65 やけ酒

 ヒカルと桃音を見送った後、取り残されたバーテンダーたちは、彼女らが「深い仲」になったことなど露知らず、呑気に雑談をしていた。

 すると、十時過ぎになって来客があった。


「いらっしゃいませ、アカリさん」

「……こんばんは、シュウさん、達己」


 アカリはいつもとは違い、どかりと雑に椅子に腰かけた。


「ブレンド」


 そう一言だけ言うと、タバコの入ったポーチを取り出したので、慌てて達己は灰皿を差し出した。


「アカリちゃん、何かあった?」

「あった。ブレンド、早くちょうだい。血は多めでね」

「はい、かしこまりました」


 特別な一杯は、脩斗が作った。お客さまの要望通り、普段より血をたっぷりと垂らして。


「どうぞ」

「ありがとう」


 ワイングラスを差し出されるなり、アカリはそれをぐいぐいと飲み干した。さすがの脩斗も焦った。


「アカリさん、本当にどうされたんですか?」

「お代わり。それがきたら話す」


 この吸血鬼は、よっぽど機嫌が悪いようだ。脩斗はもう一杯を作って提供した。達己はというと大人しく突っ立っていた。


「弘治がさ、他の女とやってきた。いや、それはいいんだよ、別に。あたしに隠そうとして嘘つきだしたのが腹立って」

「それで、ここへ来たと」

「うん」


 アカリは二杯目も早いペースで飲み込んだ。そして、バーテンダー二人にも何か飲むよう促した。


「あんたが死んだら、達己がパートナーになってくれる約束したからもういいよ、って言って飛び出してきちゃった」

「ちょっ……アカリちゃん」


 それは、二人だけの約束のはずだった。この場にいる脩斗もそれを聞いてしまった。達己はバツの悪い顔をした。


「ええと、達己。そんな約束を?」

「うん、シュウさん。アカリちゃんに告白したときに、そういうことになった」


 アカリは二杯目を飲み干し、カンと音を立ててワイングラスをカウンターに置いた。


「これは……手におえなくなる前に手ぇ打った方がよくない? シュウさん」

「同感です。アカリさん、ハノンさんでも呼びますか?」

「あー、ハノンね。ちょうどいいや。うん、呼んでよシュウさん」


 連絡をしてから三十分ほどでハノンは到着した。その間に、アカリは四杯目に突入していた。


「うわぁ、アカリどうしたの?」

「聞いてよハノン! 弘治がさぁ……」


 足をぶらぶらさせながら、アカリは親にパートナーとのいざこざを話し出した。


和寿かずとしはそんなことなかった。他の女とやってくるときは言ってくれた」

「もう、いつまで前のパートナーのこと引きずってるの? 和寿くんは和寿くんでしょう。彼は居ない。アカリのそばに居るのは弘治くん。弘治くんを見てあげなよ」


 説得力のあるハノンの言葉を聞き、彼を呼んで良かったと脩斗も達己も思った。


「でもさぁ……」


 アカリは納得しない様子で、新しいタバコに火をつけた。


「あれかなぁ……最近、口だけでしかやってあげなかったのがダメだったのかなぁ?」

「なになに? フェラチオの話?」


 あまりにもストレートにハノンが単語を口にするので、達己はつい吹き出した。


「えっと、本番はさせてあげてなかったってこと?」

「そーだよ、達己。あたし、まだ若いときに吸血鬼になったせいか、性欲薄くてさ。あんまりその気になれないんだよ」


 そんなアカリの言葉に、ハノンが反論した。


「いや、いつ吸血鬼になったかはあまり関係無いと思うよ? ボクは性欲バッチリあるもん。まあ、冬馬とは身体の関係はナシでって言ってたからここ十年ご無沙汰だけど」

「えっ、そうなの? ハノンは冬馬さんともやりまくってたかと思ってたわ」


 話がそれだした。


「冬馬のことは好きだけど、セックスまではちょっとね。ほら、ボクも長生きしてるからさ、やりたいことは大体やり尽くしたというか……」

「あー、あれでしょ。ハノンはネコもタチもこなすんでしょう?」

「まあね! 面白そうなことは何でもやってみたいじゃない?」


 あまりにもキラキラと目を輝かせて言う吸血鬼に、脩斗と達己は辟易した。


「それで……ええと。弘治さんの話はどうするんですか?」


 そう言っておかないと、いつまでもハノンの話が続きそうだったので、脩斗が釘を刺した。


「とりあえず今夜は帰りたくない。ハノン、泊めてよ」

「はいはーい! アカリ用のパジャマはバッチリあるからね? ボクと色違いのネコミミフードのやつだよ! ボクは白でアカリは黒ね?」

「うん、なんでもいいよ。ありがと……」


 アカリはくたんとカウンターに頬を乗せた。明らかに泥酔していた。


「あー、本格的に寝ちゃう前にこの子引き取るね。さっ、アカリ、起きなよ。ボクの家行くよ」

「ふぁーい……」


 連れ立って店を出ていく吸血鬼の親子を店主たちは見送り、再び店には静かな時間が流れ始めたが、そう長くは続かなかった。また、扉が開いた。

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