記憶巡り 終
年明け、それぞれの都合で全く会うことは無かった。もちろんリンザキとカテツは交際関係にあるため、それなりにお家デートかやら何やらしたが、それも数える程で、冬休み中はほとんど会っていなかった。
何回目かの記憶巡り。カテツは自分自身の諦めに気づいていた。そして見て見ぬふりをしていた。
なぜ、というわけではない。ただ単にそう思ってしまったのだ。
俺とて、自分が馬鹿ではないと思う。
人間は楽な考えや行動に向かうものだし、自分自身、自覚もしている。そろそろ潮時とか、将来のために今は大切な時期なんじゃないのかとか、思う度に馬鹿なことをと頭の中で振り消していたが、さすがにもう無理だった。高校二年生にもなるし、三月にもなれば大学受験のことも視野に入れていかなければならない。
今日を皮切りにして、カテツは、三人の記憶巡りを終わりにしようと考えていた。
記憶喪失というのは、ふと、ある時に戻るものらしい。リンザキに付き添った科で、何度も耳にタコができるくらいに事例として聞いた。
カテツは、時間の手を借りて、リンザキの記憶喪失がいつか戻るまで待とうと、そう思っていた。
時間というものは早く、何もかもを軽く、楽にさせてしまう。失恋だってそうだ。人間の頼るべき回復薬であると同時に、最大の敵になる。
記憶巡りを辞めにすることは、オオシタやリンザキには伝えていない。会って伝えようとしていた。
最後の記憶巡りの集合場所は、始まりの場所の、あの公園前になっていた。
古く寂れたベンチと、申し訳程度の滑り台と砂場のある公園。
あの時は、まだ記憶喪失になったショックから全然立ち上がれていなくて、家で二人で居ようとしても互いの両親は混乱していて、到底居れるものではなかった。
あまり人気がなくて、なおかつ二人分座れるところがある場所。それが、あの公園。
二人であの場所にアホみたいに通い続けて、ついには毎日行っていた時もあった。
お互いの不安と寂しさを紛らわすために二人で肩を寄せあって、片方に記憶がなくても心が通いあっているような、そんな幻想を感じていた。
そんなある時にオオシタが通りかかって、リンザキが顔を上げて反応した。
今でも何故か分からない。これから分かることも、もう多分ないと思う。
神様がその記憶だけ残してくれたとか?
いやいや、ありえないと思うし、そんな訳ない。
そんな不便な記憶を残すなら、俺は神様を一発殴らせてもらいたいぐらい。
でも、オオシタと出会えたことには感謝するべきかもしれない。だって、記憶巡りが始まったし、リンザキにクリスマスプレゼントを渡せたのも、オオシタが企画してくれたからなのだ。
どっちだよ、と言われても、どっちでもないと言ってしまいそうだ。
どこからか、サイレンが聞こえた。多分、パトロールカーの音。俺が向かっている公園の方面からだ。何か事件でもあったのだろうか?
太陽が沈みかけたこの時間、かろうじて届く夕日が差し込むこの公園は四角形で、俺の右斜前にリンザキが見えた。道路の上に立っている。
俺が歩いてきた道の左手には一軒家、右手にはすぐ公園だから、公園越しにリンザキを捉えることができた。
リンザキの方へ公園を突っ切って向かおうとすると、リンザキが後ろを見た。何かあったのだろうか。
挨拶をする声が聞こえる。オオシタが反対側から歩いて来たようだ。
サイレンの音は忘れていた。すぐ近くに迫っていることさえ。
気づいたときには遅かった。
自分の視界の横からなにか速いものが通り去っ
ていって、そのまま。
誰かが空を舞う。
そして、甲高いブレーキ音と共に俺の前を横切ってきた車は急停止した。
倒れていたのはオオシタだった。直感的にはリンザキが飛ばされたものだと思っていたが、どうやらオオシタがリンザキを突き飛ばして、自分が盾になったようだ。
「オオシタ!」
すぐに駆け寄る。ぼーっとしている暇もなかった。
車のドアが開いて、誰かが転げ落ちるようにして逃げていく。でも、そんなのにはお構いなしだった。
頭から出血している。そして脈が薄くなっている。
かろうじて意識はあるようだ。
「ご……めん…」
「喋るなオオシタ!」
顔が醜く歪んでいる。
止血しようにも、どうにもとまらない。太い血管から溢れているようだ。
想像していたものより遥かに黒く、鼻に鉄粉が詰め込まれたような匂いがした。
「リンザキ…は…」
オオシタが言う。俺はハッとした。
「リンザキ、救急車呼んで!!」
振り向くと目が合う。魂が抜けたような顔をしていた。くそっ。
「君! そこをどいてくれ!!」
振り返ると、警官らしき2人がこちらに走ってきた。しかし、安心感など芽生えてこない。
「なんで…」
「説明は後だ!」
「失血死するぞ!! 急げ!」
混乱した俺を横目に、警官はオオシタの処置を始めた。
俺は、どれだけ自分が無力かを思い知った。
「カ…テツ…」
「なんだよ」
言葉が投げやりになってしまう。
「少年黙っていろ!」
「嫌…だ。言わせてくれ…」
警官の制止も聞かず、オオシタは喋った。
「時間は……大量にあるわけじゃ…ないぞ」
「なんでだよ」
俺が返す。すると、オオシタが血だらけの左手で俺のワイシャツの襟をグッと掴んだ
「後悔する...な…リンザキの…こと…とか…全部だ」
「遺言みたいなこと言ってんじゃねえ」
自分の目から涙が溢れる。
俺のワイシャツに引っ掛けるようにして、なんとか保っていたオオシタの左手が、いつしか、ぽとりと力無く垂れた。
「脈が無くなっちまった。 AED取ってこい!!」
警官の一人が言う
「救急隊です!! 心肺蘇生を行いま333す!」
「やっとか! 俺はサブに回る!」
「君は離れていて!」
駆けつけた救急隊の人に俺は従う。
「オオシタ…やめてくれよ、なあオオシタ…」
オオシタは返事をしてくれなかった。俺は、永遠の別れというものを初めて知った。
友人の死を悲しむその声は、太陽が沈んだ夜の入口の空に消えていった。
年の瀬から始まる記憶巡り @kou_heisi29
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