にも通用するだろうし、核武装していれば警察にも勝てる。
「あとおまえには衝撃的かもしれんがな」
熊取先生はうってかわって静かに続けた。甘酸っぱい後味の時代を振り返るように、休み休みに。
「おまえの父親は、あたしの姉貴に一目惚れしてたんや。旧姓の
作中の建物が実際は熊取先生も通った中学校の理科室に同じ構図の席があったと、父親が遠くから盗み見ていたと、熊取先生は漏らした。キツい男だったと。こればかりはオレもそう思う。友達でもないのに遠くから眺めるなんて、勇気と気遣いの両方がない。父親がそんな鬱屈した少年時代を送っていたなんて知らなかった。
「京丹波を未開の地なんは、修学旅行で嫌な思いをしたとか言っとったな。実際の京丹波はこの川越さえ度肝を抜かすような大都会やぞ。東京の新宿には一歩劣るけど、池袋とどっこいや。あたしの故郷だからよく知っとんのや」
郷土愛はオレにだってある。草加の駅前で視界を埋め尽くす巨大な量販店群はおばあちゃんの家に行くたびに楽しみにしている。
それをもし貶されたら? 駅を離れたらボロ道路とボロ家などと書かれたら? 日本のセーヌ川ガンジス川など、あることないこと書かれたら? 熊取先生にとって、京丹波を荒野にされるのはそのくらいの意味を持つに違いない。怒るに十分な理由がある。オレは反省した。帰ったらまたお核ちゃんの歴史書を読もう。
〜〜◇ tips ◇〜〜
他人の話は素直に受け取ったほうがよい。
勝手な想像を膨らませて決めつけてはいけない。
こいつみたいなクソガキになってはいけない。
▽
〜〜◇ tips ◇〜〜
学校の授業は信用したほうがよい。
疑うにも相応の根拠が必要なので、
大学教授や大学院生に任せるか、
自分もそれらを目指すほうがよい。
▽
(了)
ぬくれやす幕末 エコエコ河江(かわえ) @key37me
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