豊かさと乏しさゆえの苦痛

玄葉 興

知ることと知らないことの罪は同じ質量

私はどうしようもない人間だ。勉学に励んでも本気を出すことなく諦め、運動や芸術だって上手く行うことすらできない。ただ自分がまだ出来ること。決して上手いとは言えないけれど誰からも好意や不満を買わない処世術。たったそれだけを自分は続けていた。よく分からない愛想笑い、楽しくもない三文芝居、"友達"みたいに振る舞うだけ。そうしていただけだったのに。いつの間にか自分が何なのか分からなくなった。人との会話で笑顔が出る自分。周りに笑みが溢れてくるような愛される道化。自分と仮面の境界線が溶けていく。絵の具みたいに混ざり合って新しい自分になった気分を味わっていたんだけど、



告白された。それも自分も気になっているような女の子にだ。きっかけは一緒にふらりと出かけた時。遊びに誘われて少しだけ勘づいたような気持ちではいた。けれどその混ざり合った色は一見明るく見えてもキャンバスに塗ってみれば藍のような暗さを秘めている。

そんな自分が誰かと付き合うだなんて夢物語のようなことだと思っていた。自分が相手に釣り合わないだなんてそんなもったいないことは言うはずがない。でも、でもと、つい逆説の言葉が漏れ出てしまう。所詮は作りモノ。彼女の前では自分の色彩の汚さが際立ってしまう。そんなような後悔の念が下から昇ってきて吐き出そうとした。ついこの間までは。



人の姿は一面だけでは捉え切れない。まるでサイコロみたいに。ころころ、ころころと、ころがして見える一面は自分で決める。優しい自分。茶目っ気のある自分。……クソみたいな、いや違うクソそのものの自分。頑張って必死に隠しても、自分で面を決めたとしても、ひゅーと得も知れない風が勝手に自分を白日に晒すことがある世俗。自分はそんな風からも守り切れるレンガの家を建てて自分を覆い隠していたのに。彼女だけはどこから手に入れたのか、私の要塞の合鍵を持っていてひらりと踏み入れてきた。黒いペンキをぶちまけたみたいな私の心を見ても私も一緒だよと笑ってくれた。彼女は自分自身で低俗な人間だと決めつけて何もしなくて、動くことがないような私を引っ張り出してくれた。そんな彼女にまだはっきりとは分からないけどきっと恋をしているのかもしれない。あぁそうに違いないだろう。



だけど気がついた。後ろからすすり泣く声。

そこに立っている女の子は私と付き合っている彼女と私の共通の友達の人。彼女の恋を応援してくれた人。なんで泣いているんだろうか。私と彼女の恋が実ったのを嬉しくて泣いてくれているのだろうか。ぼそりと何かを伝えた後、何でもないと笑って信号を走り去ってしまったあの人。



車のエンジン音に混ざっていても微かに聞き取ることができた言葉は、私の心に鉛を打って、杭を打ち付けて、鎖で縛り付けた。



いっそ振り切って悪役にでもなれたらよかったのに。ハッピーエンドが迎えられるように最後には消えることができればいいのに。




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豊かさと乏しさゆえの苦痛 玄葉 興 @kuroha_kou

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