クリスマス 2

 僕達は女子グループと男子グループで分かれた

「良かったのかカテツ?」

「うん?ああ、ウエリナさんのことか」

「そうそう」

「あの人は信頼できるし、リンザキも落ち着いて接しているから大丈夫だろ」

「ふうん」

さすがは生徒会長という感じのようだ。

 

 集合時間として皆で決めたのが16時半。今はちょうど2時。そんなに買い物する必要があるのか、ちょっと長すぎじゃない?と聞いたら、「女子にはそれぐらいの時間が欲しいの!」と即答されたので、圧倒されつつも分かれてきた。

 

「何をしようか」

「うーん、そうだなあ」

とくに買うものは買ってしまったし、することもないんだが…

「じゃあ、ちょっと手伝ってくれ」

「何が?」

「クリスマスプレゼントをリンザキにな」

「おお、良いねえ」

「なんだよニヤニヤしやがって」



「なにが良いかなあ」

「なんでも良いわけに行かないしね」


 歩いていると、ちょっとおしゃれ目の文房具屋さんを見つけた。とりあえず入ってみることにする。

「おおー」

「人が多いな」

「でも見ろよ、アイデア商品がいっぱいだぜ」

「お値段は少々張っているけど」

「かわいいなあこのペンとか」

 透明な消しゴムに、高級感のあるシャープペン。色々な種類がある。なるほど人気なわけだ。


「候補見つかった?」

「何個か。でもどれもピンと来ない」

「じゃあもうちょっと周ってみるか」


 時間的に人が増えてきたように感じる。若干だが急いだ方が良いかもしれない。

「リンザキが好きなものとか知らないのか?」

単純に気になった

「うーん。記憶喪失になる前とかはよく音楽を聞いていたよ」

「例えば?」

良いものが思いつくかもしれない。好きなものと関連づいたプレゼントは喜ばれると母から聞いたことがある。

「何だったかなあ」

「えっとじゃあ部活は何だった?」

「吹奏楽部のホルン担当」

さすがカテツ。即答だった。


「共通するのは…」

「クラシックか」

「なんかそういう系の店あるかなあ」

そう言って近くのフロア案内図に寄っていって眺めてみると、4階に良いお店を見つけることができた。

「オルゴール屋か」

「めちゃめちゃ隅にあるね」

「雰囲気ありそう」



「ここだ」

「いかにもって感じ」

 

 ショッピングモールの一番奥にある店で、木目調の外装。落ち着いた雰囲気で、森の中にありそうなところだった。窓には、[プレゼント包装承ります]と書いてある。

 ドアを開くとチリンと鈴が鳴る。奥のテーブルにはメガネを掛けた初老の店主らしき人がいた。壁一面には曲の札と小箱サイズのオルゴール。最近の流行りの曲、昭和ソングが集められたコーナーなどなんでもありそうだった。


「いらっしゃいませ。店主のヤマウチと申します」

先程の店主らしき人が近づいてきた。物腰柔らかい雰囲気を醸し出している

「どのようなものをお探しですか?」

「彼女へのクリスマスプレゼントを」

「なるほど。ジャンルの方は?」

「クラシックが良いかなあ」

「かしこまりました」

 そう言ってヤマウチという人は奥に引っ込んでしまった。


 店内には色々な種類のオルゴールが置いてあった。箱型の開けば音楽が流れ始めるもの、メリーゴーランドの形をしたゼンマイ式のもの。店の隅には大きな振り子のついている置き時計の形をしたものもある。


「一口にクラシックと言っても色々な曲があるよね」

「それこそリンザキの好きな曲とか知らないの?」

カテツに問う

「うーん。リンザキたしかジュピターって曲が好きって言ってた気がする」

「ああそれは、組曲『惑星』第4曲ですね」

「そうそう。またの名を『快楽をもたらすもの』ホルストが作曲したんだよね...って。あれ?」

「よくご存知なんですね」

そう言って店主ヤマウチは戻ってきた。

「何をされてたんですか?」

「店の奥の在庫を確認してきました。申し訳ありませんが、壁一面にある透明の箱型のオルゴールは出ているものが全てのようです」

「手作りなんですか?」

「壁にあるものはそうです。机や椅子に飾られているものに関しては、私が世界中から集めてきた、いわば骨董品のようなものです」

「世界中から…すごいですね」

「ありがとうございます」


「それで、ホルストのジュピターですね」

 こちらになります。と言って店主ヤマウチは、壁にかかっているはしごを登り、棚から一つの透明な小箱サイズのオルゴールを取り出した。

 ゼンマイを巻いて手を放すと、高音のメロディーが流れ始める。

「きれいだな」

「うん」

「寝る前に聞くのが良さそう」

「いいねえ」

「これにいたしますか?」

店主が聞く

「はい!」

即決だった

「プレゼント包装はいたしますか?」

「お願いします」

「かしこまりました」

「そちらのお客様はどういたしますか?」

「僕ですか?僕は結構です」

どうせ贈る相手もいないんだし


 先に出てて、とカテツに言われたので店の外で待っていると、カテツが出てきた。片手には新たな紙袋が増えていた。

「何しようか」

「女子グループどうしているんだろう」

「会長さんに振り回されて困りながら笑っているリンザキさんが想像できるなあ」

あはは、とカテツが苦笑いした。


 フロアの真ん中の吹き抜けを上から覗くと、どこからかピアノの音がした。

「ピアノの音がする」

「ああ、ほんとだ」

 またも、近くにあったフロア図を見てみると、ふたつ下の二階に、ストリートピアノを見つけた。

「行ってもいい?」

「いいよ。目的も達成したし。そうか、オオシタはピアノ弾けるんだったね」

「今日はまだ弾いてないけどね」

「今日は…って。毎日弾くの?」

「そりゃあまあ、弾かないとなまっちゃうし」


  エスカレーターで降りた先にピアノはあった。種類は多分グランドピアノで真っ赤に塗装されている。周りと違ってピアノの下のフロアの部分だけがカラフルに貼り替えられていた。またピアノの天板は開放されていた。なるほど二階上まで響くわけだ。

 幸いにも並んでいる人はいない。ストリートピアノ自体は何度か経験しているので、そんなに緊張はしなかった。

 椅子に座って鍵盤をコツコツと押して見る。音色は家のより全然良い。さすがにお金がかかっているのだろう。ただ鍵盤の押しが若干おもく、弾いている最中に指がもつれそうな予感がした。まあ、許容範囲内だから大丈夫だろう。

 弾くのは去年の発表会の曲にしようと決めていた。一週間に一回は、忘れないように弾いているが、ちょっと心もとない。


「じゃ、弾こうかな」

「待ってました」

横でカテツが言う。いつの間にかスマホを構えていた。わざわざ撮らなくてもいいのに。


 鍵盤に手をのせて弾き始める。

 正直偶然としか言えないが、去年の発表会の曲は、ホルストの『ジュピター』だった。


 最初はものすごい物量の音符を右手全てで受け止める。主旋律は左手だが、音が低いので、何もせずともそれなりに聞こえる。そこを耐えて抜けると、右左別々のメロディーラインになる。主張がどちらも激しいので、次は等しく音量を出さなければいけない。

 それを更に抜けると、サビ前の大きな鍵となる旋律が現れる。左手は、右手を映えさせるように跳ねて、その右手は一オクターブ高くなる。僕がサビよりも好きなところだ。

 サビに入る。あの有名な旋律が流れる。主旋律は右手。最初は少しずつ単音で、音量を抑えながら静かに進める。次第に右手がオクターブになり、音の厚さが増して、段々と盛り上がりを見せる。どんどん一度に押す鍵盤が増えていき、弾く側としては、指が疲れて開かなくなっている。しかしこれ以上のない重々しさもまた、弾いてよかったと感じさせる。

 カテツがリンザキのために買った透明のオルゴールは、サビからだった。

 そして、最後まで惑星という壮大なスケールに名を恥じないこの曲は、静かなフィニッシュを迎える。僕はこれを、惑星の日没と定義し、想像し、それ通りに弾き終えた。

 

 周りに一礼してふり返る。カテツの隣にはいつの間にか、会長さんとリンザキも立っていた。

「どうだった?」

「素敵な音色だったよ」とカテツ。

「静かなのに不思議と壮大さがあった」と会長さん。

ありがとうと、みんなに向けて言う。

 

「私、あの曲知ってる」

みんなで次の目的地までぶらぶらしていると、リンザキが急に言いだした。

「え!?どこで聞いたんだ?」

すかさずカテツが食いつく

「別に聞いたことあるわけじゃないよ?」

「ただ、カテツに教えてもらった時、知ってるなって思っただけ」

リンザキが冷静に否定した。


「それで、いつとかは覚えてる?」

このくだり、一度やったことがあるはず。その時はたしかリンザキは思い出せなかったはずだ。

「スマホで見たような」

リンザキのスマホを確認してみる。言葉通りで、おびただしい回数を聞いた履歴が残っていた。

「毎日何回聞いてたんだ?」

「覚えてない」

当たり前か、とカテツが自嘲したような声を出した。そんな顔はしないでほしい。なぜって、カテツには似合わないから。



 そろそろ目標の場所か。

 僕達は、ショッピングモールの中心的な、大きい噴水のある場所に来た。

「さて、やりますか」

と、僕は言う。カテツがうなずいた。

「うん?」

?を浮かべている会長を尻目に、カテツは、リンザキへと1歩踏み出した。

その両手に、赤く包装されたプレゼントを持ちながら。

「リンザキ、いつもありがとう。これからも、ずっとずっとよろしく」


 リンザキは、プレゼントを受け取ることなく、さっきからずっとカテツの前でうつむいている。カテツはこちらに視線を向けている。プレゼントを渡してからずっと愛の言葉をめげることもなくリンザキに伝えていたが、流石に困ってしまったらしい。と思っていたら、リンザキが顔を上げた。

 目元がほんのり赤くなっている。

「あのね、記憶喪失になってから、薄々思ってたんだ。カテツに私の存在がすごく迷惑になってしまっているんじゃないかって」

「あなたと別れてしまったほうが、自分にもカテツにも楽なんじゃないかって。何にもわからないのに、そんな事を考えてしまったことも、何度もある」

「でも、結局あなたと別れても、一人ぼっちになるだけ。自分も苦しくなる。なら、カテツを利用してしまおうって、その方が楽だって。その方が心の底から思いたくもない、ひどいことを思って、自分を騙し続けた」

「でも今日、あなたの、カテツのそのプレゼントを見て、私は本当に馬鹿だったんだなって自覚した。どれだけ思い上がりなのか、初めて気づいた」

「だから、本当に、ありがとう。こちらこそ、これからもよろしくね」


 少しの沈黙。カテツが口を開いた。

「リンザキ、そんなこと、全部忘れてくれ」

「今リンザキが思ったこと、アホみたいだ。俺がそんなことを思うわけ無いだろ」

「だからもう一度言う。全部忘れてくれ」


「わかった」



「あら、カテツくんもやるわねえ」

「ホントですよね」

「オオシタ君は誰かに渡さないの?」

「いや僕は、ちょっと…」   

「ふふっ」

「笑わないで下さいよぉ」


「そういえば、プレゼントの中身は何なの?」

会長さんに聞かれた

「ああ、オルゴールですよ」

「あら。そういえば確かにお店があったわね。フロア図の隅の方に」

「それで、曲は?」

「ホルストのジュピターです」

「偶然ねぇ」

「そうですね」


 そうこう言っているうちにリンザキがオルゴールを鳴らしてみたいと言い始めたので、近くのベンチに座って鳴らしてみることにした。

 封を切って袋を開けると、四角い透明のオルゴールが出てくる。中身が金色で、名前とかよくわからないけど、まあすごくおしゃれだった。

「かわいい」

「ありがとう」

 リンザキがネジを回すと、それぞれの音のピンをロールについた突起が弾いてメロディーを奏でていく。やはり癒されるなぁと思う。これを発明した人はよっぽど癒やしに飢えていたのだろうか。透明だと中身が見れてなおかつ、音も楽しめるから一石二鳥だ。


* * *


 目標はすでに果たしてしまったので、今日はおしまいになった。

「んじゃ」

「またな」

カテツが答えた。

「ついてきてくれてありがとう」

「いやいや、こちらこそ楽しかったよ」

「ウエさんも、また」

「またねぇ~」

それぞれの家に向かって、四方に分かれて解散となった。

 最後の方はカテツも笑顔だったし、今日は企画して良かったと思う。またこれから始まって行くと思うと、少し先はどんよりしているかもしれない。それでも、希望はあると、珍しく柄でもないことを思ってしまった。と思ったら、どんよりしていた空から、雨が降り始めた。急がなければ。



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