64 打ち明け話
千波との情事があった翌日。開店前の店で、脩斗は達己にこう切り出した。
「今日は達己に謝ることがあります」
「ん、どうしたの?」
達己はまるで見当がついていないようだった。
「達己には、店のお客さまには手をつけないよう言っておきながら、僕は手を出しました」
「……えっ?」
「千波さんです」
「げほっげほっ!」
盛大に達己は咳き込んだ。彼が落ち着くのを待って、脩斗はこう告げた。
「いやぁ、その、彼女には色々と打ち明け話をしましてね? 達己にも、説明しておきたいんですけど……」
それから脩斗は、肉親を亡くしていることと、誰のことも好きになれないことを達己に話した。そして、千波を抱いてなお、愛情というものがよくわからないということも。
「千波さんには悪いですが、やはり僕には恋愛ができないようですね」
「んー、まあ、詳しくはよくわかんねぇけど、それでいいんじゃね? っていうか、その顔でその年で童貞だったのかよ……」
達己は脩斗の断りも得ず、タバコを取り出した。どうせ開店までまだ時間があった。
「なんか、やっとシュウさんのこと色々教えてもらった気がするわ」
達己は深いため息をつきながら脩斗を見上げた。いつも通りの柔らかな笑顔で彼は応えた。
「なんなら、これからもっとお教えしましょうか?」
そう言って脩斗が達己の顎を撫でるので、達己は慌ててその手をはたき落とした。
「ちょっ、俺にそっちの趣味はねぇぞ!」
「冗談ですよ。冗談」
「……なんかシュウさん、千波に悪影響受けてない?」
バーテンダー二人がそうしてじゃれあっている内に、開店時間が来た。
「こんばんはー!」
ヒカルが桃音と一緒にやってきた。ヒカルの髪はショートというよりはボブに近づいてきており、黒く染めたことで最初にこの店に来たときと印象はまるで変わっていた。
「いらっしゃいませ。いつもお二人で、ありがとうございます」
「桃音はカシスオレンジね!」
「アタシはどうしようかな。今夜は桃音の家にお泊まりだから……。そうだね、アタシもカシスオレンジで」
お泊まり、と聞いて達己が反応した。
「へえ、今夜はたっぷり酔血飲ませてもらう気満々なんだ?」
「そうだよ。達己とシュウさんには悪いけど、桃音の血が一番美味しいからね」
桃音は両手で自分の顔を覆った。
「ヒカルったら、なんかわかんないけど、恥ずかしいよぉ……」
「いいじゃないですか。お二人はパートナーなんですから」
脩斗もニコニコと彼女らを見つめた。二人分のカシスオレンジは達己が作った。
「はい、どうぞ」
「桃音、乾杯!」
「かんぱーい!」
グラスを打ち鳴らすと、桃音は所属しているアイドルグループについて話し始めた。六人全員、仲が良く、今度プライベートで旅行をしようと計画していると。
「アタシとしては、旅行に行かれるの寂しいんだけどね。エスプリの絆の深さならよく知ってるから」
「だって、あのオーディションを勝ち抜いた六人だもん。よそのグループより仲は良い自信はあるよ?」
桃音に合わせ、ヒカルは一杯だけで会計を済ませ、二人は桃音の家へと向かった。
「おじゃましまーす」
ヒカルは手慣れた様子でスニーカーを脱いでわきに寄せると、部屋に入っていった。二人はローテーブルを挟んで、薄いクッションの上に対面で座った。
「相変わらずキレイにしてるね」
「今夜はヒカルが泊まるから、いつもより張り切ってお掃除しちゃった!」
無邪気に笑う桃音の頭を、ヒカルはポンポンと撫でた。
「やっぱり、桃音は可愛い」
「もう、ヒカルったらぁ」
「あのさ。打ち明けたいことがあるんだ」
いつかと同じ、真剣なヒカルの顔つき。桃音は身構えた。これは、彼女が吸血鬼だと告げられたときと同じだ。
「アタシの親は女の人だって話したよね?」
「うん、ヒロコさんでしょう?」
「ヒロコさんとはね、恋人だったんだ」
「……ふえっ!?」
桃音はヒロコの名前だけは知っていたが、それ以上の事情は知らされていなかった。
「それでね、アタシ、ヒロコさんに出会って女の子のことも好きになっちゃうようになったの。それで、桃音のことも」
「ヒカル……?」
「アタシ、桃音のことが女の子として好き。アイドルだってわかってる。でも、好きなの」
ぱちくりとまばたきをした桃音は、おずおずと聞いてみた。
「それって……恋人になりたいってこと?」
「うん、そう。もっと深い仲になりたい」
「ふ、深いってことは、えっちなことも?」
ヒカルは我慢できずにプッと吹き出した。
「あはは! つまりそう。アタシは桃音とえっちなことがしたい」
「はわっ! い、いいけどさ!」
桃音は頭を抱え、うんうんとうなりだした。
「大丈夫?」
「う、うん。なんかドキドキしてきちゃった。桃音、そういうの、したことないから」
「ゆっくり教えてあげるよ。……まずは一緒にお風呂入ろっか?」
「い、いいよ!」
二人は立ち上がり、そっと互いの服を脱がせ合った。これが彼女たちの初めての夜になるのである。
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